5-13 ストライドの決意

「まあ……とりあえず世間知らずさんなのは間違いなさそうだったので、だったら、その『世間』を、人手不足の外政室で知って貰おうかな……と。これでダメなら、私の二度目はないと言う事です。流石にこれ以上は、ジーン夫人やサージェント侯夫人がもし何か仰ったとしても頷けませんしね」


「ええ……ええ、それでも充分だと思いますよ。それとサージェント侯爵家は、マルメラーデ方面に複数の領地を持っています。リュドミラ夫人が皇女時代に与えられたクラーラ領もそうですね。領地視察がきっかけで知り合われたそうですが、それがなければ、リュドミラ夫人はマルメラーデに嫁がれる可能性もあったとか。こういう言い方も何ですが、例の薬の流通に関して、もしマルメラーデの王家や高位貴族の関わりが疑われるような事になれば、今回の事を楯に、サージェント侯爵家に動いて貰う事は出来ると思いますよ」


 ストライドの言葉に、その場の全員が目をみはった。


「外遊途中にもし本当にその必要が生じたなら、いったんは私にご連絡下さい。立ち寄られる予定のストライド家領地屋敷には、それぞれ本家との連絡用として、稚児隼チゴハヤブサがおります。キャロル室長の名をお借りする事にはなりますが、いざと言う時は宮殿書庫の隠者セオドール殿といえども、ご要望の通りに動かしてみせますので」


「それは……心強いです」

「お任せを」

「ストライド侯……」


 そこまでいくと、もはや誰も「中庸派」と思わないのではないか。

 流石に懸念を見せたエーレに、ストライドは緩く首を横に振った。


「そこは予め『小娘が、家の当主を、使役している』以上の憶測を生まないよう、立ち回ってくれていて構わない。その事で、自分に悪意の矛先が向くのは気にしない――とまで妻に言って頂いていたようですので、私も有難くその『建前』を使わせて頂きたいと思っています。もちろん、その代わりと言っては何ですが」


 そこでひと呼吸置いて、いきなりソファの隣に片膝を突いたストライドに、キャロルは目を丸くする。


「え……ストライド侯爵閣下?」


「中立である事こそが、代々のストライド家当主に求められる、絶対の信条。建前を崩す事は難しい。ですが、ヤリス・ストライド個人としては、貴女の〝駒〟になる事をお約束しましょう。いつでも、如何ようにでも、お使い頂いて結構ですよ」


「⁉︎」


 エーレ、デューイ、ファヴィルは唖然としたまま、エイダルは苦虫を噛み潰した表情を隠すように、片手で顔を覆っている。


「あ……りがとう、ございます……?」


「ふふ……疑問形なところが貴女らしい。そうですね、ワイアード辺境伯領までの道中は、何も起きないとまずはお約束しますよ。それと領に入る前の最後の滞在地で、領の最新情報もお渡しします。それである程度は、私をお認め頂けたら幸いですね」


「……あの、一応確認なんですけど。私、侯爵閣下のお身内を馘首クビにしたり、異母弟おとうとさんを蹴り飛ばしたりしてますけど……」


「元々素行不良が目に余っていて、処罰のきっかけを探していたような連中ばかりですから、むしろ感謝しております」


「……そう……ですか、って、いやいや! 侯爵閣下ともあろう方が何なさってるんですか⁉︎ 席にお戻り下さいっ」


「やはりうっかりとは頷いて下さいませんか」

「うっかり……」

「二人ともそこまでだ」


 聞こえよがしな溜め息を吐き出したのは、エイダルだった。


「お前個人が、この娘個人に従うと言うか――ストライド」


「その通りです。ストライド家は代々、必要以上に皇家にかしずく事を良しとしてはおりません。――先代の事は、祖先に顔向けが出来ない事だと認識しております」


 エイダルが何かを言う前に、ストライドが先回りをする。


「不満と傾倒は紙一重。皇家おうけへの印象がどちらかに偏る事のないよう、適度なガス抜きを行なうのが我が一族の在り方であり、決して叛意は持っていない点は、陛下にも宰相閣下にも、ご理解は頂きたいのですが」


