5-9 父を説き伏せろ
キャロルが宰相室に足を踏み入れた瞬間を見計らったように、宰相書記官であるファヴィル・ソユーズに無言で手招きをされた。
「え、私ですか?」
何も考えず素直に歩み寄ったところ、両肩にポンと手を置かれて、クルリと身体を執務机のエイダルの方に向けさせられた。
「え?何ですか?……って、いったあっ⁉︎」
スパーン!と、丸められた書類がキャロルの頭を叩く、小気味良すぎるくらいの音が、響き渡った。
「おまえは斜め45度上から物事を進めるのが
「⁉︎」
宰相室にはデューイもエーレもまだ来ておらず、キャロルに続いて足を踏み入れていたストライドとサージェント父子が、ギョッとしたように目を見開いて足を急停止させていた。
「陛下には
「ああ、確かに今朝一番で『レアール侯爵夫人のために
冷徹宰相らしからぬ言動に面食らってはいたが、先に我に返ったストライドが慌ててエイダルを止めに入った。
「エ、エイダル宰相閣下!今回の事は、どれも全て我がストライド家の不始末に
「そんな事は分かっている! 問題なのは私が処理する事を前提としたやり方を
やった事ではなく、やり方の問題だと言うエイダルに、ストライドが言葉を続け損なった。
キャロルのやり方は、関連部署への
下手をすれば独善的に過ぎると非難されるところが、やっている事が最終的には
エイダルならば内容を全て理解した上で、先鋭的なところがあれば修正をかけるだろうと、確信犯でやっているのだから尚更。
実はキャロルの思考回路は、多分にカーヴィアルの皇太子兼宰相である、アデリシアに毒されているがために、どうしてもまず実行力のある「上」を説き伏せる為に先回りしがちなのだが、当人は無意識である。
エイダルとアデリシアが似た
「察するに、サージェント家にもストライド家の馬鹿どもに引き
苛立たしげにエイダルが話を打ち切るこの流れは、もはや定番と化しつつある。
キャロルとストライドが入口の扉に視線を投げると、ちょうど、国軍の訓練場から引き上げて来たエーレと、執務をいったん切り上げたデューイとが、部屋に入ってくるところだった。
「……何の話だ」
エイダルの声が少し聞こえたのか、デューイが入るなり眉を
「ああ、もう、何にせよ全員そこに立ちっぱなしはやめろ。サージェントと、隣りにいるのは息子か? 先触れなしの二人を除いて、とりあえず座れ」
「えっ、いや、私は――」
「エイダル宰相の仰る通りだ、キャロル室長殿。頭を下げなくてはならない趣旨から言っても、貴女はどうぞ陛下の隣に」
「……今はおいで、キャロル。そもそも室長職を請け負っている時点で、一歩
サージェントとエーレのダメ押しで、キャロルは渋々、エーレの隣りに腰を下ろす。
17歳のジェラルドにはピンとこなかったようだが、
「……ジェラルド。おまえは、護衛の方々と共に控えの間に」
「父上⁉︎」
「
悔しさを隠しきれないジェラルドに、呆れた視線をキャロルが向けた。
「……何か、私が陛下に貴方の罪が重くなるような告げ口をしそうとか、何で女の私が場に残って、自分は控えさせられるんだ……とか、感情ダダ漏れ。国政がそんな個人の感情で動いているとでも思っているのかな」
「くっ……」
「ジェラルド!」
もうそこまでだと言わんばかりに、サージェントはジェラルドの頭を掴むと、背後に控えていたイオにぐい、と押し付けた。
キャロルの無言の頷きを受けて、イオがジェラルドの左腕を掴むようにしながら、隣室に姿を消す。
「……私が早朝よりご
この場での最上位は、
頭を垂れるサージェントに、エーレは鷹揚に頷いて見せる。
「主旨は了解した。余程話が
レアール侯、とエーレが視線を向ければ、デューイは忌々しそうに顔を
相手が皇帝でなければ、舌打ちでもしそうな雰囲気だった。
「謝罪と簡単に仰るが、それは何に対しての謝罪か、サージェント侯。言っておくが、ストライド侯の二番煎じで〝誠意の証〟とやらを持って来られても、私は受け取らない。もはや大した
デューイの口調は厳しい上に、言っている事も至極真っ当だ。
サージェントは、先程ストライドが、お詫びの品は品として追加のインパクトが必要だと言った事に、内心で一人納得していた。
「
「――――」
「もちろん、
き使って貰って構わない」
ストライドからの『提案』を、サージェントなりに、噛み砕いてデューイに告げれば、明らかに前半部分にデューイが揺さぶられていた。
僅かに口元を緩めたストライドが、ダメ押しのように畳みかける。
「それとレアール侯、これは私とサージェント侯、共同の追加提案でもあるのですが、奥方殿が領地よりお越しの際は、私とサージェント侯の一族の者も、
「弾除け?」
「ええ。公都邸宅の完成までは〝迎賓館〟に、おいでのご予定でしょう?面倒な訪問客は、可能な限り我々で門前払いに致しますよ」
ほう……と、僅かに片眉を動かしたのは、エイダルだった。
確かに今の話は、絶妙にデューイの弱点を突いていると言える。
降嫁したとは言え、先代皇帝の妹と親しくなる事は、特にカレルが社交界で孤立する事を防ぐ最適な手段だ。
デューイ個人に対する〝誠意の証〟として、これ以上のモノはないくらいだ。
「……おまえも
一瞬だけ視線が天井をさまよったものの、デューイはすぐさま、不機嫌な表情のままキャロルを睨んだ。
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