第5話 罠にかかったのは?
うっそうとした森をかき分け奥へと進む。
そこに顔を出したのは、もう誰も立ち入らなくなって久しいだろう古びた遺跡だった。
「ギギッ」
いや違う、正確には「冒険者たちが立ち入ることは無くなった」だ。
「いるわね」
「そうだな」
ソノラとシーザーさんは草陰から遺跡を確認してそう呟く。
「よし。アリシアはここに残って私たちの合図を待って」
私はソノラの言葉に無言でうなずく。
うちのルードは万が一を考えて100mは離れた場所に置いてきた。
ひじょーーーーに。不安ではあるのだが、これ以上彼らに近づけば気取られてしまう。
あいつの出番はとどめの一撃、その時だ。
「よし、いくわよ。精々派手に立ち回って、群れのボスを引きずりだす」
「りょーかい。だが、焦んなよソノラ。お前と俺は後衛だ、自分の役割を忘れんじゃねぇぞ」
「そう! 先陣を切るのはいつも俺様! かかってこいやあゴブリンども! 正義の刃を思い知れぇえ!」
あっちのルードはそう叫ぶなり、剣を振りかぶり突っ走っていった。
「はぁ……私たちもいくわよシーザー、あんなバカでもパーティのリーダーだもの、失うわけにはいかないわ」
「くくく。りょーかいだ」
ふたりはそう言うと、きりと表情を切り替えて、向こうのルードをサポートすべく配置へと走っていく。
「行っちゃった。死なないでねみんな」
私が今できるのは、祈ること、ただそれだけだった。
★
「どおおおおおりゃあああ! 必殺! 炎獄竜巻斬!」
炎獄竜巻斬と言う名の大振りが、ひらりとゴブリンにかわされる。
「ぬぅう! やるな貴様! この俺様の――ってあ痛ーー!」
がら空きとなったルードの背後に忍び寄ったゴブリンにより、ルードは背中を浅く切り裂かれる。
「ちぃい! おのれ! 卑怯だぞ貴様ら!」
「あーもう! アンタ少しは周りを確認してから動きなさい!」
「ギギッ⁉」
ルードへと追撃を行おうとしていたゴブリンは、ソノラが放った火球によって背中に火傷を負う。
「くっ、私の威力じゃこんなものね」
「だが、足止めには十分だ!」
続けて放たれたシーザーの弓矢が、背中についた火を消そうと慌てふためくゴブリンの胸に突き刺さる。
「ギ――」
運悪く急所に弓矢を食らったゴブリンは、小さく呟きの声を上げた後、地面に倒れ伏した。
「よし、まず一匹!」
「気を抜いちゃだめよシーザー、敵はまだ山ほどいるわ」
「りょーかい。心得てますよっ!」
バタバタと暴れまわるルードを囮に、ふたりは功名な位置取りで、的確にゴブリンを排除していく。
だがそれも長くは続かなかった。
「はぁ、はぁ……まだなの!」
「くっ、こっちもだ、矢が残り少なくなっちまった!」
駆け出しパーティの悲しさ。それは決定力と持続力に現れていた。
ソノラの火球は一撃で敵を葬ることが出来ず、シーザーの矢もその数が限られている。
「おい! ソノラ! お前さんもそろそろ限界だろ!」
「いいえ! まだまだ行けるわ!」
ソノラはそう言い歯を食いしばる。
「くっ、いやもう限界だね! おいルード! 作戦は失敗だ! ここはいったん引き上げるぞ!」
シーザーはふらつくソノラの肩を支えながらそう叫ぶ。
「はっはー! 情けないぞこの軟弱者どもめ! だが任せろ! 俺様は勇者王になる男だ! お前らが逃げる時間ぐらい鼻歌まじりで稼いで見せる!」
そう言うルードは、すでに何重にも敵に取り囲まれており、今更脱出の機会など訪れそうには見えなかった。
そして、その様子を眺めている少女がひとり……。
★
「くっ」
ギリと歯を食いしばる。
甘かった、私の見立てはとんでもなく甘かった。
何が「リーダーを引きずりだしてください」だ、そんなことは死んで来いと言っているのと同じことだった。
「今からでもルードを呼んでこなきゃ!」
もはや作戦なんてどうでもいい。
ゴブリンリーダーをつり出せなかった時点でこっちの負けだ。
(間に合うか? いや、間に合わせる!)
と、私が森のほうを向いた時だった。
『ギギッ どこへ行こうというのか人間』
「⁉」
森のほう、つまりは私の背後からゴブリンの一団が現れた。
そして、その中で一番偉そうな恰好をしている個体が下卑た笑みを浮かべながらこう言った。
『ギギ! なにか下らん事を企んでいたようだが、俺様にそんな小細工は通用せん
貴様が頼りにしているあのバカでかい魔獣は俺様の部下が捕縛してある』
「⁉」
その個体、恐らくゴブリンリーダーの言うことが確かならば、ルードはすでに敵の手に落ちているという事ーー
……と言うか。
(ゴブリンに知恵比べで負けたーーーー!)
その圧倒的な事実に一瞬気を失いかける。
(だが!)
ここで私が諦めてしまえば、みんなの命はそれで終わりだ。
考えろ、考えろ私。
例えゴブリンに知恵比べで負けたとしても、一回の負けがなんだというのだ、最終的に勝てばいいのだ勝てば!
そして、単純な事実に思いつく。
(はったりだ!)