「……貴公あなたが当主となった時点で、それは察していた」


 この場であっても〝皇帝の箱庭〟の事は、明かせない話だ。


 それとなく匂わせる事しかエーレは出来なかったが、ストライドもそれは悟ったようだった。


「有難うございます、陛下。宰相閣下、ストライド家としては皇家おうけとの表立っての交流は控えさせて頂きますが、キャロル室長との縁は、是非ともこのまま繋いでおきたい。その立ち位置を何卒お汲み取り頂きたく」


 皇家おうけの絶対的な味方たり得ないが、キャロルには従う。今回の一族の不始末から見れば、そこは他の一族の者からも不自然には思われない。そしてそのキャロルが次期皇妃であり、現皇帝を最上位に仰ぐ以上は、形の上ではストライド家は皇家の敵とはなり得ない。


 そんな何段論法とも知れない、言葉のあやのようなやりとりが積み重なるが、それこそが会話の基本の様なエイダルには、案の定すぐさま


「ほう……では皇家おうけやレアール家がこの先この娘を粗略に扱うようなら、お前は背を向けるか」


 この先何度となく側室の話が湧いて出るであろうエーレと、長男であるデュシェル・レアールに肩入れして、皇位を狙うと噂されかねないデューイ。


 エイダルの言い方は確実に、エーレとデューイを挑発していた。


「有り得ない」

「ふざけるな、誰がやるか」


 間髪を入れず、しかもほぼ同時に返すあたり、やはりエーレとデューイは考え方――いや、の在り様が、どこか似ている。


 エイダルはうるさげに顔をしかめているが、実際に問われた側のストライドの方は、妙に可笑おかしさがこみ上げてきて、片手で口元を覆

い隠した。


「失礼……物凄く低いであろう可能性の話にお答えするのもどうかとは思いますが……あくまで現時点であれば『可能性はある』と、答えさせて頂きますよ。粗略な扱いに耐え切れず公国くにを出たいと仰るなら、我がいえ伝手つてでお守り致しますし、どれほど虐げられようと皇妃の地位に留まりたいと仰るなら、いくらでも内部工作に手をお貸ししましょう。キャロル室長次第です。私が皇家おうけやレアール家に背を向ける事はあっても、室長殿に背を向ける事はないでしょう。そう言う認識でいて頂いて結構ですよ」


 キャロルはあんぐりと口を開け、問いかけたエイダルの方は、ふん……と顔を顰めたままだった。


 もっともエイダルが機嫌良さげにしているところなど誰も見た事がないので、その呟きに意味があったかどうかは分からない。


「あの、何故そこまで……」


 かろうじてキャロルがそう呟くと、ストライドは恐らくは本心からと思われる微笑みを見せた。


「……それだけ本家にとっては、母の病に光明が見えた事は大きいのですよ。治療法でなくとも構わない。これまで原因どころか、今、自分達がしている事が母にとって良い事なのかどうかさえ分からずに暗闇の中にいたんです。そこに道筋をつけて頂いた事だけでも、どれだけ感謝をしてもし足りない。これがもし不治の病だと将来判明したとしても、今からなら後悔のない看病も研究も出来る。貴女を恨む事もないと断言出来る」


「ストライド侯……」


「いくら母にその能力があったにせよ、何もしない父に代わって領地を支えるなどと、あってはならない事だった。ようやく私にも力がつき、当主を引き受けて、母にはこれからは心穏やかに過ごして貰う筈だった。それが……失礼、これ以上は私事わたくしごとですね」


 自分で片手を上げて話を遮ったストライドに、誰も、何も言えなくなる。


 重い空気の中、口を開いたのは、エーレだった。

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