4-11 お父様に叱られる

「……まさか、レクタードと二人で行っていたとは思わなかったぞ」


 ストライド家別邸から、日が暮れて間もない時刻に戻って来たキャロルは、ベオークに、デューイを〝迎賓館〟の方に呼んで欲しいと依頼をした。


 まだ仕事をしているだろうとは思ったが、カティア・ストライドの話をどこに〝耳〟があるか分からない、軍務大臣室では出来ないと思ったのだ。


 デューイは詳細を聞く前に〝迎賓館〟に戻っては来たものの、第一声はベオークと二人でストライド家別邸に行った事への苦言だった。


「その辺に遠乗りに行くのとは訳が違うんだぞ。いや、それにしてもだ。未婚の男女が二人で出かけるなどと、外聞が良い訳ないだろう。二人でも、盗賊程度ならあしらえるとか、そう言う問題じゃない」


 言わんとした事の機先を制され、グッ……と、キャロルが言葉に詰まる。


「幸い、今回はあまりにも自然に堂々と馬車が出たために、誰も邪推しなかったようだがな。だが本当に、たまたまだ。二度目があると思うな。もう少し自分の立場を自覚しないか。事実かどうかは重要ではない。タチの悪い噂話は、時には無実の者さえ破滅させる。話せば皆が理解し、納得するなどと、よもや思ってはいないだろうな。他ならぬお前が陛下の足を引っ張るつもりか」


「……っ」


「申し訳ありません、デューイ様! 自分が軽率で――」


 顔を歪めるキャロルを庇おうとベオークが声を上げたが、デューイはそれをも一刀両断した。


「そうだ、確かにレアール領内ならば、さして問題にはならん話だ。だが、ここは公都こうとだ。足を引っ張りたい人間が吐いて捨てる程いる。お前も名前と共に、そろそろ頭を切り替えろ――レクタード」


「……はっ!」


 大きく頭を垂れたベオークに、デューイは嘆息した。


「まぁ……どのみち陛下が無罪放免にするとは思えんから、私はこれ以上は控えておく。せいぜい明日、無事に出発出来る事を祈っておけ」


「⁉︎」


 目を瞠ったキャロルを、鈍いな……と言わんばかりに、デューイが眉を顰めた。


「お前まさか、陛下が全く嫉妬しないとでも思っているのか?」

「えっ、だって、レックに嫉妬とか――」


 隣で同じ様に頷いているベオークにも、呆れた視線をデューイが向ける。


「ラーソンの方が、よほど危機感があるな……相手がいるかどうかの差か……? ああ、分かった。分かるように断言しておいてやる。陛下にとっては、お前に話しかける自分以外の人間は、全て嫉妬と排斥の対象だ。良いか、全てだ。それをただ、人目と常識の名の下に押さえこんでいるだけだ。しかも、最近ほとんど押さえこめていないときてる。やましいとか、やましくないとかの話ですらないから、二人とも覚悟しておく事だな」


「…………」


 デューイは単に、自分自身が妻に対して抱いている感情をつまびらかにしているだけとも言えたが、イコール皇帝陛下エーレの感情として置き換えても、何ら差し支えはないと思っていた。


 当然、キャロル達も反論が出来ない。


「それで、私に何の話だ」


 下手に庇うつもりもないデューイも、それ以上叱責はしなかったが、微妙に娘の顔色が悪いのは、やや複雑な心境だった。


 独占欲をこじらせた男がどうなるかは……想像に難くない。


 赤の他人なら「ご愁傷様」で済むのだが。


「ストライド家別邸で、何かあったのか」


 重ねて問いかけたところで、ようやくキャロルが我に返った。


「ああ、はい、あの――先代侯爵夫人であるカティア様の事で――」


 ようやくポツポツと、キャロルが、カティア・ストライドの「病気」とリハビリのための、カレルによるフラワーアレンジメントについて話を始め、デューイはしばらく、盛大に顔を痙攣ひきつらせながら黙って耳を傾けていた。


「ストライド家別邸に、カレルをかくまう……と?」


「侯爵夫人の許可は頂きました。その上で効果の高い薬の研究開発の為に、ユーベルの出資者スポンサーも引き受けて貰います。私が不在の間、外政室の管理監督者代行もです。お父様の負担も減りますし何より母が、母らしく、いられるんじゃないかと」


「……っ」


 今度はデューイの方が、娘に追い込まれている。


 折角、公都ザーフィアで一緒に暮らせると思っているところへの「疎開話」は、衝撃も大きい。


 ましてストライド家別邸にいる方が「エイダル公爵の娘」騒動のになるのは確実なのだから、尚更だ。


 現在のストライド家ならば、情報統制も充分にとれており、別邸におけるカレル滞

在の話が、漏れる危険も少ないと思われた。


「逆にデュシェルは、しばらく母と離れて、対人能力を鍛えた方が良いかも知れません。今からエイダル公爵邸で仕込んで貰う、あるいはストライド家の本家で、10歳になる次期後継者と顔見知りになっておくのも、一つの手かと」


「……お前も意外に、弟に過酷シビアだな」


 と言うか、ストライド家の今回の不始末を、可能な限り利用しようとする思惑も透けて見える。


「母はこれまで苦労した分、お父様が好きなだけなされば良いと思いますけど、デュシェルは『これから』の子ですから。下手に甘やかしたら、ロクでもない子に育つ未来しか見えません。ここ数日見て来たお坊っちゃん達みたいに、自分の弟がなるのはイヤですしね」


「……まあ、な」


「別に、お父様を越える事までは要求しません。領民を背負う意識と、引き際を見極める意識とを、持ってくれれば良いかなと」


「……反論出来んな」


「母には、公都邸宅が完成して〝迎賓館〟を出なくちゃいけなくなった時点で、ストライド家別邸の方に避難して頂くのでも良いかも知れないですね。多分〝迎賓館〟の方が、アポなしの不審者は突撃しづらいでしょうし」


「…………」


 今度こそ、デューイは顔をしかめて黙りこんだ。


 恐らく特定の侯爵家と懇意になる、派閥を作ろうとしていると、見られる事は避けたいのだろう。


 もちろん、妻と離れたくないと言う思いも強く持ってはいるだろうが。

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