第9話 決戦! 契約獣対決!(その③)

「ふふふ。終わった、全て終わったわ」


 ありがとう夢の左団扇生活。

 さようなら自由への翼。


 と、私が意識を消失しかけていると、司会席より声がかかる。


「はい! 素晴らしい試合でした! ですが皆さん! 勝負はまだまだこれからです!」


 ん? 何を言ってるんだろう。3本マッチの2本を落としてしまったのだ、今更逆転もくそも――


「そう! 続く第3試合の内容は、ガチンコの直接戦闘! そしてその獲得ポイントは!

 なななんと! 100000000000ポイントとさせていただきまーす!」

「おいてめぇふざけんな! 今までの試合の意味がねぇじゃねえか!」

「おーーーーーっほっほっほ! 司会進行に逆らうという事は! 試合放棄という事で構いませんのですね!」


 やはりあの女、勝負の盛り上げ時と言うところを分かっている。

 せっかく垂れ下がった蜘蛛の糸を切らすまいと、私は全力でにやけ男にあおりを入れた。


「くっ、このペテン女め……お前ら最初からグルなんじゃねぇだろうな」


 ところがどっこい、これが初対面である。

 私と司会の女性は満面の笑みでにやけ男ににじり寄る。


「さあどうされますか、ボガードさん。お坊ちゃまが求められているのは、血沸き肉躍る正々堂々たるガチンコ対決。ここで良い成績をお納めになられますと、専属ビーストテイマーの地位は盤石のものかと」

「うふふふふ。そんなに問い詰められてはかわいそうですわ。なにせ私の魔獣は伝説と名高いホワイトフェンリル。いくらレッドグリフォンがその勇猛さで名を知らしめていたとしても、荷が勝ちすぎると言ったものです」


 ずいずいと、にやけ男に二人で問い詰める。

 司会の女性は、こんな中途半端な所で勝負を終わらせたくないため。

 私は、なんとしても貴族の懐に忍び込むため。


 そしてにやけ男は陥落した。


「あーうるせぇな! やってやるよ! だがこれで終わりだ! これ以上こんな茶番に付き合っていられるか!」


 よし! と自然と私と司会の女性は握手を交わす。


 これで何とか首の皮一枚繋がった、さっきから同じことを言ってるような気がしなくともないが、ホワイトフェンリルの首の皮は丈夫なので問題ない。


 しかし直接対決。

 こうなってくると、ハードルは最高潮と言ってもいい。

 相手は現役バリバリの戦闘型魔獣。それに比べてこちらは棺桶に片足突っ込んでるような痴呆入りの魔獣である。


(さっきの手は使えないでしょうね)


 恐らく私の「努力」を警戒して、奴は私を契約獣に近寄らせもしないだろう。


(くそう。こんなことなら、さっきのは奥の手に取っておくんだった)


 そんなことを考えても後の祭り、今は出来る事をやるしかない。

 と、私がカバンをあれこれまさぐっていると、ルードが声をかけてくる。


『ふぉっふぉっふぉ。何も心配することはないわい。わしはお前さんの契約獣じゃ。全てわしに任せるがよい』

「ルード……」


 太くどっしりとした声。それはルードが重ねた年月を想像させる安心感のある声で――


「アンタに任せられるわけがないでしょうが! 少しは今までの痴態を思い出しなさいよ!」

『ふぉっふぉっふぉ』


 私は少しでもルードの体力を回復させるための薬草を準備するのであった。





「はい! 両者準備は整ったご様子です! 

 それでは! 両者所定の位置までよろしくお願いします!」


 司会の女性の指示に従い、ルードと相手のレッドグリフォンは歩み寄る。

 一触即発の距離。

 だが、相手のレッドグリフォンはそれを越してルードの目と鼻の先まで近寄って来た。





『おい、今までさんざん好き放題やってくれたよな』

『ふぉっふぉっふぉ。なーにあの子は頑張り屋なだけじゃて。お前さんに他意はないわい』

『るせぇ! さんざんとこっちの足を引っ張っておいて、今更そんな言い訳が通じるわけあるか!

 いい機会だ、これを機にきっちり引導を渡してやるよ、この老いぼれ』

『ふぉっふぉっふぉ。ふぉっふぉっふぉっふぉーーーー』





 うーん、2人で何を話しているのだろう。ここからじゃ遠くて聞き取れない。

 と、会話が長くて飽きて来たのか、ルードが思いっきりあくびをする――


「……あ?」


 その途中だ、相手のレッドグリフォンが突如けいれんを起こしたかと思えば、バタリと地面に倒れ伏した。


「ちょっ⁉ おい! どうしたカイン! おいテメェ! また何か仕込みやがったんじゃねぇだろうな!」

「いっいや違います! 今回は別に何も!」


 私たちはそう言いあいながら2人のもとへと走っていく。


「おい! 大丈夫かカイン! ってなんだこの匂いは!」


 にやけ男はそう言って鼻をつまむ。


「ん? 匂い?」


 なんだろう、私が感じ取れるのは、ほこりっぽいグランドの匂いと――


「……あー」


 もはや嗅ぎなれてしまったルードの口臭だった。


『く……臭ぇ』


 レッドグリフォンはそう言って力尽きる。

 雉も鳴かずば撃たれまいに、哀れレッドグリフォンはルードを威嚇するために近寄りすぎてしまったのだ。

 そして超至近距離から放たれた、ルードの口臭。

 歯槽膿漏により熟成された、芳醇な香り持つそれに、若く敏感なレッドグリフォンの鼻は耐えきることが出来なかったのだ。


「なっ、なんと決着です! 真の強さとは戦うことなくして相手を屈服させること!

 この勝負を制したのは、アリシアさんの契約獣、ルードさんです!」


 司会の女性はそう言って私の手を大きく掲げた。


「はっ、はは……どうも……ありがとうございます……」


 私は、力無くその賞賛を受け取ったのだった。

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