第3話 警察官

 この時代においての警察という組織は、俺が見る限りだいぶ難儀な立場にあるらしい。

 理由は言わずもがな、ヒーローという化け物級の力を持った者たちが、警察組織のさらに上に居座っているからだ。


「……だから、死体処理はあんたらの仕事でしょうに。僕らは怪物を倒し、あんたらは後処理と報告、警備に巡回等々。そういう関係じゃありませんっけ?」


 緊張感のまるでない声だった。

 よくもまあ、そんな気の抜けた態度でヒーローが務まるよな。口から出かかった罵詈雑言をぐっと飲み込んで、俺は目の前のヒーロー……人形使いと呼ばれる男を睨む。


「そう言われても、こんなデカブツの後処理なんてやったことがないんだけど」

 俺は言いながら、人形使いが倒したという怪物を見上げた。

 竜に酷似した形状。まだらに明滅する鈍色の鱗。十メートル級の大物だ。

 そんな竜に似た怪物は、小学生が遊ぶような小さな公園を半壊させる形で倒れ伏していた。


「でもねえ、お兄さん。さっさと片付けないと、子供が遊べないと思うんですが」

「だが、俺一人でこんな怪物、どう片付けろって言うんだ」

「そりゃあ、市民の安心安全が最優先ですからね、気合いでなんとかするっきゃない。……あんた、市民を守る警察官でしょう?」

「一警官の前に、何の能力もない人間だからな。……はあ、こりゃあ応援を呼ぶしかないか」


 仕方なしに無線を繋ぐ。同僚に迷惑はかけたくなかったが、事態が事態だ。手を借りるほかないだろう。

 人形使いから背を向け、同僚に連絡を入れる。恐らくヒマをしているだろう同僚に応援を要請し、俺はちらりと人形使いを見る。


 人形使いは、端正なくせにやけにのほほんとした顔つきで、怪物の死体をつついていた。

 その傍らには、彼の武器であり盾でもあるからくり人形がうつむきがちに佇んでいる。ガラス玉みたいな瞳の、表情のない不気味な人形たちだ。


 熱心に怪物の脇腹を検めている人形使い。何が楽しいんだか、やはり超人の考えは読めない。自然と眉間にしわが寄る。

 

「……はあ」

 電波の悪い無線を切って、俺はため息まじりに人形使いの横顔を眺める。この作業が終わったら、仲のいい同僚と合流して飯でも食べに行くか。

 ――と、そうやって、ぼうっとしていた最中だった。不意に人形使いの表情が強張る。


「これは……おいあんた、警察官! 急いでここから避難してください」

「何だよ、いきなり大声なんか出して」

 突然声を荒げる人形使いに、思わず顔をしかめる。人形使いは焦ったような表情で長細い指をくいと折った。ぴくりともしなかった人形が、ぎぎ、と軋み音を立て動き出す。

 

 同時に、怪物の体を覆っていた鈍色の鱗が一様にぎょろぎょろと蠢きだした。俺は驚きにのけ反って、慌てて後ろに下がる。


「なんだこいつ、死んでいなかったのか」

「いや、倒したのは恐らく母親で、こいつらは子供だと思います。……あんた、怪我したくなかったらこの場から離れてください」

「けど、こんなの一人で対処仕切れないだろ。これでも警官だ。お前一人残して、この場から退くわけには」

「あんたがここにいたって、邪魔になるだけです。……大丈夫、僕一人で事足ります。それよりあんたらは市民の安全を確保してください。これは、とても重要なことです」


 人形使いは口早にそう言うと、躊躇することなく無数の人形を操り鱗の排除へ駆けていった。

 俺はしばらく呆然とその場に立ち尽くしていたが、すぐに頭を振って自分の役目を思い出す。

 

 警官は市民の安全を守るためにいる。改めて自分に言い聞かせ、俺は後から駆けつけてきた同僚たちと合流し、公園の周囲数キロメートルに通行規制を掛けた。


 ――しかし、せっかく苦労して発動した通行規制も、一時間後にはあっさり解除されることになる。

 怪物を凌駕する力を持った、人形使いの手によって。


「お兄さん、今度ドーナツでも奢ってくださいよ。それでチャラってことで」

 警官数十人がかりで怪物の死体を片付ける傍ら、人形使いが長細い指を折り曲げながら俺に向く。

 途端に人形が、一斉にケタケタと笑い声を上げた。

 

 少しは良い奴だと思ったが、やっぱりいけ好かない奴だった。

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