第21話 人狼族
祭りの日まで2・3日の猶予があるという事で、私たちはそれまでヴァレー村で過ごすこととなった。
とは言え、私たちはお客様だ。やるべき責務など何もない、質素ながらも私のあこがれた左団扇生活という訳だ。
「あうっ……うわーーーん」
さほど広くない村をぶらついていたら、遊んでいた子供が私の目の前で見事にすっころび、血をにじませながら大泣きした。
「あらあら、大変ですね」
村での医者もどき生活が長い私は、常備している応急処置キットで手当をパパっとやってしまう。
「ああ! すみませんアリシア様! こんなことでお客様の手を煩わせてしまって!
ほら、ゲンタ! あなたもお礼を言いなさい!」
「うん! ありがとうお姉ちゃん!」
「はは、いいんですよーこのくらい」
ぺこぺこと必要以上に頭を下げる親子にひらひらと手を振ってその場を離れる。
憧れの左団扇生活だが、長年の貧乏暮らしで身についた丁稚奉公精神はなかなか抜けてはくれない。自分が出来ることがあれはついつい手が出てしまう。
その点、ルードと言えば堂に入った態度で神様生活を受け入れている。
今も村のど真ん中で悠々と食っちゃ寝生活を満喫していた。
……まぁあのバカ犬は基本的にいつもそのありさまなのだが。
と、私が散策を続けていると、シロを含めた村の若い衆と一緒に話をしてるソノラの姿が目に入る。
「あれ? 何やってんのソノラ」
「あー、アリシア。どう? あなたも一緒しない?」
そう言う彼女はしっかりと杖を持った冒険者使用だ。
おまけに彼女と一緒にいる村人たちも弓や槍をそれぞれ手にしている。
「なに? 狩りにでも行くの?」
「そーそー、ここでボーっとしてても時間を持て余すでしょ。魔術の腕も錆びついちゃうし、せっかくならってね」
ソノラはそう言って杖を掲げる。
そんなことを言うならば、わざわざついてくることはなかったのではと思うが。まぁそれは今更だ。
「しかしアンタも貧乏人根性が抜けないわねー。やることがないならそれを楽しむ位の優雅さが欲しいものだわ」
「お生憎様、私はそこまで枯れちゃいないわ」
ソノラはそう言って、にこやかに微笑む。
だがまぁ、貧乏人根性が抜けないのは私もだ。何の娯楽もないこの村では、時の流れはひどくゆっくりなのだ。
「しょーがないわね。私も付き合ってあげるわ」
私は大げさに肩をすくめながらそう言った。
★
獣道を分け入って山の奥深くへ、狩りと言っても私たちはあくまでもお客様だ。隊列の後方にて緊張感無く歩を進める。
「しっ、少し止まってください。御二方」
先頭を行くシロが音を潜めてそう言った。
私とソノラはその声に従い姿勢を低くする。
しかし、流石は人狼族だ、その索敵能力も私たち人族よりも遥かに高い。
正直なところ、私にはどこに何がいるのかさっぱりわからない。
人狼族たちは、ハンドサインで合図を取り合い、素早くそして静かに周囲へと散らばっていく。
「……流石ね」
「……そうね」
そのよどみない動きはまさしく狼の狩りを思わせる。私とソノラはその見事な動きに小さく感嘆の声を上げるだけだ。
そして、包囲網は完成し、シロが手にした弓を引き絞る。
かすかに空気を引き裂く音がする。
目にもとまらぬ勢いで放たれた矢は、見事に草を食んでいた鹿の胸へと吸い込まれていった。
★
「やー、見事なものねー。見直したわ、シロ」
「はっはー! この程度朝飯前でござるよアリシア殿!」
シロは満面の笑みで尻尾をブンブンと振りつつそう答えた。
うむ、なかなかやるなこの娘っ子。
正直なところ、ただの時代錯誤なおまぬけ少女としか思っていなかったが、考えても見れば村の代表として私のところへ交渉に来ていたのだ、それなりの信頼と実力を兼ね備えていると言うことろだろう。
仕留めた鹿はしっかりとした大人の鹿だ、これだけあればルードの晩御飯としては十分である。
「さてと、今日の目標は?」
「そうでござるな。後2~3頭は仕留めたいところではござるが」
「そう、それじゃあ次に行きましょうか」
