第2話 薬草を取りに行こう

 ビーストテイマーのやることと言えば、魔獣をけしかけて後は後ろでふんぞり返っている事だけ、それはある意味では正解だ。


 だが、事後処理と言うものもある。

 けしかけた魔獣が無傷で帰ってくれば御の字だが、いつだってそううまくいくとは限らない。故にビーストテイマーには負傷した魔獣を治癒する術が求められる。


 魔法できらりとお手軽に、となれば話は楽なのだが、生憎と回復魔法なんて超が2~3個付くほどのレアスキル、そんな貴重なものを持っていれば泥臭いビーストテイマーなんてものをやらなくても、王宮勤めで憧れの左団扇の生活が約束されるというものだ。


 故に私が修めているものは、極々平凡な薬学と基本的な医術のみ。

 だが、こんな辺境の村では、その程度のスキルでも十分に役が立つ。という訳で私は副業として、昼間は村の中で診療所めいたものを開いて小銭を稼いでいるのだ。

 

 まぁ、その微々たる稼ぎも、半分は借金の利息払いに、半分はルードの胃袋に収まってしまう。何しろルードは体高2m、体重1トンを超す大型の魔獣、食べる量もそれに比例して莫大な量になってしまうと言うのもだ。


 という訳で、私は今日も診療所であくせくと日々の労働に精を出す。ビーストテイマーと医者の真似事、どっちが副業なんだか、私にももう分からないが……。





「はーい、じゃあお薬出しておきますねー」


 ルトワックさんのお子さんに解熱剤を処方し一休み、診療所といっても、この小さな村では、そうそう大したことなんて起こらない。もっとも大した事が起きた日には私の手になんか負えやしないが。


「んー、今のでガルバ草の在庫が心もとなくなってきたなぁ……」


 私が処方しているのは、近所で手に入れられる生薬を組み合わせて作るものだ。その中でももっともよく出る解熱鎮痛効果のある薬草の在庫がちょっと不安になる量になってしまった。


「しょうがない、仕入れに行くかー」


 ガルバ草の群生地は村のはずれの森の奥に存在する。

 まぁ、村の近くの森だ、そうそう危険な魔獣は出てこないが、それでも森は野生生物のテリトリーだ、人間のテリトリーとは基本的に異なっている。


「はぁ……気が進まないけど、ルード連れてかないとね」


 護衛の冒険者を雇うような無駄なお金は持っていない。

 そもそもが、あの無駄飯食らいを養うためのお金なのだ。少しは魔獣の王とやらの尊厳を見せてもらいたいものである。


「まぁ、ルードが活躍するような展開になったら、私の身が崖っぷちってことだけどねー」


 私は、へらへらと力ない笑みを浮かべてそう自嘲した。





『ふああああああ。アリシアよ、わしは何をすればよいんじゃったかのう?』

「別にー。アンタは、精々ふんぞり返っていればいいだけよ」


 ルードに戦闘能力や警戒能力なんて高等なものは期待しちゃいない。

 だが、その巨体は十分な脅威だ。野生動物は基本的には自分よりでかいものには喧嘩を売ってこないものである。


『ふむ、そうか。ではひと眠りするとしようかのう』

「ってここで寝てどうしようってのよ! 目的はもっと奥!」

『なんじゃ面倒くさいのう。

 ……ところで、今日は何をしにいくんじゃったかのう?』

「……はぁ。いいから私についてきて」


 これだからルードと行動するのは嫌なのだ、何度説明しようが、三歩歩けば直ぐに忘れる。この大きな頭に詰まっている脳みそは穴だらけのスポンジになってしまっているのではないだろうか?


 ルードのサイズに合わせて森を進むと、必然的に木々の密集地帯は避けて通らなければならない。私ひとりだったら、まっすぐ行けば済む話だが、彼に合わせて開けた場所を。まぁそう急ぎの用という訳ではないので、それで全然かまわないのだが。


