第6話 ようこそお客様

「はっはっはー! どうだこの俺様の活躍は!」

「あーあー、はいはい、凄い凄い。だから大声出さないで、魔力切れの頭に響くわ」


 三人の中でもっとも重症な向こうのローグさんが、なぜか一番元気よく己の戦果を誇っていた。

 軽傷で済んだ私は、いそいそと三人の手当てをする。採取したばかりのガルバ草が早速の大活躍だ。


「いやー、しかし嬢ちゃんに医術の心得があって大助かりだ。ポーション代だってバカにできねぇからな」

「そうね。私も簡単な応急処置程度はできるけど、アリシアのは堂に入っているわ」


 ソノラとシーザーさんはそう言ってからからと笑う。

 だけど私はとてもそんな気持ちにはなれなかった。


「……ごめんなさい、私……」

「おーっと、その先は言いっこなしだぜ嬢ちゃん。嬢ちゃんは作戦を提案しただけ、そいつにベットしたのは俺たちだ」

「そうよ、それに過程は少々違ったけど、結果的には計画通りになったじゃない」

「シーザーさん、ソノラ……私……」


 ふたりの優しさに、思わず涙が目に浮かんでくる。

 そんな時だった。じょぼぼぼぼぼと滝が流れるような音が鳴り響く。


『おっおっおっ、わっはっは、止まらんわい』


 錆付き固まってしまった首の関節をぎちぎちと回す。

 視界の隅に映ったのは、豪快におしっこをするルードの姿であった。


「ちょっとルード! あんたいい加減にしなさいよ!」

『わっはっは。そうはいっても止まらんもんは仕方があるまい』


 さっきまでのアンニュイな空気は、ルードのおしっこと共にはるか先まで流された。

 さっきとは別の意味で泣きそうになる私。

 そして――


「ぷっ、あは、あはははははは!」

「くくく。流石大将。でけぇのは図体だけじゃねぇってことか」

「あーもう! 見ないでみんなーー!」


 私は身を挺してルードの粗相から視界を塞ぐ。


「おお⁉ やるなそっちのルード! だが器のデカさなら俺様も負けんぞ!」

「ふざけんなこのバカルード! そんなことしでかしたらパーティ解消だからね!」


 ぎゃいぎゃいと静かだった森の中に騒がしい声が木霊する。

 私はその有様に思わずほほを緩めたのだった。



 ★



 約束の報酬については受け取り次第送ってくれると言うことで、私は三人と別れ村へと舞い戻った。

 そのまま三人と一緒に冒険の旅にーーと言うのが頭によぎらなかったと言えば嘘になる。

 けど私には村でまだやる事がある、それは村唯一の医者としての役割だったり……返し切れない借金だったりする。

 まぁ後者に関しては冒険者をやりながら、と言う手段も取れないでは無いだろうが、問題は冒険者と言うヤクザな職業を債権者が許してくれるかどうかだ。


 そんな風に後ろ髪を引かれつつ、帰路を進む。

 そして、村の入り口が見えてきて、やっと一息つけると思ったその時だ。

 村から駆け寄ってくる人が見えた。


「あれ? 村長さん所のアレックス君じゃない、どうしたのそんなに急いで?」


 どこかへ出かける途中なのかなと私が呑気に考えていると、彼は血相を変えてこう言った。


「良かった! 探したんだよ姉ちゃん!」

「ほえ? 私ですか?」

「そうだよ! お客さんだよ! 姉ちゃんに!」

「お客……ですか?」


 はて? 私なんぞを尋ねに、わざわざこんな辺境の村まで足を運ぶような暇人がいただろうか?

 私がぼんやりとそんなことを考えていると、アレックス君は私の手を取り強引に進みだした。


「わわっ。大丈夫ですって。私は逃げたりなんかしませんから」

「逃げる⁉ そんなことをしたら大変なことになっちまうよ姉ちゃん!」


 なんだろう、どう考えてもろくな予感がしやしない。

 胃がキリキリと痛み出した私は、恐る恐る彼にこう尋ねた。


「あのー、所で、その待ち人っていうのはどこのどなたなんですかね?」

「貴族様だよ! この辺を統治している貴族様の子供だよ!」


 嫌な予感は大的中。私はこれから訪れるであろう厄介ごとに、さあと血の気が引く音がした。



 ★



「ふん! 貴様が例のビーストテイマーとやらか! 貧相な顔をしておるのう!」


 開幕一番これである。

 私を待っていたのは、年のころはまだ10に満たないだろうか、絵に描いたような貴族のボンボン息子だった。


「あははは……どうもすみません」


 何を言われようが、相手は貴族の息子である。私は精一杯の愛想笑いを浮かべて対応する。


「ふん! 気色の悪い顔を浮かべるでない! せっかくこの僕が出向いてきてやったんだ! とっとと例のものを見せるがいい!」

「例のもの……ですか?」


 はて、一体何のことだろう?

