5-14 辺境伯領の現状(前)

「言いにくい事を言わせてしまって済まなかった、侯。私は無条件で皇家おうけおもねるような事は求めてはいない。貴公あなたが私に背を向けるような事態があっても、私の皇妃を傷つけるような状況には陥らせないと言うの

であれば、それこそ本望だ」


「――と、陛下が仰るのであれば、私の側から皇家おうけに背を向ける理由はない。そもそも今更粗略に扱おうにも、に囲い込まれていて、最早どうしようもないのだからな。まあ勿論、そんな扱いをするつもりもないが。私が背を向ける唯一の理由は、陛下が娘の手を離した時だ。それであっても物騒な手段に訴えるつもりはない。家族で領地に引き上げるだけの話だ。その時手を貸して貰えれば有難いと言った程度の事なので、こちら側の事はそう深く考えて貰わずとも結構」


「……であれば、私は一生彼女の手は離さないから、離反の心配はせずとも良いと言う事だろうか、レアール侯」


「……意気込みだけで終わらないよう願っておりますよ、陛下」


 レアール家側から娘を皇妃の地位にねじこんだとの噂がまことしやかに流されてはいるのだが、デューイ・レアールは明らかに、皇家ですら飼い慣らす事が困難な〝猛獣〟と、ストライドの目には映る。


 若くから領主たりえた能吏ではあるが、初対面で居並ぶ国軍の面々をひと睨みで黙らせたと言う〝圧〟は、確かに軍務大臣にこそ相応しく思える。


 皇帝や将軍の異様な強さで隠れがちではあるが、侯爵と言う括りからすれば、おかしいと言い切れるだけの腕があり、何よりいざと言う時に先陣に立てるだけの胆力が備わっているであろう事は、彼の皇帝や宰相への接し方を見ていても明らかだ。


 どう考えても、娘を献上したと言うのはデューイにはそぐわない。


 強引にねじ込んだのではなく、あっと言う間に外堀を埋められて、否と言いようがなかったのだとしか思えなかった。


 よく、このデューイ・レアールの下に、娘を皇妃にと望みに行ったなとストライドなどは感心するが、国軍トップに立つ〝東将オストル〟に次ぐ腕を持ち、国政のトップに立つ、宰相に次ぐ頭脳を持つ、ルフトヴェーク公国当代皇帝であるならばさもありなん……なのかも知れなかった。


「話を脱線させるなエーレ、レアール。ストライドの口ぶりからすると、いらぬ妨害もなく、最短でワイアードに辿り着けると言う事なのだろう。だったら、それだけリューゲの方で事態ことに当たれる時間も余裕も増える。このままだとリューゲで1〜2泊しか出来ないくらいの過密日程だ。聞き流して良い話ではない」


 バツが悪そうに視線を逸らしたエーレとデューイを一瞥もせず、エイダルが視線でストライドに再度の着座を促す。


 キャロルも片手でソファを指し示す仕草見せたため、軽く頭は下げつつも、ストライドは従った。


「いくつか気になる話が出て来ている。――ソユーズ」


 エイダルが背後のファヴィルを振り返ると、心得ているとばかりに頷いた。


「ワイアード辺境伯家の家族構成がですね……短期間の間に、驚くほど胡散臭い事になっていまして」


「胡散臭い……」


「そこは流して下さい、キャロル様。元々、早くにご正室様を亡くしていらっしゃって、後継である息子が一人いたところがこれも病に倒れ、二年と少し前に、子持ちの女性を後添えに迎えた――まあ、ここまでは、既におおやけとなっている話ではあるのですが」


 キャロルは、つい先程書庫で初めて聞いたばかりなのだが、周囲の表情を見るに、それは確かなのだろう。


「辺境伯にはもう一人、ご正室様との間に姫君がいらっしゃったのですが、こちらは政略結婚に反発して家を飛び出された後、消息不明に。これもまあ、おおやけとは言いませんが、高位貴族達の間では暗黙の了解的な話ではあります。で、この先がまだ、領地周辺でしか知られていない事なんですが、その辺境伯の養子となった子供二人は、実際は、伯の娘が領地の外で産んだ子供で、後添えとなった女性は子供達の教育係だった、と」


「……さっき、実子ではないってサージェント伯が話されてるのを聞いたんだけど、孫としての血の繋がりはあったって事?」


 首を傾げたキャロルに、いえ……と、続けたのはストライドだった。


「それならば二年も経つのに、話が辺境伯領周辺だけに留まっているのが不自然――本人達が、そうしているだけと言う事なのでは?」


 答えを求めるようにファヴィルを見やると「その通りです」との、頷きが返ってきた。


「伯の娘ももう亡くなっているとかで、娘の夫と言うのが隣国の妻子ある貴族だった為に、正妻に辛く当たられるのを見ていられずに、伯を頼って来た――それが元教育係の言い分だそうです。一応、形見だと言う宝石を持ってはいたようなのですが、伯自身が、娘に贈ったのかどうかを記憶していなかった為に、辺境伯家内部でも認否が割れているそうです」


「……覚えてないんだ……」


「娘を政略の駒程度にしか捉えていなかったのが、よく分かるな。実際には贈る中身は家令任せだったとか、そう言ったところだろう」


 呆れるキャロルに、答えたのはデューイだ。


 彼自身が、実両親からその程度の扱いしか受けていなかった為、辺境伯の振る舞いの想像がついたのだろう。


「で、そのままだと『よくあるお家騒動』で話が終わるんだが」


 当然、続きがあるんだろうと言わんばかりのデューイに、ファヴィルが苦笑する。


「辺境伯の娘が亡くなったと言われているのが、二年と3ヶ月程前。子供二人と教育係がワイアード辺境伯領に現れたのが、その半月後。そもそも辺境伯の娘が誰の子を産んだのかと言えば――マルメラーデ国イエッタ公爵家でも長年放蕩息子と蔑まれ、未だ正妻を持たない、すこぶる評判の悪い、三男だとか。その三男の領地は、ベスビオレ鉱山から僅か数キロ。もはや子供達が、本当に辺境伯と血縁関係にあるのかどうかなど、瑣末と言っても良いくらいかも知れません」


「…………」


 これには、先に話を聞いていたらしいエイダルを除いた全員が、目を見開いた。

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