第12話 帰らずの森へ
うっそうとした森をかき分け奥へと進む。
この帰らずの森は、ド田舎の私の村の近くの森と比べても、何の遜色もないほどに豊かで深い森だった。
「いやー、こうしているとあの時のことを思い出すわねー」
「そうね、私たちが初めて出会ったのもここみたいな森だったからね」
そう、あの時絶体絶命のピンチに来てくれたのはルードさんだった。
まぁ、そのあとはみんなまとめてピンチになってしまったわけだが。
と、おしゃべりをしながら進んでいると、草藪の向こうでがさがさと物音が鳴り響いた。
「おっと、おしゃべりはそこまで見たいだぜ」
異変にいち早く反応したシーザーさんが、弓を構えながら警戒の姿勢を取る。
まさか、もうオークに出くわした?
だが、様子が変だ。揺れる草藪の背丈は膝位の高さである、とてもじゃないけどオークが潜められるような背丈ではない。
と、私が思っていると、その草藪から何かが飛び出してきた。
『きゃー、助けてー、助けてなのー!』
可愛らしい声と共に飛び出してきたのは手のひらサイズの羽もつ人型の生き物だった。
それは悲鳴を上げつつ、パーティの先頭にいたルードさんの胸の中に納まった。
『きゃー、人間、人間なのー!』
「おっ、おい待てちびっこ!」
ルードさんの制しも待たず、その生き物は元来た道へ戻ろうとして――
『きゃー、助けてー、助けてなのー!』
再びルードさんの胸元へと帰ってきた。
「ええい、いったい何だってんだ?」
ルードさんは頭に疑問符を浮かべつつ、その生物を胸に抱きながら剣を構えて警戒する。
そして、ガサガサと言う音と共に、草藪から現れてきたのは。
「キュキュ!」
これまた小さな生き物。一角ウサギの子供だった。
「むっ? お前が悪さをしてたのか?」
『ええそうよ! ええそうよ! その子はとってもいたずら好きなの!』
小さな生き物は、ぱたぱたと羽をはためかせながら抗議の声を上げる。
「何だか知らんが、俺様に任せておけ! この俺は勇者王になる男だ! 力なきものをいじめることなど許しはしない!」
ルードさんはそう言うと、胸中の生き物をソノラに任せて、一歩前に近づいた。
「キュキュ⁉」
一角ウサギは己の不利を悟るなり、まさしく脱兎の如き勢いで森の奥へと消えていく。
「おいこら! 謝罪の言葉の1つや2つ置いていかんか!」
「はぁ、バカねルード。あんな魔獣にそんなことを言っても意味ないじゃない」
ソノラはため息交じりにそう言うと、預かった生き物に向かって呼びかける。
「あなた……妖精よね?」
『ええそうよ。ええそうよ。助けてくれてありがとう』
「それはどういたしまして」
ソノラはにこりと笑ってそう言った。
「おいソノラ。お前そいつが何を言ってるのか分かるのか?」
「ええ、妖精語なら少しね」
ソノラはそう言うと、妖精に向かって語り掛ける。
「ところであなたは何故こんなところにいるの? ここは危険な魔獣が住む森よ、あなたのようなか弱い存在がいるべき場所ではないわ」
そう、数ある魔獣の中で妖精は最弱と言ってもいい生物だ。
いたずら好きの生き物ではあるが、非力で知能も低いこともありそう大したことは出来やしない。
『危険? 危険?』
「そうよ、この森には人食いの魔獣が住み着いているのよ。あなた程度だったらまとめてパクリといっちゃうわ」
『きゃー、きゃー、怖いのだわ! 怖いのだわ!』
妖精はそう言って羽を震わせる。
「ふっ! だが安心するがいい! この俺様が来た限りはその様な悪逆非道なる魔獣の好きにはさせん! なにせこの俺様は勇者王になる男だ!」
ルードさんはそう言って大げさに剣をささげる。
『凄いわ、凄いわ、勇者王が何かは知らないけれど、とっても凄いことだわ!』
妖精はそう言うと、ルードさんの周りをくるくると飛び回る。
「わっはっは! 安心しろそこな妖精! この俺様に全て任せるがいい!」
ルードさんがそう笑っていると、また、かさかさと草木が揺れる音がする。
