第4話 取材
しがない一記者にとって、ヒーローという存在は格好の取材対象である。
都会の端に佇む、年季の入ったオンボロ雑誌会社。私は三年前からそこに勤めていて、日々記事のネタを探している。
細々と得体の知れないオカルト記事を書く毎日が退屈で、やがて私が目をつけたのが、ヒーローという存在だった。
けれども、誰もヒーローを取材したがらない。
何故なら彼らは緊急時にしか姿を現さず、加えて取材となると途端に姿を眩ますからだ。
「ヒーローの取材? そんなの、宝くじが当たるくらいのレアモノだぞ」
先輩のベテラン記者たちは口を揃えてそう言う。私は最もだと思う一方、もしかしたら運良くばったり出くわすかもしれない、という根拠のない期待も同時に抱いていた。
デジタルカメラと取材ノート一式を鞄に詰め、外に出る。
良く晴れた、穏やかな気候だった。とても怪物なんて現われそうにない日和だ。
……怪物がいないということは、当然ヒーローも現れない。
「でも一発くらい、大穴を当ててみたいのよね」
ぐぐっと腕を伸ばす。取材には不釣り合いなヒールのかかとで地面を小突き、私はヒーロー探しにと町へと繰り出す……いいや、繰り出そうとした。
しかし、私が一歩足を踏みこんだ直後。目の前に何かが落下した。
それは、人の姿をしていた。
おまけに翼が生えていた。
「……嘘でしょ」
一目見ただけで分かる。あまりに異様な姿だった。背中から生えた純白の翼は、まるで神の遣いとされる天使そのものだ。
「すみません……お水……お水を恵んでください」
男性らしい低く通る声で、天使のような彼は言う。
私は通勤途中に自販機で買った、未開封のミネラルウォーターを手渡した。
「はあ、生き返った……」
半ば私の手から奪い取る形で、水を飲み干す天使みたいな人。
私は興奮を抑えるように深呼吸して、起き上がった天使……いや、恐らくはヒーローだろう、目の前の美丈夫に尋ねる。
「あの、私、記者なのだけど……良かったら取材していい?」
「嫌です」
即答だった。空になったペットボトルを潰しながら、天使はきっぱりとした口調で拒絶の意を示す。
「なんでよ、お水を恵んであげたじゃない」
「それはそうですけど、嫌なものは嫌なんです」
天使の姿をしたヒーローは、怪訝そうに眉を寄せた。
「どうせ、根も葉もない噂話を書き連ねるんでしょう」
「失礼ね、そんな真似はしないわ。私は、事実をありのまま伝えるだけ。変に誇張したり悪く書いたりしないって約束するわ」
「ふうん、とてもじゃないけど信じられないなあ」
翼を器用に上げたり下げたりしながら、仏頂面の天使が言う。
もうちょっと粘り強く説得すれば、取材を受けてくれるかもしれない。ここが正念場だぞ、私。
深く息を吸いこんで、私は真剣そのもので取材交渉を図る――ものの、大事な時に限って邪魔は入るものらしい。
頭上から響き渡る獣の咆哮。それが怪物の鳴き声だと理解するのに、そう時間はかからなかった。
天から舞い降りてくる、コウモリのような翼を有した獅子型の怪物。その姿を確認するや否や、美丈夫は鋭い舌打ちをして、真っ白な翼を広げ天高く舞い上がった。
「取材なんてしている場合じゃありません、さっさと来た道を戻ってください」
右手に青白く光る槍を携え、天使のようなヒーローは獅子を狩りにと空を舞う。
私はその姿を見送ろうとして……ふと思いついたようにカメラを構えた。
二度三度とシャッターを切る。
「……よし、証拠は撮れた。ずらかろう」
天使の許可は得てないけど、ひとまず追々考えておくとして。
私は戦場に巻き込まれる前に撤退、天使と獅子に背を向けて、いそいそと帰路を辿った。
その一週間後、天使のヒーローと有翼の獅子が向かい合う写真が、オカルト雑誌の表紙を飾った。
ベテラン記者によれば、彼は槍の天使、と呼ばれているらしい。
また、彼と出くわす機会はあるだろうか。その時は改めて正式に取材を申し込もう……私はそう心に決めて、カメラのレンズを拭った。
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