「さあ着いた着いた……ってあれ?」


 お目当ての場所にたどり着いたのはいいが、どうも薬草の数が心もとない。


「誰かに先を越されちゃったかなぁ……」


 そもそもが、野生の群生地だ、私だけのためにあるわけではないので、所詮は早いもの勝ちと言う事なのだが……。


「むー、しょうがない。気は進まないけど、もっと奥に行くかー」


 奥に行けば行くほど、必然的に危険性は高まってくる。こんな心もとない魔獣の王様(笑)をお供にするにはちょっとリスクが高いのだが……。


「しょうがない、背に腹は代えられないか」


 業者から仕入れるようなお金はない。貧乏人は額に汗かき働くだけだ。


「行くよールード」

『ふああああああ。ところでアリシア。ここはどこじゃったかのう?』

「……いいから行くよー」


 いちいち説明しなおすのもめんどくさい。私のテンションはだだ下がりである。





 普段は村の狩人さえあまり立ち入らない森の深部へと、私は周囲に気を配りながら慎重に奥へ進む。


『ふああああああ。んー、アリシアよ、わしの朝飯はまだかのう?』

「とっくの昔にたーべーまーしーたー。そんなことはどうでもいいから、アンタも少しは周囲に気を配りなさいよ」


 森の深部は魔の領域だ。魔獣の王(仮)と言う張りぼてのお守りがどこまで通用するのか、私にも確信は持てない。


『気を配る……のう。気を配る……。はて? わしは何をしちょったのじゃったかのう?』


 うん。やっぱりコレは当てにならない。精々張子の虎として頑張ってもらおう。





 木々をすり抜け、森の奥へ。

 すると、そこには小さな湖が顔を見せた。


「周囲に魔獣の気配はなし……と」


 水場に生物が集まってくるのは自然の理だ、私は慎重に周囲に目くばせをしてからそこに近づいた。


「よし、流石にここまでガルバ草を取りに来るようなもの好きはいないみたいね」


 ガルバ草はそんなに珍しい薬草という訳ではない。いちいちここまで来ていてはリスクとリターンが釣り合わないと言うものだ。


「そのリスクを取らなきゃならないのが持たざる者の辛いところよねー」


 いかん、自分で言っていて悲しくなってきた。


 まぁ、気持ちを切り替え収穫へ。

 このひと摘みが明日への一歩。しいては借金返済およびルードの晩御飯のためだ。


「よし、ひと踏ん張りするとしますか」


 そうして、私はせっせと作業に取り掛かることにした。





「よし! こんなものでいいか!」


 背中にしょった籠には山盛りのガルバ草。これだけあれば当面の間は困ることはないだろう。


「さて、帰るとします……か?」


 ふと、周囲を見渡す。そこにはあるべきものが存在しなかった。


「あれ? ルード?」


 いない。あのバカでかい巨体が見当たらない。


「……ルード?」


 しまった、採取に気を取られて、ルードのことを忘れていた。


「……ルード?」


 私の声にこたえるのは、木々がざわめく音だけ。

 日が差し込まない暗くて深い森、私は大きな魔獣の腹の中にいるような気分になってくる。


「ルードー!」


 焦る気持ちで、大声を張り上げ相棒のことを呼ぶ。


「まったく、一体全体どこに行っちゃったのよ」


 張子の虎の役立たずとは言え、この深い森の中で一人きりになるのは心細い。

 私はぶつくさと文句を言いながら白い巨体の姿を探す。


 それが、間違いのもとだった。


「ルー」


 がさりと物音がしたほうへと視線を向ける。

 木々が揺れている。だが、そこに白い巨体の姿はない。


「……ちょっとやばいかも」


 私を取り囲むように木々が揺れる。

 だがその背丈はとてもじゃないが、ルードが隠れられるような高さではない。


「ギギ、ギッ!」


 連携を取り合うように鳴き声を放ちながら姿を現したのは、小さな二足歩行の魔獣。


「ッ、ゴブリン!」


 子供位の背丈をした、緑色の肌を持つ人型の魔獣――ゴブリンの群れに私は取り囲まれていた。


 ゴブリン、その戦闘力は単体で見ればそう大したことではない。だが、それが群れを成して襲ってくるとなれば話は別だ。

 奴らは、どこかで拾ってきたくたびれた武具や石器の武器を掲げながら私への包囲をじわじわと縮めて来る。


