第7話 決戦! 契約獣対決!(その①)

 対決が決定した瞬間から、あれよあれよと言う間に話は進み。

 気づいた時には、村の中央広場には特設ステージが出来ていた。


「えー、それでは! ノービス・フォン・ゼニスキーお坊ちゃま杯争奪戦! 第一回! チキチキ! 契約獣対決を開始しまーす!

 司会進行はこの私、フェリス・アンソニーが。そして解説には当ポルガ村村長であるスコット・ノートン氏にお願いしようと思いまーす!」


 どこからやってきたのかは知らないが、司会役の女性が遠くまでよく通る声で開会のあいさつを行う。可愛そうに壇上へと引っ張り上げられた村長は、おどおどしながら彼女のハイテンションに巻き込まれていた。


「はい! それでは! 競技開始に先だってノービス坊ちゃまより一言頂きたいとおもいまーす!」

「ふっふっふ。二人とも精々僕を楽しませるんだな!」

「はい! ありがとうございまーす!

 それでは早速第一試合のルールをご説明いたします!

 契約獣に必要なものは数あれど、まず必要なのは知力!

 という訳で、これから二人の契約獣には知恵比べをやっていただきます!」


 ほーう、知恵比べか。

 まぁ体力、戦闘力勝負よりは幾分はこちらに分があるジャンルである。

 さてどうしたものか、と私が思考を巡らせていると、隣に立った誰かから声を掛けられた。


「ねぇ、一体何の騒ぎなのこれ?」

「あれ? ソノラじゃない。ずいぶんと早かったわね」

「ん、まぁね。お金に関していえばシーザーが受け取りに行ってくれたわ。私は魔力切れが落ち着くまでちょっとアリシアのところで休ませてもらえって」


 ついでにあのバカも、と言ってソノラは屋台巡りをしている包帯だらけのルードさんを指さした。


「あーそれもそうか。ごめんねソノラ私が気を利かせればよかったわ」

「いや、それは別にいいから……それより、これって何やってるの?」

「ふっふっふ。そうね、ちょうどいいところへ来たわねソノラ。

 これから何が始まるのか? それはあの無礼なビーストテイマーを叩きのめすショーが行われるのよ!」


 私はそう言って、にやけ顔したビーストテイマーを指さした。


「……はあ?」

「あーもう。いいから聞いてソノラ」


 私はそう言って事の顛末を説明した。


「なるほどねぇ。まぁ自分の大切な契約獣をこき下ろされたんじゃ、そうなっても仕方がないか」

「ううん。そんなことはどうでもいいの」


 私はそう言って首を横に振る。


「それよりなにより重大なことは、あのにやけ顔が私の借金返済の邪魔になるってことなの」

「……は?」

「考えても見てソノラ。貴族様のお抱えビーストテイマーともなれば、左団扇の生活は約束されたようなものだわ。さらに、そこで頭角を現せば、どこかの領地を任せてもらえるかもしれない。そうなってしまえば、私の懐に入ってくるお金は、個人で稼げるものの比じゃないわ。借金完済まで三段飛ばしの一直線よ!」


 ああ、目を閉じれば瞼に浮かぶ夢の生活。借金完済して自由の身となった私はどこまでも羽ばたいていくのだ。


「……アンタがいい性格だってのは良く分かったわ」

「ふっふーん。そうでしょうそうでしょう。みんなからもよく褒められるんだから!」


 なぜか微妙な顔をしているソノラはほおっておいて、勝利への方程式を組み立てる。

 説明によれば、今から行われるのはごく単純な計算問題。それを、契約獣はマスターの助けを借りずして解かなければならないという事。

 とは言え、契約獣が文字を書けるはずがないので、用意されたパネルを指し示すことで正解を示す方式を取るという事。


「ふっ……楽勝だわ」


 自らの悪魔的頭脳が恐ろしい。


「ちょっとごめん! 私準備があるからまた後で!」


 私はそう言うと、ソノラから離れある場所へと向かった。



 ★


「はい! それでは準備のほどはよろしいでしょうか! では先行はボガード・ミッターマイヤーさんと、その契約獣であるレッドグリフォンのカインさんです!」


 良く分かっていない村人たちの、それでも貴族の手前、盛り上がりに手を抜けない感じの拍手でボガードたちは出迎えられる。


「はっ、まったくお坊ちゃんも困ったもんだ、こんな児戯に等しい出し物で契約獣のいったい何が分かるってんだ、なぁ相棒?」


 ボガードは苦笑いを浮かべつつも、自らの相棒に軽く触れる。

 そこにあるのは己の敗北など全く持って考えてない完全たる自信であった。

 ボガードに促されたカインは「キュイ」とひと鳴きすると、ゆっくりと広場の中心へと進み出た。


「はい! それでは準備ができたとみなし、開始させていただきます!」


 フェリスがそう言うと、広場に用意されていたパネルの幕が降ろされる。

 そこには二つの大きなパネルとそれに挟まれた一つの小さなパネルが存在していた。


「これは……」


 ごくりと、全員が息をのむ。

 そこに記されていたのは。


「1+1」


 と言う計算式だった。


「なんていうか……あれね」


 ソノラは「こいつら何やってんだろう?」という思いを口の中に飲み込んだ。


「はい! 皆さまご覧の通り、これからこういう風にごく簡単な計算式をお出しします!

