第15話 お金で買えない価値がある?

「そう、あなたが諸悪の根源という訳ね」


 これ見よがしに精霊封じを見せびらかすロバートとかいう男に、私はそう言って毒づいた。

 しかし、これは窮地に一生を得たという所だろう。

 もし精霊封じを手にしているのが熟練の冒険者だったら、私たちに勝ち目など存在しない。

 だが、このロバートとかいう男はどう控えめに見てもただの金持ちのボンボンだ。付け入る隙はいくらでもあると見た。


「ふん、誰が諸悪だ、誰が」

「あらそうでしょう? か弱い妖精たちの住処を無茶苦茶にして自分たちの我儘を通そうとする、それのどこが野蛮でないっていうの?」

「ふん。全くこれだから平民は、大局的な史観というものが分かっちゃいない」


 ロバートとかいう男はこれ見よがしに大きなため息を吐くと話を続ける。


「いいか、ここに幹線道路を通すことは国家百年の計を持つ大計画だ。それがもたらす恩恵は計り知れない。妖精だか何だか知らんが、そんな害虫どもにいちいちかかずらっていられるものか」

「害虫ね、たしかに彼らは人間にとって直接的な益をもたらさない生物だわ。だけど彼らも必死になって生きているのよ! 世の中にはお金よりも大切なものがあることが何故わからないの!」


 私は涙ながらにそう訴える。

 命の尊さ大切さ、ああ世界はなんて美しくも残酷なのだろう。


「……アンタが言うと、これ以上なく嘘っぽく聞こえるわねアリシア」


 と、ジト目でこっちを見ながらそう呟くソノラを無視して話を進める。


「大体何よ、さっきから人のことを平民、平民って、あなたがどれだけえらいのか知らないけど、人に人を自由にさせる権限なんてありはしないわ!」


 そう、いつだって自由を縛るのは借金という名の鎖である。

 と、私が熱弁を振るっていると、取り巻きーずがくすくす笑いながらこう言った。


「はっ、全くモノを知らないお嬢ちゃんだ。いいか、よく聞けよ。このお方は歴史に名高い魔獣貴族。ビルシュタッド家のご長男様だぞ」

「魔獣……貴族……」


 そう言えばどこかで聞いたことがある。

 伝説的なビーストテイマーと言えばホワイトフェンリルと契約を交わしたうちのひいひいおじいちゃんの名前が挙がるが、それとは別に政治力で名をはせたビーストテイマーの一族があるという。

 そして、私にとあるビジョンが思い浮かんだ。


「あーー! アンタ!」

「ふん、今になってようやく思い出したか」


 ロバートはそう言ってやれやれと肩をすくめる。


「ええ! 思い出したわ! 私止めろっていうのに、無造作にルードに近寄っておしっこ浴びせられ、泣きながら帰った貴族の子供!」

「余計なことは思い出すなーーー!」


 ロバートは顔を真っ赤にしてそう叫ぶ。

 思い出せと言ったかと思えば今度は思い出すなと言う、まったくせわしない男だ。


「しかし、アンタが貴族の息子って言うことは……」

「そう、この計画には我がビルシュタッド家も多大なる出資を果たしている、いつまでも指をくわえて待ちぼうけをしているわけにはいかないんでな」


 ロバートはそう言うと、パチリと指を鳴らした。

 それを合図に、彼のそばに控えていたシルバーベアーがのっそりと動き出す。


「どうだ平民。今すぐ引き返すというのなら、その命程度は助けてやらんでもないぞ?」


 ロバートはニヤニヤと笑いながらそう言った。


「ふっ、高々シルバーベアー程度が私のルードの相手になると思って?」

「当たり前だこの平民。そこの老いぼれ狼にいったい何ができるというんだ」


 ロバートはそう言って堂々と胸を張る。

 ちくしょう。やはりこいつにはルードが張子の虎という事はばれている。はったりは通じそうにない。


「ふん、いいわ。だったら勝負してあげようじゃない。

 私たちが勝ったら、アンタはその御大層なアミュレットを置いてとっととこの森から逃げていく。

 逆にアンタが勝ったらこの森は好きにすればいいわ」

「はっ、言われるまでもない」

 

 ロバートのその言葉に、シルバーベアーと取り巻きーずは戦闘態勢に入る。


「くっ、やっぱりこうなるか。で、アリシア、ここからどうするの?」


 ソノラはそう言って私に耳打ちをしてくる。

 ここからどうする?

 そんなことは決まっている。


「逃げるわよ! みんな!」


 私はそう言うと、脱兎の如き勢いで駆け出した。



 ★



「はぁはぁ、ねぇ、いい加減にこれからどうするのか教えてくれないかしら」

「そうね、あいつらからは十分に引き離したからここらでいいわね」


 全速力の全力疾走、あのバカたちの影も形も見えなくなった所で、ようやく一休みした私たちは作戦会議に入った。

 ちなみにルードは邪魔なのでどこかへ置いてきた。まぁ腐りかけでもホワイトフェンリルはホワイトフェンリルだ、森の魔獣に取って食われるようなことはないだろう。


「奴らと相対するに当たって、何よりも注意すべきはシルバーベアーよ」


 まずは大前提についての共通見解を得る事から始める。

 シルバーベアー、それは北方の山脈に住む凶悪な魔獣だ。

 身長2m、体重500kgを越す肉体から放たれる攻撃は、並の人間ならばかすっただけでも致命傷。おまけに十分な脂肪を身にまとった筋肉の塊と言った肉体の前ではひよっこ冒険者の攻撃など文字通り歯が立たない。

 正直なところ、野生の彼に出会ったら尻尾を丸めて逃げるより他手段はない。

 だが、実際問題としてはその逃げる事さえ一苦労だ、彼らの足は人間などよりはるかに速い。条件が同じならばまず間違いなく逃げている途中に背中からガブリといかれるだろう。


「ええそうね。それは分かったわ。でも何か攻略法があるのでしょう?」


 ソノラの期待がこもった眼差しに、私は首を横に振った。


「無理ね、私たちではシルバーベアーは倒せない」

「そんな……」


 ソノラの顔色が絶望の色に染まる。

 だが、これはまぎれもない真実だ。

 圧倒的な体重差の前ではひよっこ冒険者の繰り出す攻撃など文字通り蚊に刺された様なもの。


「けどね、弱点はあるわ」

「弱点? あなたさっきシルバーベアーは倒せないって言ったばかりじゃない」

「そう、シルバーベアーは倒せない」


 それはれっきとした事実。

 だけど――


「教えてあげるわソノラ、ビーストテイマーの弱点は、いつだってビーストテイマーそれ自身よ」


 私はニヤリと笑うとそう言ったのだった。

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