第25話 解き放たれしもの

 ちんちんとんしゃんちんとんしゃん。

 祭囃子が軽快な音を奏でている。


 あの騒動の翌日、祭りは計画通りに行われていた。


「わっはっは! ほれ! ルード様の御前だぞ! 飲め! もっと飲め!」


 祭りを率先して盛り上げているのは、誰よりも深手を負っていた筈の村長だった。

 痛々しい筈の胸の包帯も、あのありさまではただの飾りにしか見えやしない。


「ほんっと。種族の差って奴を感じるわねー」

「そーね。私たちだったらひと月はベッドの上よ」


 私とソノラはあきれながらそう呟く。

 内臓まで達する胸の傷、私たち人族だったら今頃は鎮痛剤付けで意識がもうろうとしているだろう。

 意識がもうろうとしていると言えば、あと一人。


「ところで、シロはどうしてるの?」

「あーあいつー」


 そう、昨夜の戦いでの最大の功労者である彼女。

 だが、彼女は、いや、彼女だけが今だにベッドの上にある。


「あれはしばらく駄目ね。ルードの力を吸った反動で、体の中はぐっちゃぐちゃよ」


 私はそう言って肩をすくめる。

 身に余る力は文字通り諸刃の剣となって彼女自身へと帰ってきた。

 なぜか恨めしそうに私を見つめてきたが、自業自得と言うものである。


「それにしても、ここはここでいい所ねー」


 私は祭りの灯りを見ながらそう呟く。

 のどかで辺鄙な村。

 これと言った産業もなく、これと言った名物もない。

 吹けば飛ぶようなただの寒村。

 だが、ここにはその中で団結してやっていこうという暖かさがある。

 私がそう言って優しい視線を向けていると、ソノラが意地悪な顔をしてこう言った。


「あら? あなたの所の村とそう変わりはないじゃない?」


 そんなソノラに私は大きく胸を張ってこう言った。


「違うわ、断じて違うわソノラ」


 そう、私の村と、この村の大きな違い、それは――


「あの穀潰しの面倒を見なくてもいいという事よ!」


 私は、ステージの上で人狼族の子供に囲まれるルードを指さしそう言った。


「考えても見なさいソノラ。ここじゃあの穀潰しの食費がかからないのよ!」


 今まで私がルードの食費を稼ぐのにどれだけの苦労を重ねて来たか。思い出すだけで涙が滲みそうだ。


「おまけに、ごくわずかだとは言え、おひねりも飛んでくる。

 ……どうしよう。本格的にここに移住しようかしら」


 私は、頭の中で全力でそろばんをはじく。するとソノラはあきれた口調でこう言った。


「止めなさいアリシア。こういうのはたまにだから価値があるのよ。アンタたちに居着かれちゃったら、福の神も速攻で貧乏神扱いされるわ」

「う……分かってるわよ、冗談よ」


 確かに彼女の言うとおりだ。毎日通ってくる借金取りほどうっとおしい物はない。そんなものは偶にでいいのだ。

 ……いや、いなくなってくれるのが一番いいのだが。


「おおい! アリシア殿! そんなところにおらずこっちへ来てくだされ!」


 ぶらぶらと祭りを見ながら歩いている私たちに、村長が声をかけて来た。

 私たちは顔を見合わせ、祭りの中心へと向かったのであった。



 ★



「ちくしょう。見返してやる、絶対に見返してやる」

「坊ちゃん、本当にやるんですか?」


 とある洞窟を行く、3人の姿があった。


「当たり前だ! あんな平民にコケにされたまま終わってたまるか!」


 そう言い、憎々し気に吐き捨てる男の名はロバート・ビルシュタッドと言う。

 彼は帰らずの森の一件でアリシアにやりこまれた後、持ち前の財力をフルに使い、とあるものを探していた。


「ですが……本当によかったんですか?」


 ロバートに雇われた冒険者はちらりと背後を振り返りながらそう言った。

 その視線のはるか向こう。洞窟への入り口は厳重なる封印がなされていたのだ。


「ふん。何度も言わせるな。お前たちは僕にやとわれてるんだ。黙って僕の言うことを聞いていればいいさ」


 ロバートは鼻息を鳴らしてそう言った。

 厳重なる封印。それを破ったのは、ロバートが入手したとある伝説級のアーティファクトによるものだった。

