第22話 凶刃

「くく。もうすぐだ」


 赤黒い刀を手にした人狼族がルードに近づく、その時だった。


「どうした! 何があった!」


 人狼族の耳は鋭敏である。

 襲撃者たちは物音を最小限に抑えたのであるが、それでも村人たちは戦いの気配を察知取り続々と広場へと集まってきた。


「ぬっ。貴様はゲッコウではないか? 何をしているのだ貴様!」


 集団の中から飛び出したシロは、刀を手にしている人狼族を見てそう叫ぶ。


「はっ、シロか。腑抜けはそこで大人しく待ってるんだな」


 ゲッコウはそう言いながら、ルードへと近づいていく。


「ええい。この騒ぎはなんじゃと言うのか」


 遅れて出て来た村長が、人垣をかき分け前面へと出る。


「アレはゲッコウ? むっ! 貴様ゲッコウ! その刀をどこで手に入れた!」

「はっ、やっと来たか爺。だがもう遅い、貴様らはそこで指をくわえて眺めてるんだな」


 ゲッコウに従う獣人族たちは、手にした武器を構え周囲を威嚇する。

 だが彼らはたった5人の集団だ。村人や祭りのために集まってきた人狼族たちが総出で鎮圧しようとすればあっけなく事は終わるであろう。

 だが、相手の手には光り輝く武器がある。その事が村人たちを一瞬ためらわらせた。

 そして、ゲッコウにはその一瞬で十分だった。


「ふん!」


 素早くルードへと近寄ったゲッコウは、その刃をルードの足へと突き刺した。


「貴様!」


 一瞬のスキを突かれて行われた凶行に、村人たちから声が上がる。

 その時、ようやくと騒ぎに気付いたアリシアがのんびりとあくびをしながら広場へとやって来た。



 ★



「ふあーーーあ。いったい何の騒ぎだっていうのよ」


 がやがやと騒がしい空気に起きてみると、村人中がルードの周りに寄り集まって何かをしていた。

 またぞろ、ルードが何かをしでかしたのかと思いきや。


「あれ?」


 私の目に映ったのは、ルードの足に刀を突きたてる一人の人狼族の姿があった。


「ちょっとちょっと。いくらルードの夜泣きがうるさいって、そこまですることはないんじゃないかしら」


 私はそう言ってぷりぷりと腹を立てる。

 あの程度の刀に差されたことは、ルードにとっちゃ太めの注射針に刺された程度のことだろうが、それでも人様の契約獣に刀を突きたてるなどあまりにも乱暴が過ぎるというものではないだろうか。

 さて、この文句は誰に行ったらいいのやらと思っていたら、抗議先筆頭である村長が私の存在に気付いてこう言ってきた。


「おおアリシア殿! 申し訳ございませぬ! このツキカゲ一生の不覚でございまする!」

「いや、不覚は十分にわかりますから、アレ止めてくれるように言ってくれません?」


 いくらボケ狼だとは言え、自分の契約獣にいつまでも刀を突っ込まれているのは気分がよろしくない。

 と、グースカ寝こけている我が愛犬に刀を突きたていきっている人狼族を眺めると異様な雰囲気に気が付いた。

 そのいきり人狼族と愉快な仲間たちは、ギラリと輝く得物を手にして、こっち側の村人たちをけん制しているのだ。


「……いったい何が起こってるんですか?」


 事ここに至ってようやく事態の深刻さに気付いた私は、村長にそう尋ねる。

 すると、それに答えたのはいきり人狼族だった。


「くはははは! 来るぞ! 来るぞ! 無敵の力だ!」

「……は?」


 なんだろう、人様の契約獣に刀をぶっこんでいることと言い、頭がわいているタイプなんだろうか?