そう、いかによぼよぼのおじいちゃんフェンリルであったとしても、ルードの体重は1トンはある、単純な力比べでゴブリンに引けを取るはずがない。
「ふん。私の高度な策を見破ったことは褒めてやるわ。だけどそこまでね。私のルードがあなたたちゴブリンに素直に捕らえられるはずがないわ!」
私はゴブリンリーダーをびしっと指差しそう断言した。
『ん? 部下からの報告だと、「ぐーすか寝ておったので、縄でふんじばるのは余裕でした」とあったぞ?』
「あんの! バカルードー!」
その光景がすんなりと頭に浮かんでしまった私は、思わず声を荒げる。
『ギギッ! これでわかったろう人間。貴様たちの運命は風前の灯火だ。精々命乞いの叫びでも上げるんだな』
「くっ……」
負けない、こんなところで死んでたまるものか。
私は借金を返し奇麗な身になって――
「自由を取り戻すんだ!」
すらりとナイフを抜き放つ。
どこまで抵抗できるかは分からない。だけどむざむざ無抵抗のまま負けてなんかなるものか。
『ゲゲッ! 無駄なあがきよ!』
「ふん! あんたこそ、私とルードの絆、なめんじゃないわよ!」
精一杯の虚勢を張りつつ、天に向かってこう叫ぶ。
「来い! ルードー!」
『なんじゃ、わしを呼んだかの?』
「ホントに来たー⁉」『ホントに来たー⁉』
天より降り立ってきた、白い巨体に、思わず私とゴブリンリーダーの声が被る。
「ルード! あんたどうしてここに⁉」
『んー? なんじゃったかのう?』
ルードはそう言いながら体を震わせ、纏わりついていた縄を振りほどく。
その様子を見るに、呑気に寝ていたのは確かなようで、それは後でしっかり問い詰めるとしてだ。
「あっ!」
ちらりとゴブリンリーダーを確認する、しかし彼はいの一番に脱兎の如き勢いで逃走していた。
「やばい! ルード! あいつ! あいつ逃がしちゃダメ!」
ゴブリンリーダーを逃がしてしまえば、すべての努力は水の泡だ。
『あいつ? あいつとは誰かのう?』
「あいつ! あいつだって! あの一番派手な奴!」
私は必死になってゴブリンリーダーを指さした。
『んー、めんどうくさいのう』
しかし、ルードに私の焦りは伝わらない。彼はのろのろと向きを変え――
『ん? おっ、おっ、おっ』
大きく後ろ脚を振り上げ――
『んほおおおおおおおお⁉』
豪快に放尿した。
「ルーーーードーーーーー⁉ あんたこんな時になにやってんのおおお⁉」
『ふぉっふぉっふぉ。そんなことを言われてものう。止まらんものは止まら――ありゃ?』
あろうことが、バランスを崩したルードは、放尿したままぶっ倒れる。
『ふぉっふぉっふぉ』
「だから何笑ってんのーーー!」
『ふぉっふぉっふぉ』
地べたに寝ころんだまま放尿し続けるルード。
だがーーその時奇跡が起こった。
軌道を変えたルードの放尿は、部下たちを押しのけ、ゴブリンリーダーめがけて一直線に飛んでいく。
そしてーーその時悪夢は起こった。
『ギギッ⁉』
ルードの放尿を浴びたゴブリンリーダーはその胸に大穴を開け、断末魔の悲鳴と共に地に倒れ伏したのである。
「……………………は?」
『ふぉっふぉっふぉ』
――思考停止――
「ふー、流石は伝説の魔獣。しょんべんの威力もバリスタ並みだぜ」
「いやいやいやいやいや」
いつの間にか、私のそばへやって来ていたシーザーさんのコメントに、私は全力で首を横に振る。
「……そうね、恐るべしはホワイトフェンリルの底力といった所かしら」
「いやいやいやいやいや、ない、ないって」
ルードのおしっこにそんなバカげた威力があれば、今頃私の牧場は廃墟と化している。
「はっはっは! 流石は俺様と同じ名を持つだけはある! ますます気に入ったぜ!」
「だからありえない……って?」
ふと、視界の端に何か止まる。
「……これは」
木の幹に深々と突き刺さったソレ。
ソレはこの世全ての悪意を凝縮したかのような、禍々しくも凶悪な形をした拳大の石だった。
「なによそれ?」
私の隣に寄ってきたソノラが、疑問の言葉を口にしながらそれに触ろうとする。
「待って!」
私はソノラの手を掴み、それを阻止した。
この悪意の塊のようなとげとげしい石、それに私は医学書で見覚えがある。
「それ…………尿路結石だわ」
私の言葉に、何とも言えない空気が取り囲む。
『ふぉっふぉっふぉ。なーんか妙にすっきりとしたわい』
結石が取れて、すっきりとした顔をしたルードを意識の外へ排除して、しげしげと倒れ伏したゴブリンリーダーを確認する。
ルードがいた場所、ゴブリンリーダーの場所、そして木に刺さっていた結石の場所。
それらはきれいに直線状に並んでいた。
「あー……ってことは何か? このゴブリンリーダーは尿路結石に胸を貫かれてお陀仏したってわけか?」
シーザーさんの言葉に、私は無言でうなずいた。
……みんなの気持ちは一つになった。
嫌な……事件だったね。
★
ルードの必殺技:流星流水弾(命名:ルード・ファランクス)
弾数:体調次第
発動条件:不随意
体内で生成した魔弾を超高圧の水流で射出する、相手は死ぬ。
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