第3話 新米冒険者たち

「なっ! なんだこのバカでかいのは⁉」

「あっ……駄目かも、これは流石に……」

「畜生! ここは俺様がなんとか引き受ける! お前たちは逃げるんだ!」


 どこからともなく振り落ちて来たルードに慌てふためく冒険者たち。

 まぁ、しょうがない。彼らは見るからに初心者パーティなのだ、ホワイトフェンリルなど見たこともないだろう。


「ギギッ!」


 だが、慌てふためくのはゴブリンたちも同じだった。

 あからさまに場違いな存在が出現したことで、彼らはその脅威におののき、蜘蛛の子を散らすように散り散りに逃げ去っていった。


「はは……、まぁ助かったからこれでいいか……」


 結果オーライ。

 張子の虎でも、これだけのデカさがあれば、ゴブリン程度など問題なしと言うことだった。


「あー、みんな大丈夫。こいつはルード。私と契約している魔獣だよ」


 私はそう言って、ルードに近づき、その体にポンと触る。


「「「は⁉」」」



 ★



「それじゃーまぁ軽く自己紹介でもするとしようか」


 落ち着きを取り戻した冒険者たちは、改めてそう言った。


「まずはこいつ」


 リーダーと思しき少年は、フードをかぶった茶髪の少年を指さして話始める。


「こいつの名前はシーザー・ルトワット。見ての通りアーチャーだ」

「シーザーだよろしくな、素敵な嬢ちゃん」


 茶髪の少年はフードを外し、肩まで届くような長髪をさらりと揺らしながらそう言った。


「そんでこっちがソノラ・エーデンフェルト。さっきの攻防で分かったと思うがキャスターだ」

「よろしくお願いしますね」


 金髪を頭の後ろでお団子にした少女は、ルードのほうにちらちらと視線を送りながらそう言った。


「それでこの俺様がルード・ファランクス。いずれ勇者王になる男だ!」


 ルードと言う黒髪の少年は大げさに胸を張りながらそう言った。


『ん? わしの名を呼んだか?』

「「「ひッ⁉」」」


 ルードと言う名に反応したルードが、ぐるりと彼らへ視線を向ける。

 それを威嚇ととらえた彼らはガチリと体を強張らせる。


「あー大丈夫大丈夫。こいつの名前もルードって言うんだ、それに反応しただけだから」


 私はそう言って、ルードの体に優しく触れる。


『ふむ……。わしを呼んだのではないのか?』

「そーそー、アンタは気にせず、休んでなさい」

『……ふむ』


 ルードはそう言うと、大きなあくびをしてゆっくりと頭を下げた。


「おっ、おい、なんて言ってんだそいつは?」

「あー、別に大したことは言ってないわ」


 私はそう言って肩をすくめる。

 普通の人は魔獣と言葉を交わすことは出来ない、それが出来るのはビーストテイマーのクラススキルによるものだ。


「では改めて、こいつの名前はルード。種族は……ホワイトフェンリルよ」

「「「ホワイトフェンリル⁉」」」


 三人は一斉に驚きの声を上げる。

 

