第20話 人狼族の村
えっちらおっちら二本の足でシロの故郷であるヴァレー村へ。
旅の道中は張子の虎とシロが大活躍をしてくれて、特に問題なく私たちは村へとたどり着いた。
ヴァレー村は限界集落の名にふさわしく、山間の極々小さな寒村で、村人たちは狩りをして生計を立てているという。
村民たちはシロを見ればわかる通り皆人狼族であった。
私たちの到着を知った村人たちは、ほとんど総出で私たちを出迎えてくれた。
「この度は不躾な申し出をお受けいただき、感謝の言葉もござりませぬ」
「あー、いや、分かりましたから、せめてお顔を上げてください」
全力の正座で出迎えてくれた村長に、私は嫌な汗をかきつつそう言った。
私よりも若いシロには強く出られるが、流石に明らかに老齢である村長に強く言うことはできやしない。
「おお、なんと寛大なお言葉。このツキカゲ、感動を押さえられませぬ」
「ははは……いや、大げさな」
「なにをおっしゃるか、我ら人狼族は戦狂いの狼藉者。その様な我らに暖かな言葉を懸けてくださる人族などそうはおりませぬ」
ツキカゲ村長は涙ぐみながらそう言った。
戦狂いの狼藉者。確かに彼ら人狼族をそう言った目で見る人族は少数派という訳ではない。
この世界の大部分を占めるのは私たちのような人族だ、彼ら人狼族がどれだけ戦闘能力に優れていようとも、所詮彼らはマイノリティ、圧倒的多数を占めるのが人族である以上、肩身が狭い思いをしているのは確かだろう。
「大丈夫ですわ村長さん。このアリシアはその様な了見の狭い人間ではありません。今回はみんなで頑張ってお祭りを盛り上げましょう」
と、一緒についてきたソノラは余所行きの聖母のような笑顔でそう言った。
彼女の言い分によれば、仲介役として事の成り行きを最後まで見届けなければならないという事らしいが、要するに暇だっただけだろう。
「おお! なんと有難きお言葉! このツキカゲ! 此度のご恩は生涯忘れません! 村に代々語り継ぎ、お二方のことは聖女として末永く村史に残しましょうぞ!」
村長大号泣。
シロを見ていて分かったが、彼らは感情表現が豊かな人たちの様だ。まぁ、他の人狼族のことは知らないが。
「はは……それはありがとうございます……」
これはまたルードさんとは違った意味で暑苦しい、私はその思いを隠しながら村長に今後のことについて尋ねてみる。
「それで、村長。私たち――というか、ルードはこれから何をすればいいんです?」
村長は、キリリと表情を引き締め、改めて深々と頭を下げるとこう言った。
「ルード様の御身を煩わせることなどはございませぬ。我ら人狼族にとってホワイトフェンリルであらせられるルード様はまさしく神に等しい。祭りの当日に置きましては、ルード様にはあちらの舞台にてごゆるりと時を過ごして頂ければ」
村長はそう言って村の中央を指さした、そこには不器用ながらも一生懸命頑張りました感あふれるステージが鎮座していた。
「……あれ大丈夫なんですかね? 一応言っておきますが、ルードの体重は1トンあるんですが」
ぐーすか寝こけている間に床が崩壊してギックリ腰にでもなった日には非常に面倒くさいことになるだろう。
だが、私の心配をよそに、村長は自信満々にこう言った。
「もちろんでございますアリシア殿。ルード様にかすり傷ひとつでも負わせてしまっては人狼族の名折れというもの、安全性には何よりも留意してございます」
それほどまでにいうのならと近くで確認してみたが、なるほどいうだけのことはあるようだ、見てくれこそは悪いが、しっかりとした分厚い板で作られたステージは、その下に私では到底抱えきれないようなぶっとい柱が病的なほどの密度で設置されており、全体で一枚の大きな板のようになっていた。
これでやることは大体わかった。まぁ、やることと言っても何もないのだが。
「ただいま、交流のある人狼族に文を出しております。今年の祭りはルード様のおかげで過去最大の規模になるのは必至。皆様におかれましては、祭りが始まる日までごゆるりとお過ごしください。何もない村ではございますが、精一杯のおもてなしをさせていただきます」
村長はそう言って、深々と頭を下げたのであった。
★
ヴァレー村の外れ、数人の人狼族が人目を避けるように集まってひそひそと話をしていた。
その中でひとりの男が、狂相を顔に浮かべながらこう言った。
「あれが例のホワイトフェンリルって奴か」
「ああそうだ、間違いない。だが……本当にやるのかゲッコウ?」
ゲッコウと呼ばれた青年は、ニヤリと笑みを浮かべてこう言った。
「やるさもちろん。お前らだっていつまでもこんな村でせこせこした暮らしを送るのはまっぴらだろ?」
「そりゃーそうだがよ……」
言葉を濁す他の者に、ゲッコウはイラつきを見せながらこう言った。
「お前らがやんなくても俺はやるぜ。そのための力はここにある」
ゲッコウはそう言いながら、一振りの刀を取り出した。
それはいくつもの封がなされた刀だった。
「何が祭りだ、下らねぇ。奴らに人狼族の誇りってもんを取り戻させて見せる」
ゲッコウはそう言うと、すらりと刀を抜きはらった。
はらはらと封が千切れ飛んだ。
外気にさらされたその刀は、不吉なまでに赤黒い色をその身に宿していた。
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