第26話 急報

 祭りはつつがなく終わり、私たちはヴァレー村を後にした。

 最後までシロは恨めしそうな顔をしていたが、まぁ祭りの実行委員長的な活動をしていた本人が肝心の祭りに参加できなかったのだ、その悔しさは来年に取っておいてもらいたい。


 そんなこんなで、帰りも徒歩。

 えっちらおっちら街道を進み、数日かけて道のりの半分程度まで来た時だった。


「ねぇアリシア、なんか馬車がすごい勢いで向かってきてない?」

「そうねぇ。こっちにはヴァレー村位しかないと思うけど……」


 行商人の馬車にしては、あまりにも元気が良すぎる。

 あんなペースでは早々に馬がへばってしまうだろう。

 と、私たちがのんびりと考えている時だった。


「……ねぇソノラ、私の見間違いであってほしいんだけど、あれって教会の馬車じゃない?」

「あー、そうね。確かに教会の紋章が見えるわね」


 馬車の前面にきらりと光る十字架が刻まれていた。

 なんだろう、凄く嫌な予感がする。

 と言うか、私にとって教会=借金取りだ、この世で最も合いたくないひと達以外の何物でもない。

 と、私が眉間にしわを寄せつつその暴走車を眺めていると、それは私たちの前で土ぼこりを上げながら停止した。


「見つけた! 見つけましたシスターカレン!」


 御者席に座ったの手先は、私のことを指さしつつ、魔王シスターの名を叫ぶ。

 そして、からりと馬車の窓が開き、そこから地獄が顔を見せた。


「ごきげんよう、アリシアさん本日は火急の要件がありまかりこしました」

「なっ、なんでございましょうか、シスターカレン!」


 私は条件反射で腰を折り曲げ、もみ手をしながら彼女の顔色を窺った。


「緊急事態です、まずはこちらへ」

「へ?」


 魔女シスターの顔はいつも通りの鉄面皮だ。

 だが、常日頃より彼女の顔色をうかがってきた私にはわかる。


(緊張している?)


 彼女から感じられるのは、アダマンタイトの面の皮の内側に隠された焦りがあった。


「急いでください」

「はっはい! 承知しました!」


 冷たい声に条件反射にそう返す。

 私は駆け足で馬車の中へと潜り込んだ。



 ★



 私たち(勢いでソノラも一緒についてきた)が中に入ると、馬車はまた勢いよく走りだした。


「あっ、あのー。それで私めにどんな御用があるのでしょうかー」


 私がおっかなびっくり話しかけると、魔神シスターは一枚の地図を広げながらこう言った。


「およそ百年前に封じられた災厄が復活しました」

「へ?」

「災厄の名は邪竜ファヴァニール、彼のモノは破壊を振りまきながら一路王都へと目指しております」

「は? は?」

「早急に御触れを出しておりますが、王国騎士団の編成が終わるまではどれだけ早く見積もっても3日はかかり、予定とされる迎撃ポイントはこことなります」


 邪神シスターはそう言って、地図の一転を指し示す。そこは王都近郊の平野部で、まさしく王都にとっては目と鼻の先、そこを食い破られればもうあとなんか残されていない背水の陣と言うものだった。


「え……でも、これって……」


 急な展開に私が頭を白黒させていると、隣に座ったソノラが地図を指さしてこう言った。


「その侵攻ルートにある他の町はどうなるんですか?」


 そう、ファヴァニールが迎撃ポイントに達するまでにあるのは無人の荒野という訳ではない。そこに至るまでは大小さまざまな町が存在する。


「切り捨てます」


 悪鬼シスターは極めて事務的にそう言ってのけた。


「切り捨てるって、そんな……」


 そこに存在する大小さまざまな町。

 その最西端、一番最初に被害にあうのは――


「ポルガ村」


 そう、私の村が、一番最初に邪竜の息吹に飲まれる事になる。


「そんな! 何とかならないんですか!」


 私は思わず椅子から腰を浮かせてそう叫んだ。


「無理です。間に合いません」


 悪魔シスターは冷酷にそう言い切った後、言葉を続ける。


「邪竜ファヴァニールは呼び寄せた眷属と彼のモノが放つ瘴気によって狂わされた数万の魔獣と共に進行中です。それを止めるには大規模な部隊が必要。場当たり的に兵を小出しても何の意味もありません」

