6-2 それぞれの立ち位置

「おまえは私を過労死させる気か」


「レアール侯とストライド侯、あとサージェント侯にも宮殿に頂ければ、通常業務は何とか凌げると思いますよ」


「……は?」


 口に出したのはもちろんデューイだが、ストライドにも困惑は見て取れる。


「ワイアード辺境伯領の調査次第でしょうから、まだ確実ではありませんよ、大叔父上」


「事態を斜め45度向こうに吹き飛ばすキャロルを連れてなお、それが言えるのか」


「…………」


 なだめようとして返り討ちにあったらしいエーレの表情は、笑顔のまましばらく固まっていたが、気を取り直すように咳払いをした。


「……すみません、無駄に期待を持たせるような事は言わない方が良かった。では改めて依頼を。エイダル宰相、私はワイアード辺境伯領で、キャロルがリューゲに発つのを見届け次第、マルメラーデへ向かう事にする。恐らく、帰国はキャロルとほぼ変わらなくなるだろう。その間は、三侯を巻き込んででも、凌いで貰いたい」


「⁉︎」


 ギョッとなる周囲を横目に、エーレとエイダルは、しばらく無言で視線を交わし合っていた。


「……久々に、に復帰するつもりで

す。目的はあくまで、薬の流通経路を潰す事。ファールバウティ、イエッタ、両公爵家には警告だけをするつもりですよ。それ以上は内政干渉になる事くらい分かっています」


 皇帝としての口調から、再び大甥としてのそれに戻るエーレに、エイダルの表情も、ほんの僅か、和らいだ。


「確かに両公爵家に釘が刺せる人間など、元よりそう多くはないからな。サージェントの領地が近いとは言え、サージェント自身を行かせる事は難しい。ソユーズ、サージェントを――父親の方だけを呼び戻せ。領地内で、エーレ・アルバートが滞在可能な邸宅を取捨選択させる」


「リヒャルト様……」


 そこで素直に「はい」と言えば良かったのだろうが、どう考えても、公都ザーフィアに残る宰相の負担が増大するのが目に見えている。


 不安混じりに、つい公式ではない呼び方をしてしまったファヴィルを、エイダルはとがめなかった。


「エミールの様にいきなり昏倒するのであれば、何をどうしたところで変わらんだろう。そもそも、私は致命的に腕っ節うでっぷし。ならばココを限界まで回転させるだけの事だ。皇族の責務に背を向けるような時期も――もう過ぎた」


 人差し指で己の頭を指しながら、自嘲ぎみに微笑うエイダルに、ファヴィルが言葉に詰まる。


 そんな二人を、聞こえよがしな溜息で遮ったのはデューイだった。


「勝手に決めて、勝手に黄昏たそがれるな。私もこの後、領地の妻カレルを迎えに行く。途中合流の予定にはしたが、それでも一週間は数に入れて貰っては困る。もちろん、入れられたところで断固拒否するがな」


 互いに今更だとデューイは言うが、デューイのこの口調をとがめない時点で、エイダルの方にも少なからず後悔と謝罪の気持ちはあるんだろうと、キャロルは思う。


「……一週間後からは、良いんだな」


「……好きにすれば良い。それまでは〝誠意の証〟とやらで、こき使える人材がいる筈だ」


 フン……と、明後日の方向見ながら答えるデューイにも、同じ思いはきっとある。


 デューイの発言に隠れるように、ファヴィルが別室のセオドール・サージェントを呼びに、席を外す。


「もはや〝誠意〟が上意書じょういがきの如くに有名無実化していますね……さすがは父娘おやこ


 使えるモノは、躊躇なく使う――乾いた笑い声のストライドを、誰もフォロー出来ない。


「外政室の薬学研究部門の監督と、ジェラルド君の教育と、エイダル宰相の補佐……ですか? これに、母の看病と領地の管理が加わった日には、確かに泊まり込みの業務になるのは避けられませんね」


