第10話 地獄からの使者
「さあ! わ・た・し・が! 勝ちましたよ! お坊ちゃま!」
私は勝利報告を堂々たる態度で行った。
「おっおう……しかしそなたはよくあの内容で誇れるものだな」
「ええ。勝ちましたから」
私はそう言って胸を張る。過程や方法などどうでもいい、世の中結果が全てなのだ。
「むー、しかしアレではなぁ……」
「えーーーー! ひどいですよお坊ちゃま! 私は「正々堂々」勝負に臨み、みごとなる結果を残したんですよ?
それなのに、あの話はなかったことになるんですかー」
世の中はいたツバは飲めないものである。
そう、例えそれが貴族様であってもだ!
否! 貴族であるからこその言葉の重みと言うのもがあるのではなかろうか⁉
私はそう言って、ずずいとお坊ちゃまに詰め寄った。
「むぅうう。仕方が――」
「お坊ちゃま、少々小耳にはさみたいことがございます」
「ん? なんじゃベンジャミン」
あと少し押せば行ける、と言う段階になって、いかにも執事と思しき男性が、お坊ちゃまに耳打ちをする。
それを聞くお坊ちゃまの顔色が、だんだん微妙なものになっていく。
あれれー? 何か嫌な予感しかしないぞー?
と、私が不安に駆られていると、話を聞き終えたお坊ちゃまはこう言った。
「あの話はなしだ」
「えええええ⁉ なんで⁉ どうしてなんですか⁉」
私の左団扇生活がッ⁉
「なんでもくそもあるかこの平民! 貴様には莫大な借金があるそうではないか!」
「それはーそのーその通りではございますがー」
借金があるからこそ、坊ちゃんにこびへつらって貴族の懐に潜り込み、甘い蜜を吸おうとしていたのだ。
「しかもだ! その借金は教会からのひも付きと言う話ではないか! そんな危ない話にやすやすと乗れるものか!」
お坊ちゃまは私をズビリと指さしながらそう叫ぶ。
その時だった。
第三者の声が私の耳を震わせた。
「ええ、そうでございますわ。ノービス・フォン・ゼニスキー様」
「「⁉」」
突然の声にそちらの方向へ顔を向ける私たち。
そこにいたのは、修道服を身にまとったひとりの女性だった。
「あ……あ……貴女は……」
押し寄せる恐怖に身がすくむ。
私がこの世で最も合いたくない人物。すなわち
「はっ、話はここまでだ! 僕はこれで失礼する!」
「ああ! 待って! 待ってお坊ちゃまーーーー!」
だが、私の声は届かない。彼はあっという間にこの場からかき消えた。
「さて、少しお話がありますわ、アリシアさん」
そうして地獄からの使者は私の肩にそっと手を置いたのであった。
★
私は断頭台を昇る面持ちで彼女を案内する。
「あっ、あのー。これ、何の変哲もない水ですが、よろしければどうぞー」
「ふふ。有難く頂戴いたしますわ」
彼女はそう言って受け取るが、それに口をつけることなく話を始めた。
「ふふふ。広場での契約獣対決。その一部始終拝見させていただきました。
一応は勝利をお祝いさせていただきますわ」
「あ……あははは……それは、どうも」
くそっ、いったい何時から村に来ていたというのか。私としたことが、にやけ男とその契約獣に注意を払いすぎて、周囲の確認を怠っていた。
「で・す・が」
「いけません。いけませんわアリシアさん。
貴女と私たちは神聖なる
「いっ、いえ、ですから――」
「ですからも何もありませんわ。冒険者まがいのことをやってお小遣い稼ぎをする程度ならば神の目も閉じましょう。
ですが契約の根幹にかかわるような真似。主は決して見逃すことはないでしょう」
「うぐ⁉」
駄目だ、やはりこの
「いいですか、アリシアさん。貴女の
「いっ、いやですねぇ。忘れていたわけじゃなく、少しでもシスターの負担を減らそうとしていただけじゃないですか」
滝のように流れ落ちる脂汗に背中を濡らしながらも、私は必死になって弁解する。
「そうですか。それならばよいのです……が」
「なっ、なんでございましょうか?」
「時に、アリシアさん」
「なっ、何でありましょうか?」
「貴女がいつも身に着けているそのナイフですが……」
「ほぇっ? これがどうかしたんですか? お父さんに押し付けられていったものですが、まーまー切れ味はいいので重宝してはいるんですけどねー」
