第8話 決戦! 契約獣対決!(その②)
ルードのアホー、アホー、アホー、アホー
「っと、ちょっとアリシア」
「⁉」
誰かが私を呼ぶ声に意識が覚醒する。
「今は⁉ 試合はどうなったの⁉」
「きゃ! 急に大声出さないでよ」
「なんだ、ソノラか……それで! 試合はどうなったの⁉」
私が覚えているのは、ルードがやらかした後、司会の女性がルードの失格を告げた時までだ。
「そう、その試合よ。第1試合はルードの失格で、相手側に10ポイント入ったわ」
「第1試合? ポイント?」
「あきれた、あなた事の当事者なんでしょ? 勝負のルールぐらい把握しておきなさいよ」
むぅ、そんなことを言ってもさっきまでは彼奴の妨害をするための下準備に忙しかったのだ。まぁそれも……ルードのポカで全て台無しになってしまったが。
と、私がむくれ顔をしていると、ソノラがしょうがないといった風に説明してくれる。
なんと、この勝負は全部で3試合行われるポイント制であるというのだ。
それすなわち、一回負けただけじゃどう転ぶかはわかないという事、最終的に獲得ポイントが相手を上回っていればいいのだ。
「なーんだ、焦らせないでよ。私はてっきりさっきのですべてが決まっちゃうかと思ってたわ」
まずは一安心、首の皮一枚だけど繋がっているという事だ。
「あら? そんな悠長なことを言っててもいいのかしら?」
「ほえ?」
「さっき、第2試合の勝負内容が発表されたわよ」
「なんですと⁉」
私はソノラに食いつく様にしてそう言うと、彼女は困ったような顔をしてこう言った。
「第1試合が知力なら、第2試合は体力勝負ですって」
「なんですとお⁉」
それはピンチ、大ピンチだ。
ルードはよぼよぼのおじいちゃんフェンリル。
体力勝負となれば、先ほどよりもさらにハードルが上がることになってしまう。
「で? で? 肝心の試合内容は⁉」
「ちょっとおちつきなさいよ。つばが飛ぶわ」
ソノラは私から少し距離を取るとこう言った。
「第2試合の内容は「牽引」だそうよ?」
「牽引?」
「そっ、ウエイトを引っ張って先にゴールしたほうが勝ち。まぁ分かりやすい勝負よね」
「ほーう」
なるほど、牽引か。それならば、まだ完全に終わってしまったという訳ではない。
何故なら相手の魔獣はグリフォン――飛行型の魔獣であるからだ。
飛行型の魔獣であれば、体重はできるだけ軽い方が有利、それゆえあのレッドグリフォンは見た目ほどの体重ではない。
当然、体重が軽ければそれだけ引っ張れる重さも軽くなる。
比べてルードは完全なる地上型。ルードの体重が1トンならば、その半分とはいかずともそれなりのウエイトを引っ張ることが出来る。
「なるほど、なるほど」
この条件ならば、年齢と言うハンデを差し置いてもいい勝負が出来そうだ。あの司会の女、なかなかに勝負の盛り上げどころを分かっていると見た。
と、私が考えに更け行っていると、司会者席よりアナウンスがかかる。
「はい! ではコースの準備はそろそろ整いそうです! 各選手準備をお願いします!」
「なんですと⁉」
早い! 早すぎる! こっちはまだ何も仕込みを行っていない!
このままではまっさらの状態で戦わなければならない!
やばい、考えろ、考えるんだアリシア。
コースやウエイトに細工をする?
駄目だ、もう時間がないし、衆目を浴びすぎる。
ならば、ウエイトを引っ張る鞍に細工をする?
駄目だ、これも衆目を浴びている今の状況では切れ目一つ入れられやしない。
考えろ、考えろ、アリシア。
ここで負ければ、流石に逆転は不可能。そうなってしまえば目の前にある左団扇生活からは永遠におさらばだ。
細工、細工、細工……。
――あ。
その時ひらめく悪魔的発想。
そう、物に細工をするのが難しいなら、者に細工をすればいい。
「ふふ、ふふふふふふふふふ」
「なっ、なによ、気味が悪いわね」
「思いついた――必勝の策」
カバンの中をまさぐる。
――あった。
「ふっふっふ。教えてやるわ、ソノラ。毒転じれば薬となる、そしてその逆もまたしかりよ」
「……また何か、あくどいことを考えてるんじゃないでしょうね」
「ふっふっふ! あくどい? いいえ、これは勝負の秘策と言うものよ!」
私はソノラにそう告げて、試合会場へと歩を進める。目指すは仇敵にやけ男だ。
★
「あのー、ご提案があるのですけど」
私は精一杯の笑顔で、にやけ男に話しかける。
「……何の用だ、卑怯者」
「あらあら。飛んだ勘違いですわ。私はただ公平な勝負を望むだけです」
そう言って、にやけ男を通り過ぎ、鞍の準備をしているレッドグリフォンの元へと向かう。
「おい! それ以上近づくんじゃねぇ!」
「あらあら? 近づかれると何か不都合なことでもおありですか?」
「たりめーだ! お前、俺のカインの鞍に何か細工でもしでかすつもりだろうが!」
「あらあら、それはとんでもない言いがかりと言うものですわ。それに、細工と言えば、貴方のほうにこそ、心当たりがあるのではないのでは?」
私は、にやけ男ではなく、会場全体に向けそう語る。
「あ? お前いったい何を――」
「飛行型魔獣によくあることですわ」
にやけ男に話させはしない。ここからずっと私のターンだ。
「飛行型魔獣の欠点は、非力であること。それ故に、それを補うため、重力軽減魔術の施された鞍を常用する――違いますか」
私は会場にゆっくりと語り掛けた後、そう断言する。
「おいお前、何を言って――」
「そこで提案です! 公平かつ公正な勝負のため! それぞれの鞍をそれぞれが検めると言うのはいかがでしょう!」
私はにやけ男ではなく、司会の女性に向けてそう言った。
「なるほど! それは大変いいご提案です! せっかくの勝負にケチが付いてはお坊ちゃまの沽券にかかわるというものです! それでは如何でしょうかボガードさん! この提案受けるか否か!」
よし! 司会が乗ってくれた! ここまでは計画通りだ!
