第14話 伝説級のアーティファクト
「そうですね。人間の邪魔になる――という事ならば私のことでしょうね」
ドリアードは少し寂しそうな顔をしてそう答えた。
「では、あなたが人食いの魔獣だと?」
私がそう問いかけると、ドリアードはゆっくりと首を横に振る。
「この森へと立ち入る人間は少なくはありません。その目的が森の実りの一部を採取する程度なら私も目をつぶりましょう。
ですが、彼らが試みようとしているのはこの森の抜本的な開拓です」
「抜本的な改革……ですか?」
「ええ、その通りです。彼らはこの森を切り開き、大きな道路を作るつもりなのです」
そうしてドリアードは、人間たちが企画している計画を語った。
それが実行されたときにはこの森はバラバラに分断されてしまうことになる。いや、それだけでは収まらないだろう。道が出来れば人が集まる、森は人間の生活範囲が広がるにつれて、どんどんその面積を縮小させて行くことは火を見るよりも明らかだ。
「この森にすむのはか弱き生命ばかりです、そして彼らはこの森無くしては生きられない」
ドリアードは悲しげな瞳をしてそう語る。
なるほど、村長の意図は読めた。
計画の邪魔になるドリアードは何としても排除せねばならない。
だが、相手は神話級の怪物だ、とてもではないが一冒険者に何とか出来る相手ではない。
彼女の相手をするならば大規模なレイドを組むか、国の軍隊にでも出張ってもらうより他はない。
だが、そこには大義名分というものが必要となる。
相手は森へと手を出さない限りは攻撃を仕掛けてこない存在だ、それに対して自分の利益のために無関係な他人を火中の栗を拾わせる為には確固となる理由が必要なのだ。
(そのために、私たちを生贄に差し出そうというのね)
私たちの死をもって、晴れてドリアードは人食いの魔獣として広く世間に認識される。
いったんそうなってしまえば、後は村長たちの思うがままだ。
大規模な攻撃隊が組織され、数を頼りに討伐されてしまう事だろう。
(村長たちの計画は分かった……だけど……)
こっちは既に少なくない前金を頂いている状態だ、それに違約金の話もある。
なんとか双方無事に矛を収める方法はないか、私がそう考えている時だった。
「正義じゃねぇな」
それまで黙って話を聞いていたルードさんがそう呟いた。
「正義じゃねぇ。ああ、全く持って正義じゃねぇ。
ここに住むのは、力なき
俺は決めたぞ。この俺様は今よりこっちの味方をする!」
ルードさんはそう言って胸を張る、張るのだが……。
「ぷっ、くくく。ルード、アンタカッコつけるなら、自分の格好ぐらい気をつけなさいよ」
「ん? なにがだ?」
「頭よ頭、アンタの頭凄いことになってるわよ」
そう、妖精たちのいたずらによって、ルードさんのツンツン頭には無数の小枝が突き刺さっていた。
「んな⁉ いつの間に⁉」
慌てて頭をはたくルードさん。
そして、その様子を見ていたソノラは大げさに肩をすくめてこう言った。
「はぁ、しょうがないわね。どうしょうもないバカでもリーダーが決めたことですものね。
いいわ。私もその話に従うわ」
「くくく。まぁしょうがねぇな。リーダー様がそう決めたんなら俺も異議を挟むことはねぇよ」
ソノラとシーザーさんはそう言って笑みを交わす。
そして、3人の視線が私に集まった。
全く持ってばかげている。
待っているのはただ働きどころか違約金によるマイナスだ。
所詮は正義なんてものは絵に描いた餅。それではお腹は満たせないのである。
だけど――
「そうね、私たちをはめようとしたペテン師にはきっちり落とし前つけてもらわなきゃならないわね」
私はそう言ってニヤリと笑ったのだった。
★
結論はでた、後はどうやってあのクソ村長にやり返すかだが――
「あまり彼女に出張ってもらうわけにはいかないわね」
こっち側の最大戦力はドリアードだ、だが彼女を前面に押し出して、人間に害ある生物として周知されることは、結果的に見れば相手の思うつぼである。
彼女はあくまでも森の象徴として、この最奥でどーんと待ち構えてもらうより他はない。
とはいえだ、彼女を抜きにした私たちの戦力と言えば、まだまだひよっこの3人組と、ロートルの魔獣を従えた私だけ。これだけの戦力では工事計画の邪魔をすることなど不可能だ。
と、私が考えていると。突然ドリアードの姿にブレが生じた。
「なっ⁉ 何が起きたの⁉」
「くっ……これは……」
ドリアードはそう言って胸を押さえる。
「力が……力が抜けて……、このままでは……」
「ちょ! ちょっと! しっかりしてよ! あなたに抜けられたらどうしょうもないわ!」
「申し訳ございません……ですが、これは恐らく……伝説級の
「伝説級のアーティファクト! それって!」
私の手は自然とハスターのナイフへと向かう。
これと同じクラスのアーティファクトを持つ者がいる、しかもそれは敵としてだ。
「ああ、すみません、このままでは……――」
「ちょ! ちょっと! 待って! 待ってっ――」
だが、私の叫びむなしく、ドリアードの姿は消えていった。
★
「……やばいわね」
「ええ……大ピンチね」
重苦しい空気が私たちを包み込む。
『いざとなったら、無敵のドリアード様の力でなんとかしてくださいよー』
という選択肢は失われた。
その精霊封じとやらの効果がいつまで持つかは分からないが、そんな簡単に切れるものだったら、初手から使うことはないだろう。
「はっはっは! 何を恐れる事がある! 正義の刃はここにある!」
