第16話 秘策は我にあり!

 森の中、ぽっかりと開けた草原にて、私たちはあのバカたちを待ち構えていた。


「どうした! 鬼ごっこはこれで終わりか!」


 ロバートは肩で息をしながらそう叫ぶ。

 その有様からみても、相手が素人だという事が良く分かる。

 いったい何が楽しくてこんな歩きにくい森の中へ入ってくるのに、そんなに豪華な装備をしてきたのやらだ。


「ええそうね。せっかく逃げる機会を与えてやったのに、それもわからないお馬鹿さんたちを相手にするのはもう飽き飽きだわ」

「ちっ、相変わらず口だけは達者なようだな」


 ロバートはそう言ってシルバーベアーと取り巻きーずに指示を下す。

 彼らはシルバーベアーを先頭に、悠々とした足取りで歩を進めてくる。





「作戦はこうよ」


 森の中の開けた草原と言う絶好のロケーションを見つけた私は、3人に向かってこう言った。


「シルバーベアーは厄介極まりない強力な魔獣だわ。だけどあの個体には一つだけ弱点がある」

「だから早くそれを教えなさいよ」


 そう、せかすソノラに私はゆっくりとこう言った。


「それは、彼が契約獣であるという事よ」

「契約獣であるという事?」

「そっ、契約獣であるからには、主の指示に従わなければならない」


 どんな形で契約を結んでいるかはそれぞれのビーストテイマーによって門外不出の技とされるが、主の言うことに従わなければならないという事は共通だ。


「だから、主が攻撃をやめろと言ったら、いくら自分が有利な状況であってもそれに従わなくちゃいけないって事よ」

「……それは分かったわ。じゃあどうやってその状況を作り出すの?」


 それは、簡単なことだが、非常に困難なことでもある。

 だが、覚悟を決める時だ。

 私は3人に向かってこう言った。


「なんとしてもあのシルバーベアをロバートから引き離して」

「それは……」


 ソノラはそう言って言葉に詰まる。

 恐らく今の彼女の脳裏に浮かんでいるのは、あの時ゴブリンの住処を強襲した時のことだろう。

 あの時も、私は同じようなことを言った。

 ことを言って――彼らを死の淵まで追いやった。


「策はあるわ。シルバーベアーがあのバカから離れたら、私は一気にあのバカの元まで飛んでいく」


 シルバーベアーの足は速い。

 あのバカから「降参」の一言を聞き出すまでの時間を稼いでもらわなければならない以上。ある程度の距離が必要なのだ。


「俺様は乗ったぞ、アリシア」


 意の一番に反応したのは、やはりというかなんというか、正義バカのルードさんだった。


「金と権力をかさに弱者をいたぶる。そんなのは決して正義じゃない」


 ルードさんは決意を込めた表情でそう言った。


「ふぅ、まっリーダーがそう言うんじゃね」

「まっ、そうだな、こればっかりはしかたがねぇ」


 続く2人も柔らかな笑みを浮かべた後、きりりと表情を引き締める。


「ありがとう」


 私から言える言葉はそれだけだった。





「ぬおおおおお! 必殺! 疾風竜巻斬!」


 ルードは剣を構えると、馬鹿の一つ覚えのように実直に突っ込んでいく。


「グル」


 剛腕一閃。

 その巨体からは想像もつかないようなスピードで振るわれた爪はルードの胸を掠め、彼が身に着けていた胸当を一撃で粉砕した。


「おわあああ⁉ くっ、だがまだだ!」


 前足を振り切りった事により下がった頭部へと、ルードは剣を叩き込む。


「どうって固てぇ⁉」


 剣は確かに直撃した。だがシルバーベアーは軽く頭を振るとむくりと体を起こす。

「グル」と一声。

 目の前の存在の脅威を完全に推し量ったシルバーベアーはゆっくりと腕を振り上げる。


「危ない! ルード!」

「おっと、お前の相手は俺だぜソノラ」

「くっ、じゃまを!」

「ソノラ!」

「おっと、お前の相手は俺だぜこの優男」

「チッ!」


 ルードへと援護攻撃を行おうとしていたソノラの前に戦士風の男が、ソノラをカバーしようとしたシーザーには両手にナイフを持った男がそれぞれ立ちふさがる。


「はっ、いい加減にあきらめろよソノラ。あの熊公には勝てっこねぇさ」

「さて、それはどうかしらね」