「数……万……」


 邪竜に率いられた数万の魔獣が押し寄せる。そんな事を言われても想像が追い付かない。

 力が抜け、浮き上がりかけた腰が椅子に落ちる。


「ですが、騎士団の迎撃準備が完了するまであまりにも時間がなさすぎます。

 そこでアリシアさんにお話があります」


 ここまではただの前置き、前提条件の確認に過ぎない。

 シスターはしっかりと私の目を見ながらこう言った。


「アリシアさん、あなたとあなたの契約獣にお願いがございます。

 騎士団の準備が完了するまでの時間を稼いでください」

「……え?」

「時間がないのです、返答は今この場で」

「そ、そんな事……」


 相手は伝説に謡われる邪竜率いる数万の魔獣。そんなもの個人ではどうしようもない災害だ。立ち向かうという事さえバカらしい。


「無理よ! そんなもの死にに行くようなものだわ!」


 ソノラは立ち上がりながらそう叫ぶ。


「無理は承知の上です、ですが教会も最大限のバックアップは行わせてもらいます」

「教会も……ってそうよ! 教会も戦力を持っているはずだわ! 教会の騎士団はなにやってるのよ!」

「残念ながら、聖堂騎士団は別件で作戦行動に当たっています。ただいま連絡のグリフォンを飛ばしていますが、最速で帰ってこれても1週間はかかります」

「そんな……」


 ソノラは力が抜けたようにへなへなと椅子に腰かける。


わたくしたちに最後に残されたジョーカーはあなたですアリシアさん。

 あなたが立ち上がらなければこの王国は彼の邪竜にて蹂躙されることになります」


 重い沈黙が馬車を包み込む。

 死ぬ、みんな死んでしまう。

 邪竜が吐く炎に焼かれ、狂った魔獣の爪に引き裂かれ、死んでしまう。

 村人たちの顔が脳裏に浮かぶ。

 いつも困った顔を浮かべる気弱な村長。

 ちょくちょく牧場に忍び込んではいたずらをしていく悪ガキたち。

 毎日のようにルードの文句を言ってくるカヌラの奥さん。

 みんな、みんな死んでしまう。


「わた……私は……」


 ガクガクと膝が震える。歯の根が合わない。思考がまとまらない。

 立ち向かえば、待っているのは確実な死。

 時間稼ぎなんか出来るはずがない。

 ルードはただのおじいちゃんだし、私はただの小娘だ。


 と、私が思考停止状態に陥っていると、馬車がガクンと揺れ、急停車した。


「さあ、どうしますかアリシアさん」


 揺れた馬車でも姿勢をぴんとしたまま真っ直ぐにこっちを向いてくる悪神シスターは結論を求める。


「先ほど言った通り、教会も最大限のバックアップは行います。

 世界を救う勇者に棒切れ一本で旅立てとは申しません。あなたには教会秘蔵のアーティファクトを好きなだけお出ししますし、あなたが背負っている借金も事が済めば全て完済済みという事にいたします」

「借金が……無くなる?」

「ええ、正当なる報酬です」


 借金が……無くなる? 私が憧れ夢見続けて来た自由な生活が待っている?


「待ちなさい、正気になりなさいアリシア。命と引き換えに借金を返して何になるっていうの。

 死ぬのよあなた!」


 ソノラは私の肩を揺さぶりながらそう叫ぶ。

 そう、死ぬ。確かに立ち向かえば死んでしまう。

 けど――私が立ち向かわなければ、死ぬのは村のみんなだ。

 いや村のみんなだけではない、その隣の村も、その隣の村も、王国に切り捨てられたひとたちはみな死んでしまう。


『ふぉっふぉっふぉ。わしはどっちでも構わんぞアリシア』

「ルー……ド?」


 馬車の窓の向こうから、ルードがそう語りかけてくる。


『おぬしが、逃げるというのなら、この背に乗せてどこまでも駆け抜けよう。そもそもわしはおぬしが何故あそこにこだわっているのかも良く知らんしな。

 じゃが、おぬしが立ち向かうというのなら、わしはその命に従おう、なにしろわしはおぬしの契約獣とやららしいからの』


 ルードはいつも通りのんびりとした口調でそう言った。

 ルードは私の言うことに従ってくれる。

 そう――私は一人じゃない。


 私は改めて立ち上がるとこう言った。


「教会秘蔵のアーティファクト、用意するって言ったわね」

「ええ、最大限のバックアップを」

「ちょっ! 待ちなさい! アリシア!」


 ソノラが縋りつくようにそう言うが、もう決まった。


「全部よ、私が持てるだけ全部持ってきなさい!」

「はい、もちろんです。ありとあらゆる武装をあなたにお出しします」


 邪神シスターはにこやかに微笑みそう返事する。


「それよりなにより借金の事よ! 口約束じゃ信用ならないわ! きちんと契約書を出しなさい!」

「はい、ここに」


 女神シスターはそう言って懐から一枚の紙を取り出した。私はそれに目を通す、確かに、そこには今回のクエストの報酬として借金がチャラになることが記載されていた。


「くく、くくくく」


 思わず笑みがこぼれ出る。

 個人ではどうしようもないとあきらめていた借金の山がたった一つのクエストをこなすだけでチャラになる。これ以上にうまい話があるだろうか。


「アリシア、あなた……。

 ううん。分かったわ、あなた一人に立ち向かわさせる訳にはいかないわ。私も――」

「いや、あなたは関係ないわソノラ。これは私が請け負ったクエストよ。あなたの出る幕はないわ」

「そんな!」

「こう言わなきゃわからない? あなたみたいなペーペーのキャスターが加わったところで足手まとい以外の何物でもないわ」


 私はそう言ってソノラを突き放す。

 これは紛れもない事実でしかない。

 そして、地獄への旅路は少ないほどいいだろう。


 馬車の扉が開かれる。

 馬車が停車したのは、厳重な警戒がなされたとある施設だった。


「さあ、こちらへ」


 私は、ソノラを残し、馬車から降りる。


「ここは、教会の宝物殿になります。どれでもお好きなものをお選びください」


 にこやかにほほ笑む死神シスターが手渡してきた目録に目も通さず奥へと進む。

 目録なんて必要なかった。

 私の目には、私の耳には、棚の飾りとして置かれていた魔道具たちの声が聞こえていた。


 私を使え、俺を抜け。


 その声に従い、魔道具たちを選んでいく。


 そしてーー決戦の準備は整った。

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