素早く警戒の姿勢を取る、シーザーさん。
だが、そこから現れたのは、またしても妖精だった。それも1匹や2匹ではない、10を超える数の妖精たちが現れたのだ。
『大丈夫? 大丈夫? あいつにいたずらされなかった?』
『人間だわ! 人間だわ! 人間につかまっちゃってるわ!』
『大変よ! 大変よ! お母さまに報告しなきゃだわ!』
妖精たちは好き勝手に、騒ぎ立て、あるものは奥へと飛び去り、あるものはこっちに向かって飛び込んでくる。
「なっ、なんだ貴様ら⁉」
ぱたぱたと妖精に纏わりつかれるルードさん。
相手が非力な生き物であることを認識した彼は、剣を抜くこともできず混乱して――
「って、危ないわルードさん! 彼らの鱗粉を吸わないで!」
私は思わずそう叫ぶ。
非力な妖精、だが、彼らにも自衛手段というものが備わっている、それはすなわち――
「おのれぇえ! そこにいたのか悪しき魔獣め! この俺様の正義の刃を受けるがいい!」
瞳をぐるぐるとさせたルードさんは、私たちに向かって剣を振りかぶりそう叫んだ。
そう、彼ら妖精に備わった自衛手段。それは鱗粉に含まれる幻惑作用なのだ。
「ちっ、このバカルード。こんな初歩的な罠にかかるんじゃないわよ!」
ソノラはそう言って手にした杖を構えると、何の遠慮もなくルードさんに火球を叩き込んだ。
「ぬううううん! 必殺! 爆轟疾風斬!」
「⁉」
すこーんと一振り、ルードさんは手にした剣で、ソノラが放った火球を叩き飛ばす。
「ちょ! 腹立つわね! いつもより動きがいいってどういうことなのかしら⁉」
「うはははは! 観念するがいい邪悪なるオークども! 正義の刃、その胸に抱き死ぬがいいわ!」
「オーク⁉ オークですって! よりにもよってこの私をオークと間違えるっていうの⁉」
「ちょ! ソノラ落ち着いて! ルードさん正気じゃないから!」
「そんなこと分かってるわよ! けどオークって⁉」
まぁ、その気持ちは良く分かる。年頃の女性として、醜悪な魔獣の代表格ともいえるオークに間違えられるのは噴飯ものである。
「くっ、しょうがないわね。ルード! 何とかして!」
むやみやたら剣を振るうルードさんには近寄ることさえ困難だ。
だったら、そのリーチ外から一方的に叩きのめすより他はない。
『ふぉっふぉっふぉ。まったくお前さんたちは愉快な事をやっておるのう』
そう言いつつ、ゆっくりと前に出たルードは、ぺしりと一発、前足でルードさんを踏みつけた。
「なんだきさ――ふげッ⁉」
ルードの体重は1トンクラス、その生物に踏みつけられれば、ただの人間など如何ともしがたい。
「くっ、この邪悪なる古代竜め! だが俺様がこの程度で――」
「いいからとっとと目を覚ましなさいこのバカルード!」
必死になってルードの踏みつけから逃れようとするルードさんへ、ソノラが冷たい言葉と共に、水筒の水をぶちまける。
「うぷわッ! いきなり何をする⁉ っていうか、なんだこの状況は?」
ルードに踏みつけられたままのルードさんはそう言ってきょろきょろと周囲を見渡した。
「はぁ、ようやく正気に戻ったみたいねこのバカルード」
「はっはっは! 俺様はいつだって正気で全力だ! それはいいからとっととこの足をどかしてくれ!」
ルードさんが正気に戻ったことを確認した私は、ルードに足を退けるように指示をする。
びしょぬれになったルードさんは何事もなかったように立ち上がり、周囲を見渡してこう言った。
「ふむ。それで? 敵はどこだ?」
「それは自分自身に問いなさい。なんなら鏡を貸そうかしら?」
「? はっはっは! 要するにこの俺様の活躍によって危険は過ぎ去ったという事だな!」
「あーもう。それでいいわ、それで」
ソノラは疲れ果てたようにそう言ったのだった。
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