 剣を構える男に対して、ソノラは手にした杖を構えながらじりじりと距離を取る。


「あのバカはどうでもいいが、お前さんの才能は貴重だ。今からでも遅くねぇ、お坊ちゃんには俺から取り入ってやるからよ」

「はっ、そんなことはごめんだわ。貴族様に尻尾を振って何が冒険者よ」

「ふっ、そっちこそ現実ってものをよく見ろよ」


 そう言って男はちらりと視線をルードたちに向ける。


「ぐあああああ!」

「っ⁉」


 シルバーベアーの攻撃を手にした剣を盾にして受けたルードは、その剣をへし折られはるか遠くへと吹き飛ばされた。


「ルー!」

「だから行かせねぇって。いや、正確には今更行こうが時すでに遅しって奴だ」


 ルードは折れた剣を投げ捨て、ナイフを手にふらふらと立ち上がる。

 だが、その短い刃物では、受けることも、攻撃することも不可能なのは目にも明らかだった。


「なっ? 分かれよソノラ、あのバカになんかついていってもいいことなんかありやしない。その点あのガキは別だ。奴の家は名門の貴族。金なら唸るほど持っていやがる」


 男はそう言って下卑た笑みを浮かべる。

 それに対しては、ソノラは不敵な笑みを浮かべてこう言った。


「あなたこそ、あのバカをなめるんじゃないわよ」

「あーん?」

「あいつは確かにバカでアホでどうしょうもない間抜けよ。青臭い理想を掲げ、その言葉に魂をかける大バカ者よ」

「だったら――」

「だからこそよ」


 男が発しようとした口を遮り、ソノラは言葉を続ける。


「……あ?」

「だからこそよ。そんな大バカ者だからこそ、こっちも命を懸ける価値がある。

 考えてもみなさいよ、冒険者なんて博打まがいの稼業、どうせかけるなら大穴に賭けたほうがスリルがあるってものでしょう?」


 ソノラはニヤリと笑ってそう言った。


「ちっ、このジャンキーがいかれてやがるぜ!」


 これ以上の問答は無駄と悟った男は手にした剣を振り下ろす。

 その一撃を前に、ソノラは不敵な笑みを浮かべたまま、言葉を発した。

 その言葉はーー


「ファイヤーボール」

「⁉」


 至近距離で放たれる火球の前に男は交わすすべなく直撃する。

 だが、被害はそれだけには収まらない。


「くっ⁉」


 2人の間で起こった爆発。それはソノラの体をも吹き飛ばした。


「ばっ、ばか、か、てめぇ……は」

「くっ……我ながら、なかなかの威力じゃない」


 ありったけの魔力を込めた火球、それは2人の体を引き離し、お互いに大ダメージを与えたのだ。


「ジャンキー……めが」


 男はそう言ってがくりと倒れる。

 残ったのは魔術抵抗に分があるキャスターであるソノラの方だった。


「ルード! こっちは片付いたわ! 今!」


 よろよろとよろめきながら立ち上がったソノラが見た光景。

 それはシルバーベアーに吹き飛ばされるルードの姿だった。


「ルー⁉」


 ルードは激しく地面をバウンドし、ゴロゴロと転がりうつぶせに倒れ伏す。

 シルバーベアーはそれに近づき、その生死を確かめるためにと、乱雑にルードをひっくり返した。


「くっ⁉」


 一閃、きらりとした輝きが草むらを照らす。

 死んだふりをしていたルードが放った最後の攻撃はシルバーベアーの毛皮によってあっさりと受け止められた。


「ルード!」


 これ以上の反抗がないことを確信したシルバーベアーは、その大きな口を開け、ルードの顔を丸かじりにせんと――


「かかったな、阿呆が――必殺! 暗黒激襲波!」


 ルードはそう叫び、口から何かを噴き出した!


「ギャウン⁉」


 その何かをまともに浴びたシルバーベアーは鼻を押さえながら転がりまわる。

 その何か、それはルードが物珍しさからくすねておいたナルバの実であった。彼はシルバーベアーに吹き飛ばされ、地面にうつぶせになった瞬間に、懐より取り出したそれを口内に含んでいたのだ。

 ナルバの実が放つ猛烈なる刺激臭に、シルバーベアーは戦うどころの騒ぎではなくなってしまう。

 そして。


「アリシアー! 今だー!」


 ルードの叫びが草原に木霊した。

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