「いや、そう言うの今はいいから、アンタはちょっと黙ってて」
天高く剣を構えるルードさんの事を無視して、ソノラはひそひそと私に話しける。
「どう見る、アリシア、敵は大勢だと思う?」
「……いや、その可能性は低いわね。そんなものを動員できるのならばこんなせせっこましいことはしないはずよ」
「そうよね、となると、敵はたまたま伝説級のアーティファクトを持っていた少数って事になるわね」
「そんなものたまたま持たれてちゃーたまらないけどね」
と、たまたま伝説級のアーティファクトを所有している私は肩をすくめる。
「となると、敵はそれを持ちうるような超が付く実力者か――」
「或いは、私みたいに代々受け継がれていたものの所持者であるか、ね」
まぁ、私のこのナイフは教会からのレンタル品で、借金の証文のようなものであるのだが。
ともかく、後者ならばまだいいが、前者ならば絶望的である。
伝説級のアーティファクトともなれば、その入手手段もそれ相応に困難だ。少なくとも街の武器屋で手軽に買えるようなものではない。
まぁ金に糸目を付けずとなってくれば話は別だろうが……。
と、私たちが暗雲たる気分に落ち込んでいる時だった。
「まて、嬢ちゃんたちおしゃべりはそこまでだ」
それまで周囲の警戒を行っていたシーザーさんが鋭い声を放つ。
ガサガサと木々が揺れる音が近づいてくる。
私たちは戦闘態勢を取りつつ、ごくりとつばを飲み込んだ。
そして現れたのは――
「グル」
「なっ⁉」
そこから現れたのは身の丈およそ2mはある巨大なる熊だった。
「アリシア! アレは!」
「アレはシルバーベアーよ! でもアレの生息域はもっと北の筈! こんなところにいるはずが!」
と、私たちが突然の闖入者に混乱していると、その熊の後ろから笑い声が響いてくる。
「はーーはっはっは! 何を慌てているアリシア・ミモレット!」
「……は?」
誰だろう、聞き覚えのない声だ。けど私を知ってる?
と、私が頭に疑問符を浮かべていると、熊の陰から一人の男が姿を現した。
その男の年齢は私と同じぐらいだろうか、軽くウエーブのかかった金髪をしており、少したれ目がちな目にはあざけりの光がどろどろと輝いていた。
だが、注目すべきはそこではない。
男が身にまとっている装備の数々、それには繊細な細工が施された見事な装備で、一目見ればいかにお金がかかっているか丸わかりの装備だった。
「……あんた」
「ふっふっふ。どうだアリシア・ミモレットよ驚いたか」
男は、自信満々に胸を張り、そばに立つシルバーベアーの肩にポンと手を置いた。
なるほど、あの熊はそいつの契約獣という訳か。
それはいい、そう言うこともあるだろう。
だが問題は――
「……あんただれ?」
「僕の名前はロバート・ビルシュタッドだ! 2度と忘れるなこの平民!」
男――ロバートは顔を真っ赤にしてそう叫ぶ。
ロバート。ロバート?
はて? 一向に思い出せないが、まぁ些細な事だろう。
「で? そのロバートさんとやらが、こんなところまで何用で?」
「ふん。そんなこと決まってるだろうこの平民」
男はそう言うと、懐からアミュレットを取り出した。
「……何よそれ」
そのアミュレットは大小さまざまな宝石がちりばめられいる繊細な細工が施されたもので、一目でその価値が分かろうというものだった。
「ふん。この価値が分からないとはな、所詮は平民の濁りきった目でしかないという事か」
「くくく。そいつは無茶というものですぜお坊ちゃん」
「まったくだ、田舎もんには豚に真珠って言葉がお似合いですぜ」
ロバートとかいう男の陰から現れて来た取り巻き連中が、一緒になってはやし立てる。
だが、その取り巻き連中もまた、ロバートには劣るものの、見事な装備を身にまとっている。
「って、アンタたちは!」
「なに? 知り合いなのソノラ?」
「ええそうね。ちょっとした顔見知りよ」
不機嫌そうに顔をゆがめるソノラは興味なさげにそう言った。
「おいおい、連れないこと言うなよソノラ」
「気安く私の名前を呼ばないで下さるかしら? どこかの誰かさん?」
「はっ、お高く留まっていられるのも今の内だぜソノラ」
バチバチと鋭い視線が交差する。何だろう、私の知らない物語が2人の間で進行している。
と、シーザーさんが私に耳打ちをしてくれた。
「ほーん。あいつらも冒険者ってわけなのね」
「ああそうだ。そんで以前ソノラに粉をかけて、あっさりと振られたって寸法だ」
なるほどなるほど、魔術師はそれなりに希少なクラスだ。故にその手を取ろうとする輩も少なくはないといった所だろう。
「おい、お前たち。僕を差し置いて勝手なことを言うんじゃない」
「はっ、すみません坊ちゃん」
ロバートとかいう男に叱責された取り巻きーずは、すごすごと奥へと引っ込んでいく。
「んで? その大層なご価値のあるアミュレットがなんだというのよ」
「ふん。血の巡りが悪い女だな。ここでこれを出す意味が本当にわからないのか?」
「意味?」
まぁ、わざわざこんな森の奥深くまで来てお宝自慢をする酔狂な奴はいない。
あのアミュレットには、この時、この場で披露する意味があるという――
「――まさか」
私がそう言うと、ロバートとかいう男は下卑た笑みを浮かべてこう言った。
「そう! これこそがニトクリスの鏡と呼ばれる精霊封じのアーティファクトだ!」
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