6-3 奪われてはならない

「サージェント侯、マルメラーデでの陛下の滞在先に関しては、年齢に関わらず、姫君のいない家を選別下さい。あとレアール侯、陛下一行のワイアード視察後は、公都側から迎え兼護衛を出し、今日出発する面々の大半はリューゲに行くキャロル室長にそのまま付くとの事でしたが、公都側から出す護衛に関して、マルメラーデに随行する前提で、もう少し増やして頂く事は可能でしょうか。陛下のマルメラーデへの行程に関しては、今すぐには決められないので、その追加の護衛達に託す形としたいのですが」


 ストライドの切り替えの早さに感心するように、僅かにデューイが眉を動かす。


「可能と言うよりは、そうせざるを得ないだろう。ディレクトアからスフェノス家絡みの刺客が来る可能性を否定しきれないが、宰相周辺の警護が代わりに手薄になるとしても、優先されるべきは陛下だ。その辺りには、己で公爵邸の護衛をしばらく手元に置く許可を取るなり何なり、自衛して貰えば良い。妻に関しては、レアール家の裁量に一任して貰う。それで凌ぐしかあるまいよ」


「……スフェノス家の刺客が来たとして、問答無用で私を差し出すか」


 エイダルの表情がやや痙攣ひきつったように見えるのは、キャロルの気のせいだろうか。


 もちろんデューイは、そんな事で委縮したりはしない。


「当たり前だろう。まさか私が、妻よりも優先するなどと思うのか」


「それこそまさかだが……まったくそこまでいくと、いっそ清々すがすがしいな」


「今更だ」

「ああ、そうだな」


 キャロルやエーレ、ファヴィルなどは苦笑を浮かべるだけにとどまっているが、長年のわだかまりを知らないのか、ストライドやサージェントなどは、非常に居心地が悪そうだ。


「ストライドが、今レアールに言った事は、とりたてて修正の必要もない『案』だ。それで進めれば良い。誰を出すかはレアールに一任しておく」


「……承知した」


 実際そんな場面に出くわしたとしても、カレルがそこにいてかばう立場にいなければ、デューイはエイダルを差し出さないとキャロルは思うが、希望的観測の域は出ない。


(これ……イオは絶対に手を上げるだろうな)


 恐らくは、今キャロルについて行く側の誰かに、代わってエーレの側に付いて貰う為に、イオは来るだろう。いっそその時に媚薬の解毒剤が出来ていれば良いのだが。


「エーレ。白隼シロハヤブサを複数羽付けておくから、馬車の中でも仕事はして貰うぞ。そもそも今回は、辺境伯領周辺のも兼ねているから、

少なくともワイアードまでは、身軽に馬で行くのも許さんがな」


「その辺りは理解していますよ、大叔父上。ただ、こうなった以上はワイアードに到着後は、空の馬車を先に戻す事にはなると思いますよ」


「……何?」


 エーレとデューイ以外の視線が、キャロルに向く。

 エイダルとの視線の交差を感じたキャロルは、軽く首を傾げた。


「私があの雪の日、馬に乗ってフェアラート公爵の馬車を追いかけたのって、聞いていらっしゃいません? あ、でもあの襲撃の最中じゃ、誰も気にしてなかったかな……」


「……てっきりレクタードに同乗していたのかと思っていた」


「ではキャロル様、逃げるフェアラート公爵の馬車に例の糸を引っかけて車輪を外したのは……もしやご自身でっていた馬上から……?」


「当たり前じゃないですか! 馬に乗れない近衛隊長なんかいたら、良い恥さらしですよ。ウチの愛馬ユニは、レアール産黄金種アヴァルデの中でもピカイチ、他に替えのきかない私の大事な相棒なんですから!」


「…………」


 近衛隊長、にツッコミたいストライドやサージェント、乗馬に関してあれこれ言いたいエイダルやファヴィルと、部屋の中が混沌としている。


「……今更キャロルが馬に乗れる事を疑問に思った事もなかったから、こんな空気になるとは思わなかった」


「……確かに。と言うかそもそもあの馬は、おまえとカレルがカーヴィアルから、私の屋敷に戻って来やすいように、車体は後からロータスに現地調達させるつもりで贈った、二頭引き用の馬だったんだがな。まさか二輪馬車になって、カレルと一頭だけが先にロータスと一緒に戻って来るなどと、あの時は思いもしていなかった」


 知っていたエーレとデューイは、別の意味で複雑そうだ。


「そうだったんですね……でも、あれほど嬉しい贈り物はなかったです。後で希少種だって聞いて、心臓鷲掴みにされましたけど」


「ただ愛玩動物ペットにされるよりは、余程良いだろう。それでおまえは、おまえの愛馬を連れて行くつもりか」


「もちろんです。連れて行かないと、ゴネて大変ですから。どうやら代理としてレクタードの事は認識しているようなので、ワイアードまでは、彼に乗ってて貰います。エイダル宰相閣下、そんな訳でワイアードからの空の馬車が、公都に先に帰る事になるのは確定です」


「…………」


 返事の代わりにエイダルは、大きな溜め息を吐き出した。


「エーレ」

「……はい」

「奪われるなよ」


 誰を、誰に、と言った事をエイダルは口にしなかったが、どうやらエーレには通じたらしかった。


 ――キャロルを、カーヴィアルの皇太子に奪われないように。


「大叔父上……」


 恐らくアデリシアは、キャロルのエーレへの想いを察したから、手を離したに過ぎない。


 エーレにキャロルと同等、あるいはそれ以上の想いがないと判断したなら、間違いなく自分の下に呼び戻すだろう。


 そこに愛がないのなら、これほどに優秀な人材を他国に流出させてやる義理などないからだ。


 まして既に帝国内で実績もあり、妃にすると言ったところで反対する方が難しいし、アデリシア自身、見た事もない他国の姫や器量の分からない自国の令嬢をめとるよりは、余程キャロルの方が好ましい筈だ。


 性格的に溺愛する様な事はない筈だが、一定以上の好意を持って、粗略に扱う事もしないだろう。


 つまりは、一度カーヴィアルに戻ってしまえば、キャロルはもう二度とルフトヴェークの地を踏む事はない――踏ませて貰えない。


 もちろん、今ここで口にはしないが、エイダルにはそれが手に取る様に分かった。


 下手をすれば独身である事が唯一のスキと言って良い、アデリシア・リファール・カーヴィアルが、近い将来大陸の覇者となる未来まで招きかねない。


「私が言いたい事を察せられないおまえではないと思うが」


 ――試されているぞ、と。


「……分かっているつもりです」


 エーレの両手が、膝の上で強く握りしめられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る