5-12 蹴り落とした子は獅子の子か

「……なるほど、今回騒ぎを起こしたストライド家の連中と同じ事を、宮殿内ではなく学園で引き起こしていたのが、サージェントの息子――と言う訳だな」


 エーレが当事者に近い事もあり、基本的には口を挟まないと言った為、一連の流れを纏めたのは、宰相であるエイダルだった。


「さしずめ、ストライド家とサージェント家とで組んで、レアール家の対抗勢力とでもするつもりだったか……馬鹿馬鹿しい」


「申し訳ございません。教育が行き届かず」

「監督不行届については、申し開きのしようもありません」


 サージェント、ストライド両家共に頭を下げてはいるが、サージェントに向けるエイダルの視線は、より冷ややかだった。


「望むと望まざるとに関わらず、リュドミラの血胤けついんを欲する連中は、現在、かつ将来に亘っても湧いて出るだろう。それに流される事なく、一人の女性としての幸せを与えてやれるか――お前たちの婚姻時、エミール……先帝陛下は、そう問うた筈だ。誓いを翻すか、セオドール」


 オルガノは、皇帝としての公式名ミドルネームである。


 エイダルにとっては、慕ってくれた甥エミールとしての意識が、強いのかも知れなかった。


 先代皇帝エミール・オルガノ・ルフトヴェークの妹、リュドミラ・ベネディクタ・クラーラ。


 現在は、皇族としての公式名であるベネディクタ、領地としてのクラーラ領の名を外し、リュドミラ・サージェントと、名は、変わっている。


 宮殿書庫でいち司書だった、10歳以上年の離れたセオドールに一目惚れして猛アタックをかけたと言うのは、書庫での語り草だとキャロルも最近、外政室の貴族文官から耳にしている。


「まさか! 私は……っ」


 敢えて私的プライベートを強調したかのように名前を呼ばれたサージェントが、言葉に詰まる。


「現に息子がいいように翻弄されている。いくら学園の成績が良かろうと、貴族同士の駆け引きも出来ぬようでは話にならん。お前が書庫に籠りたいのは勝手だが、まだ貴族社会の闇を知らぬ息子にまでそれを強要するな。関わらせたくないと思うなら、全てをさらした上で本人に決めさせるのが筋だ。中途半端に学園で飼い殺した結果が、今のこの状況だ。自分で確認をせず、与えられた情報だけを正しいと思い込んだ。耳に心地良かっただけに、尚更」


「……っ」


「まあ良い。レアール、ジェラルド・サージェントの愚行に関しては、何らかの詫びの品に、夫人と娘への――と言う事で決着してしまっても構わんな。そもそも今、その為に集まっている訳ではない。これ以上文句があるなら、娘が出発した後にでも個別にやれ」


 確かにこれ以上は、サージェント家の家庭問題ではあるし、ジェラルドが停学に加えて、ストライドと共に外政室で働かされるとなれば、悪口雑言の代償としての体裁は整っているように見える。


 ただ、これで尚更レアール家が名実共に筆頭侯爵家であると周囲には認識されてしまうだけに、煩わしさ倍増なのが、デューイには手に取るように窺える。


「……拒否権があるようには聞こえないな。両侯爵、言っておくが、私は詫びを受け入れたつもりはない。中央にいる限りは妥協が必要と思っているに過ぎない。割り切った上で〝弾除たまよけ〟として、遠慮なく利用させて貰う。苦情陳情も一切認めんから、そのつもりでいて貰いたい」


 そうでしょうねと、苦笑見せたのはストライドだ。


「現時点では、何と言われても仕方がないと思っていますよ。後は行動で示させて頂くのみ――ですね」


「こちらから何かを言えた立場にないのは承知している。私の知識や伝手つてで、使えるものがあるのなら存分に使って貰って構わない。此度こたびは本当にご迷惑をおかけした」


