第13話 いたずらっ子のお母さま

 さて、ルードさんが正気を取り戻したのはいいが問題は他にもある。


『駄目だったわ。駄目だったわ』

『大変だわ。大変だわ。わたしたち食べられちゃうんだわ』

『ひとのみよ。ひとのみよ。人間たちはわたしたちをぱくりと食べちゃうつもりなんだわ』


 妖精たちは身を寄せ合い、ぱたぱたとそう震えていた。


「あー、大丈夫。食べたりなんてしないわよ」

『ほんとうかしら? ほんとうかしら? 人間は嘘つきで凶悪なのだわ』

「まっ、嘘つきで凶悪ってのは否定しないわね」


 私はそう言って肩をすくめる。

 人間の本性がその通りなのは否定しようがない。

 あくなき欲望のために、足を引っ張り出る杭は打つ。それが人間の平常運転だ。


『きゃー、きゃー、やっぱりわたしたちは食べられちゃうんだわ。食べられちゃうんだわ』

「だから食べたりしないって。妖精なんて食べっちゃった日にはお腹壊して死んじゃうわ」

『ほんとうかしら? ほんとうかしら?』

「ええ、これは本当。ビーストテイマーたる私が言うんですもの。れっきとした事実よ」


 私はそう言って胸を張る。

 まぁ、妖精を食べたなんて話は聞いたことがないので、ただのでまかせでしかないのだが。


『それじゃあ安心? それじゃあ安心?』

「ええ、安心しなさい。私たちはあなたたちに害をなすために来たのではないわ」


 私は聖母の如き慈愛を込めた笑顔でそう言った。

 高々笑顔の一つでかれらを安心させれるならば安いもの。その笑顔――プライスレス。


『そうなのだわ。そうなのだわ。この人間たちは、わたしをいたずら者から助けてくれたのだわ』


 個体識別が難しいが、どうやらあの一角ウサギに追いかけられていた妖精がフォローに入ってくれたようだ。


『わかったわ。わかったわ』

『平気なのだわ。平気なのだわ』


 妖精たちはそう言ってくるくると舞い踊った。



 ★



「ついてきて、お礼にお母さまの所へ案内するわ」という訳で、私たちは妖精たちの導きに従い、森の奥へと進んでいった。


「……なんか変だな? この森にすむのは人食いの魔獣ではなかったのか?」


 ほんわかしたメルヘンチックな妖精たちの案内に従って足を進める途中。ルードさんがそう疑問の声を上げる。


「そうね。人食いの魔獣が住むにしては雰囲気が牧歌的な感じよね」


 ソノラもまたそう言って疑問の声を口に出す。

 きらきらと七色に輝く妖精たちの羽が乱舞する静かな森、そこには人食いの魔獣が醸し出す殺伐とした雰囲気からは程遠いものだった。


「そうだな。だがまぁ警戒は怠らないこった」


 スカウトであるシーザーさんは、メルヘンチックな空気に惑わされることなく、弓を手にしたまましっかり周囲への警戒を怠らない。


「ふむ。それはそうだな。だがこの俺様に任せておくがいい! どんな魔獣が出てこようが、この名刀煉獄丸の錆にしてくれるわ!」


 ルードさんはそう言って意味もなく剣を掲げる。

 ほーん。今はそう言う名前なんだーと私がのんびり考えていると。ルードさんは何かを発見したようでふと足を止める。


「おっ、旨そうな実があるじゃないか、ちょうど喉が渇いたところだ」

『うふふふ。ええそうよ。ええそうよ。それはとってもおいしい果実なのだわ。一口食べてみると良いのだわ』

「む? 何だか知らんが、食ってみろ、と言うのだな」


 ルードさんはそう言って無造作にその果実に手を伸ばす。


「あー、止めといたほうがいいわルードさん。それはナルバの実っていう有毒植物よ。とんでもない刺激臭がして、3日は匂いが取れないわ」

「なぬ⁉ 本当か⁉」


 ルードさんはそう言って、手にした果実をしげしげと眺める。


『あらあら。ざんねんなのだわ。ざんねんなのだわ』


 妖精たちはそう言ってくすくすと笑みを交わす。

 いたずらは彼らの生態と言ってもいい。例えそれが自分たちを助けてくれたものであろうが、お構いなしだ。