 と、私が頭に疑問符を浮かべていると、村長がこう叫んだ。


「止めぬかゲッコウ! その刀を今すぐ手放せ!」

「ぎゃははははは! 誰が聞くかよこの老いぼれが! 俺は人狼族の牙を取り戻す! この無敵の力を使ってな!」


 頭沸き男は狂ったように笑うばかりで、話が通じそうにない。そこで私は村長に解説を求めることにした。


「あのー、うちのルードにぶっ刺さってる刀、アレいったい何なんですか?」


 というか、いったい何時まで寝てるんだろう、我が愛犬は。


「おおアリシア殿。申し訳ございませぬ。アレは餓狼牙という我が村に伝わる秘宝。蔵の奥底へ厳重にしまっておいたのでございますが……」

「管理責任はまた後で。で? 結局何なんですか?」

「申し訳ございませぬ。アレは伝説級のアーティファクトとも呼ばれる一品で、その効果は――」

「これで傷つけた相手の力を吸い取るって代物よ。

 感謝するぜ間抜けな人族! お前はこうしてご馳走を連れてきてくれたんだからよ!」


 村長のセリフを受けついた頭沸き男が、大笑いしながらそう言った。


「ほーん」


 なるほどねぇ、またしても伝説級のアーティファクトとやらか。まったく妙に縁がある。

 私はそう思いつつ、腰につるしたハスターのナイフに手を当てる。


「もっ、申し訳ございませぬアリシア殿! 此度の責は全てこの祭りの責任者であるそれがしにあるでござる!」


 面倒くさいんで、ハスターのナイフでルードを呼び戻そうかと思ったら、シロが土下座しながら突っ込んできた。


「此度の失態! 我が一命をとして拭う所存でございます!」


 シロはそう言いつつ、がばりと上着を捲し上げる。


「あー。いいから、そんな無駄なことしなくて」


 だから私に人様のモツを見て喜ぶような趣味はない。


「でっ! ですが!」

「いーから、いーから、そんなバカげたことはおやめなさい。

 二重の意味で意味がない」

「二重の……意味で?」

「そっ、見てなさい。あのバカを」


 私はそう言って、頭沸き男を指さした。


「げひゃひゃひゃひゃ! げひゃ⁉」


 いい感じにテンション上がっていた、頭沸き男は突如大量の吐血をして膝をつく。 


「なっ⁉」


 それに驚く、村人たち。

 困惑していないのは、私と村長ぐらいなものだ。


「ほら、言わんこっちゃない」


 私はやれやれと肩をすくめる。


「なっ……何が起こったのでしょうか?」


 そう聞くシロに私はこう答える。


「あのねぇ、いくらうちのルードが棺桶で半身浴しているようなおじいちゃん狼だと言っても、ホワイトフェンリルはホワイトフェンリルなのよ。

 アンタらが私たちよりはるかにスペックが高い人狼族だろうと、ルードの前ではそんなこと誤差に過ぎない。

 いい? たかがニンゲンがホワイトフェンリルの力を取り込もうたって無理に決まってるじゃない」


 身に過ぎた力はその身を滅ぼす。これはそんな単純な話だ。

 今頃、あの頭沸き男の体内は、あふれ出した力によってズタズタになっているだろう。


「まー、数年間はベッドの上で自分のしでかした事に反省していることね」


 はいはい、これでこのバカげた騒ぎはおしまい。

 私がそう言おうとした時だった。


「きゃは、きゃははははは!」


 膝をつき、豪快に吐血をした頭沸き男は、身をのけぞらせながら大笑いした。


「……こっ、これは、どういうことなのですかアリシア殿」

「……まずいわね」


 通常ならば、ただのニンゲンにホワイトフェンリルの力を御し得る事などありえない。

 だが、何事も例外というものが存在する。


「これだ、この力だ」


 頭沸き男はそう言いながらゆらりと立ち上がる。


「くっ、あのバカ!」


 みんな逃げてと、私がそう叫ぼうとした時だった。


「ふっ!」


 ドンという衝撃音と共に、私の横に立っていた村長が、矢のような勢いで頭沸き男に突っ込んでいく。


「だめ! 止めなさい!」


 だが、その声はあまりにも遅すぎた。

 頭沸き男に突撃した村長は、奴の一爪により切り伏せられたのだった。

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