4-10 ストライド侯爵邸別邸(8)

「そうですね。それもそうなのですが……キャロル嬢、それよりも少し前のお時間帯で、宮殿書庫に先にお立ち寄り頂く事は叶いますかしら?」


「宮殿書庫……ですか? ええ、まあ、外政室書庫とは扉一枚で繋がっていますから、可能と言えば、可能ですね」


「明日、宰相室でお集まりの時刻よりも、少し前に、夫とサージェント侯と、そのご子息様とが、そこで会う手筈になっているそうなのですけれど」


「……なるほど?」


「あっ、誤解なさらないで? ではない筈ですのよ。サージェント侯ご自身が、政治に関わるよりも読書がお好きな方ですから……恐らくは、あと半年程で成人される、ご子息様の紹介……と言った事かと思いますのよ?――ただ」


「……ただ?」


「どこか隅の方で一連のやりとりをご覧頂ければ、もしかしたら夫人に会わずとも、

私や夫、サージェント侯夫人の危惧を、お分かり頂けるのではないかと思いまして、不躾ながらこのようなお願いを」


 ……何だろう。何となく、想像がついたような。


 ジーンの表情を見ている内に、キャロルは、段々と内側の事情が見えてきた気がした。


「……分かりました、ジーン夫人」

「キャロル嬢」


「話の内容や、事と次第によっては割り込ませて頂く、あるいは反論させて頂くと言った失礼があるかも知れませんが、そちらは予めご了承くださいと、ストライド侯にお伝え頂けますか?」


「……ええ、それはもちろん」


 ジーンの一瞬の間を、キャロルは聞かなかった事にした。

 にこやかに、微笑んでおく。


「ここだけの話、も出るかも知れませんけどね?――私、結構スパルタなんですよ、これでも」


「……ふ」


 かすかに漏れた声に、キャロルが怪訝そうに首を傾ければ、いつの間にか、ジーンが横を向いて、扇で口元を隠しながら「ふふふ…」と、身体を震わせていた。


「明日、私もご一緒したいくらいですわ。キャロル嬢、お戻りになられましたら、またお茶会にお誘いしても宜しいかしら? ぜひ、最終的にどうなったかを教えて頂きたいですわ。それと……今後も、定期的にお会い出来ましたら、尚、嬉しいのですけれど」


「……宜しいんですか?自分で言うのも何ですけれど、割と殺伐とした話題が多くて、最新の流行とか、そう言った話はあまり――」


「あら、ドレスと宝石のお話だけで、何とかなるのは、10代の未婚の間だけでしてよ?夫の領地の事も知らない夫人など、その領地の未来は、先が知れてますわ」


「…………」


 至言だ、と、キャロルは思った。


 さすが商業国リューゲ出身、公国内でも有力な貴族家である、ストライド家の当主夫人だ。


「キャロル嬢は二十歳と伺ってますけど、既にご婚約もされていらっしゃいますし、ドレスと宝石についてでしたら、むしろ産地や縫製、監督者と領主貴族の立ち位置やなんかを学ばれる必要がありますでしょう? かえってその辺り、お役に立てると思いますけれど。それに私も――そう言った話が出来る女性は、まだ周りには少ないですし、殿方には、出しゃばっていると思われがちですし、一人でも同志は増やしたいですわ」


 しばらくの視線の交錯の後、表情にも言葉にも、嘘がなさそうだと察したキャロルが、柔らかな微笑を返した。


「これでも一応、まだ、あと1ヶ月程は19歳なんですよ。ただ、でも、ワイアードとリューゲに行って、帰って来たら、とっくに二十歳で、婚姻の儀も目の前になっているので……確かに、未婚の貴族令嬢のような話題は、お嬢様方に、お任せした方が良いかも知れませんね。ご助言アドバイス有難うございます、ジーン夫人。戻りましたら、もっと色々ご指南頂きたいです」


 ピクリと、ジーンの片眉が上がった。

 来月誕生日だと言う所で、扉際に立つ護衛が、僅かに顔色を変えたからだ。


 そう言えば、キャロル自身は、3ヶ月程前に、カーヴィアルから帰国したばかりだと聞いている。


「キャロル嬢、ひょっとして――」

「ジーン夫人?」


「……いえ。やはり、キャロル嬢とのお付き合いは、これから色々と面白くなりそうで楽しみですわ。恐らくこれで、カティア様の症状研究の出資の件も、目処メドが立ちます」


「えっ」

「……後は、商売上の秘密でしてよ」


 ――その後、帰り際にジーンがベオークに何やら耳打ちした事を、キャロルは知らない。


 公都ザーフィアに戻る馬車の中のキャロルは、カティアの症状について、同じもと・日本人としての知識を有するイオルグと母に、どのように伝えておくかに、既に頭の中が切り替わっており、公都社交界における、ジーン・ストライドのの凄まじさに気が付くのは、もう少したってからの事になる――。

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