「はぁ、道草はそこまでにして、早く「お母さま」とかいうのに案内してくれないかしら?」

『くすくす。わかったのだわ。わかったのだわ』


 妖精たちはいたずらをした反省などすることもなく、ふわふわと先を進んでいった。



 ★



 そして、森を進み事数時間。

 途中で幾度となく、ルードさんが妖精のいたずらに引っ掛かったりしたけれども、ともかく私たちは目当ての場所へとたどり着いた。


 そこで私たちが目にしたものとは――


「……」


 ごくりと自然につばを飲み込む。


「よく――参られましたね。人間よ」


 そこにあった存在、それは緑色をした半透明の女性だった。

 ただし、その身の丈は優に3mを超える巨体。彼女は巨木に体を埋め込むようにして存在していた。


「……こっ、これってアリシア」

「……ええ、間違いないわ。これは大地のエレメンタル――ドリアードよ」


 私は、奮える声のソノラにそう答える。

 ドリアード。それは地のマナの象徴である精霊だ。ここまでくれば魔獣というよりも神と言ってもいい存在である。

 これが相手と言うならば、例えルードが全盛期の姿を取り戻したとしてもその勝負はどう転ぶかは分からない。


「……やばいわね。いや、やばいってものじゃないわ。なんでこんな大物が村のお隣さんをやっているのかしら」


 全く持ってソノラの言うとおりである。

 これではご近所さんにラスボスが住み着いたようなものだ。

 と、私たちが圧倒的な存在を前に身をすくめていると、ドリアードは静かに言葉を発した。


「そう警戒しなくとも構いません。あなた達はこの子たちを救ってくれたのでしょう? 恩人に無碍を働くような真似は致しません」

「そっ、そうですかー。それはどうもー、まぁ大したことはしていませんが。穏便にしていただけるなら幸いでございますー」


 こんな圧倒的な強者と敵対するなど、愚の骨頂。

 全力の低頭平体。

 私はもみ手をしながらドリアードにこびへつらう。


「ええ、もちろんです。敵意には敵意を、だが恩には恩をです。

 私は争いは好みません――」


 と、ドリアードの口が止まる。

 おや? と彼女の視線をたどると、そこには狭い木々の間をようやく抜けて来たルードの姿があった。


『ふむ。まったくせまっ苦しいところじゃわい』

「あら、これはまた、随分と懐かしい顔ですね」

『むー? なんじゃそなたは。はて? どこかであったかのう?』

「あらあら。私のことを忘れてしまうとは悲しいですわね」

『はて? そう言われても、近頃物忘れがひどくてのう』

「くすくす。まぁいいでしょう。それでは改めて、初めましてですわね白雷」


 白雷、ドリアードはルードの事をそう呼んだ。


『白雷――はて、なんだか妙に聞き覚えのある名前じゃの?』


 そう言って首をかしげるルードにドリアードはくすくすと笑みを漏らす。

 ドリアードのような神に等しい精霊にとっては寿命などあって亡きもの。

 彼女の話を信じるならば、かつてルードは彼女に出会っていることになる。

 まぁ、痴呆老犬の記憶力より、彼女の言葉のほうが信ぴょう性が高いのは疑いようがないだろう。

 しかし、ルードとドリアードが旧知の仲。ならばこの縁を利用しない手はない。

 私はそう思い、ドリアードへ質問を投げかけた。


「お話ししたいことがございます」

「何でしょうか?」

「私たちはとある依頼によってこの森へとやってきました。

 その依頼とは、この森に住み着いた人食い魔獣の討伐です」


 私の質問に、ドリアードは静かな笑みをたたえたまま、黙って聞いている。


「ですが、私たちがここまでの道中で見たものは、妖精たちと小さな魔獣ばかりです。

 お尋ねします。この森に人の害となる魔獣は存在しているのですか?」


 村長と出会った時から感じていた違和感。

 私はそれをこの森の主であるドリアードにぶつけてみたのだった。

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