「やっばい、なぁ……」


 護身用のナイフを構える。

 だが、その小さな刃では、この危機を乗り越えるのにはとてもじゃないが心もとない。


「っていうか……無理、だよね」


 ビーストテイマーの役割は、魔獣をけしかけ、本人は後ろでふんぞり返っているものだ。

 私自身に剣の心得なんてものはない。


「どう……しよう……」


 ナイフを持つ手が小刻みに震える。

 確信にも似た予感。いや、現実。

 私ではこの危機を乗り越えられない。


「ギギッ!」

「くッ!」


 私と言う存在の脅威を図り終わったのか、ゴブリンは一斉に押し寄せてくる。


「くっ! ルード!」


 せめてもの足掻きとして、私は相棒の名を叫ぶ。


「ルードは俺だぜ!」

「?」


 想定外の声に、私の頭に疑問符が浮かぶ。

 そして、その声と共に現れたのは、見たことのない若者の姿だった。


「俺様参上! ってなんだこりゃ⁉」

「ギギッ!」


 突然の闖入者。冒険者とみられるその人は、ゴブリンの大群に一瞬怯みを見せたが、改めて剣を構えなおすとこう言った。


「へっ、上等な歓迎じゃねぇか! 俺様伝説の幕開けとしちゃちょうどいい!」

「ギギッ!」


 ゴブリンの群れは、その若者を脅威ととらえたのか、目標を私から彼へと切り替える。


「かかってこいザコども! 名刀いかづち丸の錆にしてやらあ!」


 若者はそう叫びながら剣を振るう。

 だが、その剣捌きは素人の私が見ても、心もとないものだった。おそらく、いや確実にまだ初心者の冒険者だ。


「危ないわ! あなたも逃げて!」

「へっ! そうはイカの一夜干し! ピンチの女を見捨てておいて何が冒険者だ!」


 若者は威勢のいい声を上げるが、見る見るうちに劣勢に陥っていく。


「くぉ! てめぇら卑怯だぞ! タイマンで来い! タイマンで!」

「そんなの通じるわけないじゃない! いいから速く逃げて!」

「はっ! そいつは聞けねぇ相談だ! 逃げねぇ媚びねぇ顧みねぇ! 俺様は勇者王になる男だ!」

「何バカな――」

「――事言ってんのよこのすっとこどっこい!」


 またもや知らない声がする、だか響いてきたのは声だけではなかった。


「ファイヤボール!」


 小さな火球がひとつ、ふたつ。若者へと襲い掛かろうとしたゴブリンへと撃ち込まれる。


「ギギッ!」


 思わぬ伏兵の登場に、ゴブリンの群れは浮足立つ。

 だが、伏兵はそれだけではなかった。


「このバカルード! 世話かけさせんじゃねぇよお前さんは!」


 その声と共に放たれたのは、一本の弓矢だった。それは火球によってやけどを負ったゴブリンに突き刺さる。


「そこのあなた! 速くこっちへ!」


 私は、火球を放った少女の指示に従い、急ぎ彼女のもとへ行く。


「ギギッ! ギギッ!」


 逆包囲をされる形になったゴブリンたちは混乱状態になる。

 戦況は混沌とし、剣と魔法、そして弓矢が飛び交う乱戦状態になった。


「くっ。こいつら数だけは多い!」

「あんたが考えなしに突っ込むからでしょうが!」

「るせえ! お前らが迷子になるのが悪いんじゃねぇか!」

「迷子になったのはあんたのほうでしょうがバカルード!」


 冒険者たちは罵声を交わしながら、なんとか攻撃を繰り出していく。

 だが、相手が悪い。

 ゴブリンの群れは、冒険者たちの腕前が大したことではないことを把握したのか、徐々に混乱から立ち直っていく。


「くっ、このままでは……」


 せっかく助けに来てくれたのに、これでは彼らもろとも一網打尽だ。


「こんな時に。どこほっつき歩いてんのよ! あのバカ犬ー!」


 私は手にしたナイフで必死の抵抗をしながらも、頼りにならない相棒へと悪態を叫ぶ。

 その時だ。

 天から白い巨体が降り落ちてきた。


「ギャバ⁉」


 1トンを越す巨体の踏みつぶし、その足元にいたゴブリンたちは、抗うことも許されず地面のシミとなる。


『ふああああああ。どこにいっておったのじゃアリシア。と言うか、ここはどこかのう?』

「「「なっ、なんだこりゃーー⁉」」」


 突如現れた私の相棒に、冒険者たちは驚きの声を上げたのだった。

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