 彼はそれを手中で転がしながら、ニヤリと頬をゆがめる。


「この鍵さえあれば、奴の封印を解くことが出来る」


 彼の手中にある銀のカギ、それはヨグソトースの門と呼ばれる魔道具で、あらゆる封印を解く万能のカギとされるものである。


 そうしてランタンの灯りが頼りなく揺れる洞窟を進むことしばし、次第に彼らの口数は少なくなり、闇が質量をもって覆いかぶさってくるような時間が流れた先。

 それは姿を現した。


「お……」


 何か言葉を発しようとした。

 だが、あまりにも規格外なるその存在を前にして、意味ある言葉は喉を出なかった。


「こっ……これが……」


 誰かがゴクリとつばを飲み込む音がする。

 洞窟の行き止まり、そこにある大空間。

 そこには巨大な水晶が存在していた。

 カチャカチャと金属がこすれあう音がする。

 それが震えからくる鎧が鳴らす音だと分かっていても、視線はソレに吸いついて離れなかった。


「いける、これならば行けるぞ!」


 ロバートは自分の足が震えていることにも気づかずに、目をらんらんと輝かせながらそう言った。


「くくく。ははははははは! やれる! こいつならばあの老いぼれ狼なんぞ敵じゃない!」


 恥辱を晴らさんとする彼の精神状態は、平常から遠いところにあった。


「おい! お前たち! 準備はいいか!」


 ロバートはそう彼の配下の者へと声をかける。


「おい! 聞いているのか!」


 だが、いつまでたっても返事が返ってこない事に背後を振り返ってみると、彼の配下の者は当の昔に姿を消していた。


「チッ! 臆病者たちが! まぁいい、これさえあれば奴らの手など必要ない」


 ロバートはそう言うと、懐からとある一枚の羊皮紙を取り出した。

 それの名は、神話級アーティファクト・金毛羊の羊皮紙と言う。


「これさえあれば、いかに奴だと言ってもコントロール可能だ」


 金毛羊の羊皮紙には複雑怪奇なる文様が刻まれていた。対象を強制的に支配下に置く、ビーストテイマーの切り札ともいえるものである。


 ロバートは改めて目の前のモノを見上げる。

 巨大なる水晶に封じれたもの。

 それは、体高10mは優に越す漆黒の竜だった。


「くくく。いいか、今にその封印を解いてやる」


 ロバートはそう言って、銀のカギを水晶へと向ける。


「目覚めよ! 汝は最強にして無敵の竜! 闇より生まれ、全てを喰らう邪竜!

 ――汝の名はファヴァニール!」


 銀のカギより眩い光が放たれ、洞窟は真昼の如き明るさが訪れる。

 パリンと澄んだ音が洞窟へ鳴り響いた。


『……我を呼び覚ましたのは、汝か』


 粉吹雪のように水晶のかけらが舞い散る洞窟に、重く、暗い声が響く。


「そっ、そうだ! 僕が貴様のマスターだ!」


 ロバートはそう言って、金毛羊の羊皮紙を高く掲げた。

 だが――


『ふん――下らん』


 黒竜がそれをひと睨みする。たったそれだけで、羊皮紙は輝きを失い、ただのボロ紙となってロバートの手からパラパラと崩れ落ちた。


「なっ⁉」


 切り札があっけなくゴミとなり果てたロバートは、舞い落ちる羊皮紙の破片をかき集めるように手を振った。

 だが、それは何の意味もない行動である。


『人間、我を解き放った褒美として、喰らうのは最後にしてやろう』


 黒竜はニヤリと頬をゆがめながらそう言うと、大きく翼を広げた。


「ひっ⁉」


 広げた翼に押され、洞窟の壁に亀裂が入る。


『まぁ、ここで埋もれ死ななければの話だがな』


 黒竜はそう言うと、上を見上げて大きく口を開いた。

 そして――漆黒のブレスが噴き出される。


「――⁉」


 黒竜のブレスは、粉雪に焼けた鉄棒を付きたてるように硬い岩盤を一瞬で貫き抜いた。


『くくく。はーっはっはっはっは!』

「ひっ! ひいいいい!」


 空いた穴から差し込む光に向かって、黒竜は大きく羽ばたいた。

 それに伴い、洞窟はガラガラと音を立てて崩壊を始める。


 そして、後には静寂だけが残ったのだった。

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