「うむ。そうでござるな!」
シロは元気よくそう答える。
仕留めた鹿はその場に隠し置き、私たちは次の得物を求めてさらに山の奥へと進んでいった。
★
その後も順調に狩りは進み、いざ帰ろうとなった時だ。
仕留めた得物を回収しながら山を下る一行の足を止めるものがあった。
「しっ、少し止まってください、御二方」
シロは緊張した面持ちでそう言った。
視線の先には何かが動く気配がある。
その場所は最初に仕留めた鹿を隠した場所であった。
「何か……いる?」
「左様で、どうやら我々の得物を横取りしようとする輩がいるでござる」
シロは小声でそう言った。
仕留めた鹿を横取りしようとしてるという事はソレは肉食の獣と言うことになる。
果たして何が現れるかと、慎重に包囲を進めていると、やがてソレはこちらの気配を気取ったのか、むくりと立ち上がった。
「って、シルバーベアーじゃないの!」
私は小声でそう叫ぶ。
得物を横取りしようとしていた万引犯それは銀の体毛を持つ巨大な熊、あの時の記憶が嫌でもよみがえる凶悪なる魔獣の姿だった。
「駄目ね、残念だけど今回は諦めて――」
そう言いかける私に、シロはキョトンとした顔をしてこう言った。
「何を言っているでござるか? せっかくの大物でござるよ?」
「何って」
相手はシルバーベアーだ、ここにいるのはソノラと私、そしてシロを含めた3人の人狼族でしかない。これだけの人数であの凶悪なる魔獣をうち滅ぼすのは難しいと言わざるを得ない。避けられる危険ならば避けるべきだ。
そう説明しようとした私の背筋がゾワリと震える。
「皆の衆、狩りの時間でござるよ」
そう言ったシロの顔は、おぞましくも美しい、捕食者の笑みを浮かべていた。
★
「はー、やってらねないわねー」
狩りから帰って、用意された空き家へと入ったソノラは、ぼふりとベッドに横になるなりそうぼやいた。
「そうね。種族の違いって奴を思い知らされたわ」
あの戦いを思い出す、いや、それは戦いではなく一方的な狩りだった。
シロたち3人の人狼族は、見事なコンビネーションで一方的にシルバーベアーを完封した。
筋力、体力、反射神経、速度、そのどれをとっても人狼族は我々人族を凌駕している。その事を再確認した戦いだった。
でも、だからこそ……。
「まーあれを知ってる人間なら、人狼族にびびっても仕方がないわよねー」
そう、だからこそ、彼ら人狼族は迫害される。
人狼族がいくら強くても、彼らは所詮吹けば飛ぶような少数派だ、この社会の中枢を占める人族には圧倒的な数の力ですりつぶされる。
彼らがこの人族中心の社会に取り入ろうとするならば、その戦闘力を生かすしかないが、そんな危険な種族を要職へと取り入れようとするような器のデカい人族はそういないだろう。精々が傭兵として使いつぶすだけだ。
「まぁ、だからこそ、この村では平和主義を掲げてるんでしょうね」
牙をむけば、それを抜かれる。
その事が良く分かっている村長は穏健なる道を歩むことによって、人族と共にあることを選択したのだ。
★
「我ら人狼族の牙を取り戻す」
祭りを翌日に控えたその夜。
数人の人狼族がステージで眠りこけるルードに近づいていった。
「ん? どうしたお前ら、ルード様は見ての通りお休み中だ、拝謁を望むなら――」
ルードの警護に当たっていた人狼族は、その言葉を言い切る前に――
「邪魔だ、腰抜け」
「⁉」
月夜の晩に血の華が咲く。
一瞬にして間合いを詰められた警護員は、一刀両断、袈裟懸けにて切り伏せられた。
「くっ⁉ お前ら何を血迷って!」
「騒ぐな、やかましい」
中心となる人狼族の言葉に、彼に従う人狼族が素早く警護員に切りかかる。
一瞬の出来事。
まさか村のど真ん中で行われた凶行に、油断していた警護員たちはなすすべもなく制圧された。
「くくく。これで邪魔者は片付いた」
中心となる人狼族は月光を浴びぬらりと輝く刀を抜きながらそう言ったのだった。
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