 まさか、取ってきたばかりのガルバ草という訳ではあるまいが、私が持っているもので貴族の気を引けるようなものがどこにあるか。私にはとんと思いつかなかった。


「くー! なんだ貴様! 僕の言うことに逆らうのか!」

「いっ、いえ、私はそんなことは決して。ですが、私にはあなた様にお見せできるような立派なものは――」

「なにを韜晦しておる! ビーストテイマーが見せるものと言えば契約獣に決まっておるではないか!」

「……あ」


 それもそうだ。当然のことである。

 しまった、普段のルードの行動が脳裏に焼き付いてしまい。アレが立派なものだと脳が認識してくれなかった。


「あははは……そっ、そうですよねー。当然ですよねー」


 私はそう言い言葉を濁す。

 なるほどオーケー、彼が求めているのが何かは把握した。それはいい、それはいいのだが……。


 あんなもんを人様に見せてたまるか!


 ルードが巻き起こした数々の痴態が頭をよぎる。

 夜泣き、徘徊、物忘れ程度はまだいい部類。

 所かまわず粗相したかと思えば、ごはんと間違って人様の家畜に手を出しそうになったことは数知れず。

 駄目だ、あんなのをお貴族様の目の前にお出ししては私の首が飛ぶ、物理で。

 死ねない、こんなところで死んでたまるか。私は借金返済して自由を謳歌するまでは死ねないのだ!


 ごうごうと決意の炎を燃やす私を見て、何を勘違いしたのかお坊ちゃんはこんなことを言い出した。


「ははっ! よいよいそんなに力まずとも好い! だがその意気は気に入った! よいぞ! お前の魔獣が伝説どおりのものならば、僕のお抱えビーストテイマーとして取り扱ってやる!」

「なんですと⁉」


 貴族のお抱え? それすなわち約束された左団扇生活⁉ もう借金の海に溺れなくても済むの⁉


「やります! やらせてください!」


 前言撤回。

 ここは何としてもルードの痴呆を隠し通し、一歩飛ばしで人生のゴールを迎えてやる!

 先ほどとは異なる決意の業火が胸にともる。

 狙うは一攫千金、夢の左団扇生活に向けて!


 と、私が瞳に炎を宿している時だった。

 それまで、お坊ちゃまの陰に隠れていた男がずいと前に出てきてこう言った。


「残念ですがね、坊ちゃん。そいつはあまり期待しないほうがいいですぜ」


 なぬ?

 私の疑惑のこもった視線を気にもせず、そいつはつらつらと言葉を重ねる。


「そこの嬢ちゃんのところの魔獣が、使い物にならない老いぼれだってことは、俺たちビーストテイマーの間では常識の話です。

 まぁ? それでも一応は、ホワイトフェンリルに分類される個体ってのは確かだ。

 後学のために一目見る程度はいいとしても、それ以上の期待はその嬢ちゃんにも酷ってもんだ」


 ほーう。同業者か。

 その余計なことをペラペラしゃべる邪魔な口に、ルードのフンでも突っ込んでくれようかしら?

 などという事を、内面で考えていることはおくびにも出さず。私は満面の笑みでこう尋ねる。


「あなたもビーストテイマーなのですか?」

「ああそうさ。ただしアンタとは違って、イキのいい奴と契約を交わしちゃいるがね」

「ははー。失礼ですが、何と契約を交わしているかお尋ねになっても?」

「ああもちろん。俺が契約を交わしているのはラトリクス山で採取したレッドグリフォンだ」


 む……。

 男のそのセリフに、私は言葉を詰まらせる。

 グリフォンはただでさえ気性の荒い魔獣だが、その中でもレッドグリフォンは群を抜いて気性の荒い、そして戦闘力の高い魔獣だ。

 それと契約を交わせるという事は、この男、口だけではなく実力もそれ相応と言うことになる。


「くくく。すまないねぇ嬢ちゃん。だが、俺たちの業界は実力が全てだ、アンタのところみたいなロートルに用意されている椅子はないってことさ」

「ふふふ。ずいぶんと大きく出ましたねー」

「ああ、事実だからな」

「ふふふふ」

「くくくく」

「よーし分かりました! ならばここは分かりやすく一対一での勝負とまいりましょう!」

「くくく。あーはっはっ! こいつはいい、いくらロートルとは言え、ホワイトフェンリルはホワイトフェンリルだ、そいつを食らったとなれば、俺の名も上がるってもんだ!」

「あらあらあらあら? そんな大口をたたいてもよろしいのでしょうか? 勝負はやってみなければわからないのでは?」


 バチバチと視線が交錯し火花が散る。

 もうむかついた、私のささやかなる幸福に立ちふさがらんとするこのくそ男を、完膚なきまでぶっ潰す。

 と、私たちが戦闘状態に入っていると、すっかり存在感のなくなっていた坊ちゃんは満面の笑顔でこう言った。


「よし! そう言うこととなれば話は早い! 決闘の舞台は僕が用意してやる! 二人とも存分に戦うがいい!」


 こうして、私とバカ男の契約獣対決が行われることとなったのだった。

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