 サージェントも、そう言って再度頭を下げる。


 デューイは不機嫌な表情のままだが、それ以上何も言わなかったところを見ると、この辺りが落とし所だと、彼自身も理解はしているのだろう。


 そんな沈黙が不自然にならない内に、エイダルが会話の続きを拾った。


「サージェント、少し席を外せ。この後外遊に関しての最終の打ち合わせを行うが、陛下一行が出発し次第、即、手は貸して貰う。打ち合わせが終わるまでの間に、息子にも黙って従うよう言い聞かせておけ」


「……は」


 一瞬、サージェントも同席させるのかとキャロルは思ったが、よく考えれば、媚薬にしろリューゲやカーヴィアルの政治問題にしろ、ただの外遊と言えない繊細デリケートな話題が多すぎた。


 隣室にサージェントが消えるのを見計らったように、部屋の彼方此方あちらこちらから溜息が漏れる。


 何故こうなった――と、それぞれの表情が語っている。

 主にキャロルを見ながら。


「確かに早起きの理由が、ストライド侯爵夫人に頼まれて、ストライド侯とサージェント侯父子の話し合いの様子を探る事だと聞いてはいたけど……本当に、どこから、誰を、突っこんで良いやら」


 エーレはもう、苦笑いしか出て来ないと言う感じだった。


「最初はサージェント侯爵夫人とも会って、自分のように悩みを聞いてあげて貰えないか……っていう話だったの。その方が後々あとあと、レアール侯夫人と会うのにもきっと役に立つ、って。でも私はしばらく公国くにを離れるでしょう? そうしたら今日のあの時間、宮殿書庫へ行って、あわよくばサージェント侯夫人の憂いを察して欲しいって言う話になって。あの様子だとお坊ちゃんジェラルドは反抗期真っ只中、母親の血があって何故、父親は司書長止まり、お飾りの司法大臣なんだ……って、家でも相当ゴネていたのかな? 私が戻るのさえ、待てないって言う事は、ストライド家のに取り込まれて、本人、だいぶ危険な所まで落ちかかっているのかな? と。だから夫人に会う前でも、とりあえず何かあったら止めてくれって言う事かと思って――」


「――こうなった、と」


 返事の代わりに、キャロルの視線が、宙を泳ぐ。


「サージェント家の中がギクシャクしているとは、妻から聞いていたんです。ですが、いかんせん我が家も、母の事で身動きが取れなかった。そこに光をもたらして下さった貴女ならあるいは――と、妻も思ったのかも知れません。リューゲから来て、右も左も分からなかったであろう妻を、社交の場に馴染めるよう、教導して下さったのが、リュドミラ夫人です。何か手助けをしたいと思い詰めた末に、初対面の貴女を頼ってしまったのでしょう。本当に、何から何まで申し訳ない。ストライド家はもはや、貴女に足を向けて寝られなくなってしまった」


 キャロルを庇うように、周りに事情を説明しながら、ストライドが頭を下げる。

 いえいえ! と、キャロルは慌てて両手を振った。


「別に私はジェラルドの事を助けていませんしね? むしろ、親の地位やら血筋やら利用せずに、自力で這い上がって来い! って、崖下に蹴り落としたようなものですしね? 他所様よそさまの子供に、何してくれる! ってお説教くらっても可笑おかしくない話ですから」


「私が問答無用で地方に飛ばした我が異母弟おとうとやその周辺には、その機会すらない事を思えば、彼に関しては、妻とリュドミラ夫人の顔を立てて下さったんだなと思いますよ。ああ、失礼。それが不満と言う訳では、もちろんないんです。それだけ異母弟おとうと達の方が馬鹿だと言う事は分かりきっていますから。17歳なら、まだやり直せるかも知れないとも思われたんでしょう?」


 ストライドは馬鹿と言い切っているが――事実その通りではあったのだが――相手は仮にも異母弟だ。


 キャロルは一瞬どう答えるべきか躊躇をしてしまったが、実際、それはもう肯定と一緒だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る