「うそ、これがホントにあの伝説の?」


 そう言いつつ、しげしげとルードを眺めるソノラさん。


「まじかよ、まぁただもんじゃないとは思っちゃいたが……」


 そう言い、警戒した視線を送るシーザーさん。


「ほーう。ホワイトフェンリルと言うのか! おまけに俺様と同じ名か! 気に入ったぜ!」


 ……なんだか、一人だけ反応が違うルードさんはそう言うと無造作にルード近づく。


「ちょ! 止めなさいルード!」


 その様子を見たソノラさんは顔を青くしてそう叫ぶ。


「ん? なんでだ? これはその嬢ちゃんの相棒なんだろ?」


 ルードさんはそう言って気安くルードの体に触れる。


「あーうん。大丈夫、危険はないよ」


 ルードの体をぽふぽふと触れるルードさんを横目で見ながら、私はソノラさんにそう言った。


「あー、話の途中だったね。私はアリシア・ミモレット。クラスは…………そいつを見たらわかるようにビーストテイマーよ」


 最近はそう名乗っていいのか、自分でも不安になってきてはいるが。


「そう……しかし、こんな伝説級の魔獣と契約を交わせるなんて、あなた凄いひとなのね」

「いやいや、そういう訳でもないんだなーこれが」


 私は力のない笑顔を浮かべながら、ざっくりとルードとの関係を説明した。



 ★



「ふーん。力を失ったホワイトフェンリルね……」


 ソノラさんはそう言うと、ルードのことを興味深げに観察をする。


「そっ、伝説の魔獣も寄る年波には抗えないってこと」


 私はそう言うと、のんびり眠るルードの体に手を触れた。


「しかし……これがホワイトフェンリルね、俺たち初心者パーティには荷が勝ちすぎる相手だぜ」


 シーザーさんは、未だに芯の部分では警戒を抜かずにそう言った。


「あははは……いや、まぁこいつは張子の虎みたいなもんだから。まぁ図体だけは立派だけど」


 実際問題として、ゴブリンたちがこいつのガタイにビビることなく襲い掛かってきたら、あの時の戦いはどうなったのかは分からない。


「何を言うアリシア! 俺様にはわかる! こいつは熱いハートを持ったお前の相棒だ! この俺様には良く分かる!」


 いつの間にかルードの背にまたがっていたルードさんは、そう言って胸を張る。


「あー、あのバカは気にしなくていいわ。基本的に脊髄反射でしゃべってるだけだから」

「あはははは……」

「それで、アリシアさんはなんだってこんな奥まで来ていたの?」

「ああ、アリシアでいいわよ。年も近いみたいだし」


 村では同年代の女性がいなかったこともあり、私はつい浮かれた口調でそう言った。


「そうね、じゃあ私のこともソノラでいいわ」


 ソノラはそう言って肩をすくめる。


「普段ならこんな危険な所には来ないんだけどね。いつもの採取スポットが誰かに先を越されちゃってたの」


 私はそう言って、背中の荷物を見せる。

 それを見たソノラはばつが悪そうな顔をしてこう言った。


「あちゃー、それは私たちにも負があるわね。多分私たちが取った場所だわそこ」

「あー、なるほど」


 薬草採取などの簡単なクエストは、初心者パーティにはうってつけの物だ、だがまぁ仕方がない、相手は野生のものなのだ、早い者勝ちは当然のルールである。


「気にしなくてもいいわよ。たまたまタイミングが悪かっただけ」

「そう、そう言ってもらえると助かるわ」

「それじゃあこっちからも聞くけど、あなたたちはどうしてこんな奥にまでやってきていたの?」


 私がそう尋ねると、ソノラはため息を吐きながらこう言った。


「ぜーんぶあのバカの責任よ」


 ソノラはそう言って、ルードの背にまたがるルードさんを指さした。


「ギルドに張り出されていたクエストには、採取クエストの他に、ゴブリン討伐のクエストもあったの。

 採取クエストを早々に終わらせたまでは良かったけど、あのバカが次の仕事の下見だとか言い出して、こんなところまでやって来てしまったってわけ」


 ソノラはそう言って肩をすくめる。

 つまりはルードさんの勇み足と、まぁそのおかげで私は命が助かったのだが。


「ははは……お互いルードには苦労してるみたいね」

「まったくね」


 ソノラはそう言って苦笑いを浮かべる。

 こっちのルードは年老いたゆえの衰えから。

 そっちのルードは若さゆえの功名心から。

 ベクトルは違えども、かかる負担は似たようなものだった。

 と、私たちが同じ苦労に打ち解けたころ、人間の方のルードは突然こんなことを言い出した。


「よし! せっかくの機会だ! このまま奴らのねぐらまで攻め込んじまおう!」

「はあ? 何バカなことをいってんのよこのバカルード。さっきので思い知ったでしょ。私たち駆け出しに、ゴブリン退治はまだ荷が重いわ」


 そう、たかがゴブリンと言って侮るなかれ、群れを成した彼らはれっきとした脅威なのだ。


「いや、一概にもそうとは言えねぇな……」

「ちょっと止めてよ。シーザーまであのバカにあてられたの?」

「いや、よく聞けよソノラ。奴らの半分はさっきの遭遇戦で片付いた。おまけにこっちには奥の手がある」


 シーザーさんはそう言って、ルードへ視線を向ける。


「そうだ! よく言ったぞシーザー!」

「うっさい! アンタは黙ってろこのバカ!」


 ソノラはそう言って眉間にしわを寄せる。


「やっぱり駄目よ、そんな危険なことにアリシアを付き合わせるわけには行けないわ」

「いやいや、大丈夫だって。アリシアの嬢ちゃんはそのホワイトフェンリルを貸してくれるだけでいい。本人は安全な所で待ってるだけだ。

 それで報酬は山分け、どうだ? 悪い話じゃないだろう?」


 シーザーさんはそう言ってギルドに張り出されていた報酬を教えてくれる。

 ふーむ、なかなかに悪くない金額だ。お小遣い稼ぎとしては十分なものと言える。

 と、私たちが黒い笑みを浮かべていると、ルードさんがルードの上に立ち上がってこう叫ぶ。


「報酬だ? ちぃせえちぃせえゴマ粒だ! 俺は勇者王になる男だ! 魔獣に襲われ涙を流す民がいる! ならばその涙を一刻も早く止めるのが勇者たるこの俺様の役割だ!」

「はぁ、この熱血バカ」


 ソノラはそう言ってため息を吐いてこう言った。


「けど、確かに早ければ早いほどいいっていうのは正解ね。うかうかして他のパーティに手柄を横取りされるのも癪ってものだわ。

 ……あのねアリシア、あったばかりのあなたにこんなことを言うのはなんだけど……」

「ううん。私は大丈夫よソノラ。それに私もたまにはビーストテイマーっぽいこともしておかないとね」


 という訳で、即席のパーティを組んだ私たちは、森のさらに奥。ゴブリンたちが潜んでいるとされる遺跡へと足を運ぶことになったのだ。

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