会場全部の視線がにやけ男に向かう。こうなってはここで断ってしまえば、不正を認めるようなものである。
「くそ! いいよ、やってやるよ。司会! 俺はオーケーだ! やましいことなど何もない!」
にやけ男はやけになってそう言った。
まぁそれも当然だ、重力軽減の鞍の話など、さっきでっち上げた作り話だ。
こうして、それぞれが、それぞれの契約獣のもとへ行き、装着された鞍を検める。
それすなわち、敵の契約獣へと細工をする絶好の好機であるという事だ。
★
「おらよ! これで満足かこのペテン師!」
「はい、そのようですね。細工は行われていないことを確認いたしました」
私はあえてしょんぼりとした顔をしてそう言った。
そして、自分の契約獣のもとへと戻ったにやけ男は念入りに鞍を確認する。
だが、違う、私が細工をしたのは、鞍ではなく、契約獣本人だ。
手に忍ばせた極小の針、それには麻痺毒が塗布されている。
麻痺毒と言ってもそれほど強いものではない、あの契約獣のサイズから言えば、今から10分ほどすれば、10分程度しびれが起こるものの短時間の効果でしかない。
だが、その10分はこの試合の中で致命的な時間となる。
(ふっ、勝ったわね)
これで一勝一敗、勝負は振り出しに戻るというものだ。
★
「はい! それでは各者、スタートラインについてください!」
私とにやけ男は、それぞれの契約獣にまたがり、司会開始の号令を待つ。
「それでは! レーススタートです!」
旗が振り下ろされる。
「行くわよ! ルード!」
「行け! カイン!」
両者一斉にスタートを開始する。
『むぅう。なかなかの重量じゃわい』
「頑張ってルード! 貴方ならできるわ!」
足が地面に沈み込むほどのウエイト。両者はゆっくりだが確実に歩を進めていく。
そして――その時が訪れた。
「キュ……エ?」
「ん? どうしたカイン?」
「キュ……キュ……」
「おっ! おい! 何があった!」
慌てふためくにやけ男。
だが遅い、勝負は開始する前に終わっているのだ!
「チャンスよ! 引き離しなさい! ルード!」
『うむ。来るぞ……来るぞアリシア!』
「そう! 私たちの夢、自由への扉はすぐそこまでよ!」
『来る! 来るぞ! アリシア!』
「そう! 来るのよ! ……来る?」
……何が?
と、私が疑問に思った時だ、ルードがぴたりと歩を止めた。
「ちょっと! 何止まってるのよ! ルード!」
『来る……来るぞ!』
「だから何が⁉」
『んんんんんんん‼』
ルードは止まり、腰を落とし、その場で――脱糞した。
「ルーーーーードーーーーーーー! 何やってんのよおおおおお! アンタはあああああああ!」
『一週間ぶりの便意じゃーーーーー!』
ゴスンゴスンと生み出される岩のようなルードのフン。
「バカじゃない⁉ バカじゃないの! アンタ⁉」
『ふぉっふぉっふぉ。力んだおかげかの。溜まりものがようけ出るわい』
「もう一度言うわ! バカじゃない⁉ バカじゃないの! アンタ!」
呑気に排便を続けるルード。そして視界の端に映ったのは――
「うそ! 早すぎる!」
なぜか活動を再開したにやけ男たち。
何故だ、私の計算ではもう少し時間を稼げるはずなのに⁉
と、私が焦りを覚えていると、にやけ男は私に向かって何かを投げ寄越した。
「きゃ⁉ って何よ、これ……ッ⁉」
にやけ男が投げてきたのは小袋、だが、それに残る匂いには覚えがある。
「まさか、これ!」
その匂いは、痺れ取りに使われる、フラム草の匂い。
「しまった!」
私という事が、重要な事を忘れていた、あのにやけ男もビーストテイマーなのだ、薬学に心得があってもおかしくはない。
「ルード! 早く! 急いで!」
『ふぉっふぉっふぉ。そう急かされてもわしにはどうにもできんわい』
「ルード! ってああ⁉」
旗が振り下ろされる。
こうして第2試合はにやけ男の10ポイントで終わりを告げたのだった。
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