 そして契約獣の方々には地面に置かれたパネルから正解の数字を選んでいただきます!」


 フェリスの指示に従い、デモンストレーターが2のパネルを指さした。

 ギャラリーの村人たちは、場を盛り上げるために、とりあえずの拍手を行う。


「はい! 皆さまルールは良く分かりましたね! それでは競技開始です!」


 フェリスがそう言うと、パネルの数字が置き換えられる。

 そして、示された計算式は


「3+4」


 だった。


「ふっ、こんなお遊びでいったい何が分かるってんだ?」

「あらルード。屋台はもういいの?」

「おう! あらかた食いつくしてきたぜ!」


 口の周りをソースだらけにしたルードはにかりと笑って親指を立てる。


「そう、それは良かったわね。しかし、珍しくアンタの意見に賛成だわ。こんなお宅のペット自慢みたいな事やって、契約獣の何が分かるっていうのかしらねー」

「まったくだ、この程度の計算、俺だって楽勝だ。3と4、だろ?」

「……一桁の計算ぐらい、せめて指を使わずに暗算しなさいよ」


 指についたソースをなめとりつつ数を数えるルードにソノラはあきれた顔でそう言った。


「きゅい!」


 そうこうしているうちに、「7」のパネルの前に来たカインは、それをくちばしで指し示す。


「せーかーい! 大正解! カインさん第1問クリアです!」


 フェリスのアナウンスに、場内から割れんばかりの拍手がとどろいた。


「それでは第2問! 準備をお願いします!」


 そして再びパネルが差し替えられる。

 次に示された計算式は


「13+25」

 

 だった。


「くっ、いきなりの難問だな!」

「二桁の……いや、もういいわ」


 ソノラが言葉を飲み込み、苦い顔をしていると、どこかへと行っていたアリシアが彼女のもとへと戻って来たのだった。



 ★



「あら、おかえりなさいアリシア、どこ行ってたの?」

「ふっふーん。ちょっとした仕込みにね」

「? まぁそれはいいとして……勝ち目あるの? あのフェンリルに」


 ソノラはそう言って疑いの眼差しを向けてくる。

 まぁそれも仕方がない、ルードがソノラの目の前でやったことと言えば、眠りふけることと排尿ぐらいだ。

 確かに、ルードは頼りない。それは認めよう。

 だが、勝つために必要なのは自分の実力だけではないのだ。


「ふっふっふ。大丈夫。勝負はすでに決まっているわ」


 私は自信満々にそう言った。

 あのにやけ顔の敗因、それはすなわち「この村で戦う」という事だ。


「なんと! カインさん第2問も正解です! それではこれが最後の第3問!」


 そしてパネルが差し替えられる。

 そこに示された計算式は


「3×6」


 だった。


「おい、ソノラ、あのバッテンってなんだ?」

「アリシア、どうするの? 結局あちらさんスムーズに事を運んでいるみたいだけど」

「ふっふーん。細工は流々仕上げを御覧じろってね」


 ルードさんの発言を無視して尋ねてくるソノラに対し、私はウインクしてそう言った。

 この程度の単純な計算式だ、一問でも間違えればそれすなわち致命傷である。

 だったら、その隙を作り出してやればいい。


 相手のレッドグリフォンは、まず「1」のパネルを指し示す。

 ギャラリーからどよめきが上がる。始めは何となく観覧していた村人たちも、次第に場に飲み込まれて行っているようだ。


 そして、次にレッドグリフォンが立ったのは「8」のパネルの前。

 レッドグリフォンは狙いを定めて、それを指し示さんとする、その時だ。


「キュイ⁉」


 レッドグリフォンは突如目をつぶり、その隣のパネルを指し示した!


「あら? 外れたわね」

「くくく。計算通りね」

「……あなた、何やったのアリシア?」

「ふふふ。勝負は戦いが始まる前から終わっているという事よ」


 私はそう言い。こっそりと、ある一軒の屋根を指し示す。


「なによ……って誰かいる?」


 そう、そこには審査員からは見えない位置で鏡を掲げた村の悪ガキたちがいたのである。


「……アリシアあなた……」

「ふふふ。おーっほっほ! あらあらー? そちらの勇猛果敢なレッドグリフォンさんは、おつむのほうは所詮鳥並みだったようですねー?」

「おい! ふざけんなこのアマ! お前今何かしただろ!」

「おーーーーーーほっほ! こちらのせいにされても困りますわ。私はこの通り、ずっとここにいましたわよ?」


 ギャーギャーと無駄なあがきをするにやけ顔を無視して、ルードを所定の位置に誘導する。

 その際にレッドグリフォンがものすごい顔で睨みつけてくるが、鉄の心でスルーする。


「いいわね、ルード。奴らは肝心な場所でポカをしたわ。後はあなたがごく当たり前のことをごく当たり前にやればいいだけよ」

『ふぉっふぉっふぉ。何だか知らんが、わしに任せておけばよい』


 ルードはそう言って、広場中央に堂々と歩を進める。


「さて! ボガードコンビはおしくも2問正解で終わりました。

 それでは後攻、ルードさんの登場です!」


 そしてパネルが差し替えられる。

 示された計算式は


「4+2」


 だった。


「よし! 行きなさいルード!」


 体力勝負ならいざ知らず。この程度の単純な知力測定。経験を重ねたルードにとってまさしく朝飯前だ!


 そしてルードはゆっくりと歩を進め「6」のパネルの前に立ち――


『なんじゃ? 今日は変わった飯じゃのう?』


 そこらに置いてあるパネルをまとめて噛み砕いた。


「ルーーーーーーーーーードーーーーーーーーー!」


 私の悲痛な叫び声は、大空の果てまで響いていった。

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