私はそう言って無造作にナイフへと手を当てる。
「アリシアさん、そのナイフが「ハスターのナイフ」と言う伝説級のアーティファクトだという事はもちろんご存じですわよね?」
「……え?」
「それは教会秘蔵の一品にして、かつては貴女の高祖父に貸し与えられた物のひとつ。つまりはレンタル品ですわ。お気に召して頂けるのはありがたいのですが、あまり粗雑に扱ってもらっても困りますわ」
「あ……あははははは! とっ、当然じゃないですか! 大事なものだからこそ! 万が一にも盗まれたりしないようにと、こうやって四六時中身に着けているんですよ!」
冷や汗やら脂汗やら、兎に角ダラッダラに流れ落ち、私の服は土砂降りにあったのようなありさまだった。
このナイフの価値なんて聞いていない、私はお父さんに押し付けられたものを好きに使っていただけだ。
「そうですか、そうですか。
そのナイフはかの高名なる魔術師にして伝説的なビーストテイマーである魔獣王ハスターが作成したナイフ。
日に3度だけ距離を無視して契約獣を呼び寄せることが出来ると言う魔道具なのですが――粗雑に扱っていないようなので安心いたしましたわ」
そんなこと知らねーーー!
と言うかそうだったのか! あの時都合よくルードが現れたと思ったら、このナイフのおかげだったのか!
ともかく、これ以上余計なケチをつけられては敵わない。私は全力で知らんぷりをしてこの場を逃れる事にした。
★
「あの、シスターカレン。あれでよろしかったのでしょうか?」
「ええ結構です。今回はただ釘を刺しに来ただけですわ」
アリシアの家から離れてしばらく。カレンはおつきの侍女のいう事に、あっさりとそう返した。
「ですが、何故協会はあのようないい加減な人間に貸しを作ったままなのでしょう」
何ならば一思いに取り立ててやればいい。年老いたとはいえ、ホワイトフェンリルにはそれだけの価値はある。
そういう侍女に対して、カレンはため息交じりにこう言った。
「その様な無意味なことをして何になるのですが? 相手は契約に縛られているとはいえれっきとした魔獣です、人間の理など、彼らにとっては何の意味もありません」
「でっ、ですが!」
それでも食い下がる侍女にカレンは淡々とこう言った。
「ミモレットの一族は自由を愛する一族です。そんな彼らが戦略級ともいえる魔獣と契約している、その意味が分かりますか?」
カレンが指摘する事実、それは国家を揺るがすほどの力を、いち個人が持ち得ているという事だった。
「かの一族がいい加減なのは今に始まったことではありません。それ故にお金と言う誰にとっても分かりやすい鎖で縛らなければならないのです」
「そっ、それはそうですが……」
侍女はそう言って言いよどむ。
「しかし、彼女もまたミモレットの一族なのですね」
「それはどういうことでしょうか?」
ふとカレンの口をついて出たセリフに、侍女はそう聞き返した。
「良い道具は、良い使い手を選びます。ましてやそれが歴史に名を遺す魔道具ならばなおのこと」
「はっ、はい、それは分かりますが……」
「だったらこれ以上言わなくても理解できますわね。
彼女はその魔道具を使いこなした。すなわち適性があったという事です」
「!」
報告書に記載されていた事実。
あの少女はハスターのナイフを使いこなし、窮地を脱出したという事。
「彼女の高祖父であるロンダー・ミモレットもそうでした。我ら教会は、魔道具に愛されるという特性故に、彼にホワイトフェンリル討伐を依頼したのです」
「討伐……ですか」
「ええ、そうです。我ら協会は数々の伝説級魔道具をロンダーに貸し与え、その討伐を依頼しました。もちろんそれはいざと言う時の
アリシアの高祖父がこしらえた借金の山、それはどう転んでもいいようにと、教会によって仕組まれていたものだった。
「結果としてはかの魔獣とは契約を交わすことになってしまいましたが、人に害をなさないならば同じことですわ」
カレンは興味なさげにそう言い切った。
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