 ストライドの口調は、言葉程のとげはない。


 むしろ諦観して、もう何でも来いとでも言いそうな勢いだが、エイダルは笑いもせず言葉を返す。


「心配するな。レアール家同様、ストライドとサージェントの当主一家にも〝迎賓館〟を開放してやる。どうせ婚姻の儀までは、ほぼ使う所もない」


「……妻と子も、ですか」


「おまえのところは、夫人も大分、領地経営に噛んでいるだろう。サージェントの所は、ジェラルドの監視の事もある。だったら、もう、家族まとめて放り込んでおいた方が、話が早い」


 そのエイダルの言葉に、一瞬、考える表情を見せたストライドだったが、それは、そう長い間の事ではなかった。


「ああ、かえってレアール侯の奥方と御子息と知り合う、自然な理由も出来る訳ですね……流石にサージェント家は、リュドミラ夫人との交流のみになるでしょうが……」


 ちょうどそこへ、セオドール・サージェントが隣室から姿を現した為、話は一旦中断された。


 ファヴィルが、隣室から持ち込んで来た椅子を応接テーブルの前に置き、サージェントが訝りながらもそれに従うと、おもむろにエイダルが口を開き、ほぼ一方的に、マルメラーデに近いサージェントの領地と、旧クラーラ公爵領の幾つかに使いを遣って、エーレ・アルバートの滞在準備をさせるよう、告げた。


「陛下お一人で、マルメラーデへ⁉︎」

「その娘は娘で、リューゲへ行かねばならん」

「なっ……」


「解毒剤が未だ未開発の新種の違法薬が、ワイアード辺境伯領から他国に流出している可能性がある。現状、その薬に関してこの公国くにで予備知識があるのが、その娘一人。のカーヴィアルで、一度使用された形跡があるらしい。その上で、流通や加工が疑われる、リューゲやカーヴィアルの支配者階級双方に、何かしらの伝手つてがある人間も、その娘一人。薬が流れたのは、間違いないが、伝手つてがないマルメラーデは、ワイアードから陛下が向かう。誰の血筋だ婚約者だと、忖度なんぞしていたら公国くにが傾くわ」


「忖度がなさすぎて、婚姻の儀に間に合うかどうかの瀬戸際に陥っているくらいです」


 肩をすくめるストライドは、どうやらすっかり腹を括っているようだった。


「サージェント侯。侯の御子息が『辺境伯令嬢が陛下に相応しい』と、学園内で仰っていたそうですが、どうも異母弟おとうと達も、国軍や外政室で似たような事を言っていたようで……その令嬢は、辺境伯領に来るまでは、マルメラーデにいた事も分かっていますから、間違いなくそちら側マルメラーデからのそそのかしがあったと思って良いでしょう。すっかり踊らされているのが、お互いに情け無い当主と言わねばならないでしょうがね」


「ストライド侯……」


「ちなみに新種の違法薬の件に関しては、キャロル室長が、マルメラーデのベスビオレ鉱山に出稼ぎに出ていたルフトヴェークの市民がカーヴィアルの貴族に拉致されて、薬を精製させられていた所から引き剥がして、保護しています。あ、いや、今は外政室で解毒剤の開発にかかっていますね。ですので、何とかこれ以上の流通は止められるんじゃないでしょうか」


「は……?」


「そうですよね、一度に聞かされても、理解しきれませんよね。ええ、もう、陛下一行が出発された後にでも懇切丁寧に説明させて頂きますので、共に一週間、死ぬ気で、身内がしでかした事の後始末をしましょう」


 ストライドとサージェントとの間には、デューイ以上に11歳の年齢差があるのだが、夫人同士の交流がある事からも、デューイへの態度に比べると、かなり、気安く見える。


 口数は少なそうだが、どう見ても、この中で最もサージェントが大人しそうな雰囲気を持っている事にも、起因しているのだろうが。

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