4-9 ストライド侯爵邸別邸(7)

「父くらいの執着心があっても大丈夫そうな、根性のある姫君がいらっしゃったら、いずれ弟にぜひご紹介下さい。間違いなく、弟の愛も粘着質になると思いますので」


「……期待しないで下さいませね」


 心からの偽らざる心境として、ジーンはそう答えた。


 皇帝陛下エーレよりは、もしかすると弱い執着心で済むかも知れないが、それでもハードルは、かなり高い。


「レアール侯夫人の当家別邸滞在の件も、ヤリスに話しておきますわね。カティア様の為になると分かれば、いなとは申しませんでしょう」


「有難うございます。今後とも

どうか宜しくおねがい致します」


「ふふ……〝隠れた交流〟とは、素敵な響きですわ。そう言う事でしたら、今度サージェント侯爵夫人とも、お会いになってみませんこと? あの方も……色々おありになった方ですから、何だか一度お会いになって頂いた方が良いように思いますわ。何より陛下の叔母君でもいらっしゃいますし」


「ああ、はい、それはぜひ。陛下が『降嫁した以上は自分の叔母ではなく、あくまでサージェント侯爵夫人として、接し方には気を付けて欲しい』と、仰っていたから……機会が掴めなくて」


 その途端、何とも言えない表情をジーンが見せた。


「びっくりするくらい、サージェント侯爵夫人とフェアラート公爵様って、仲が悪くていらっしゃったから、陛下ももう少し実の叔母君と交流されても良かったんでしょうけど……サージェント侯爵様のお立場を考慮されていらっしゃったんでしょうね。恐らくは、今も」


「あー……」


 フェアラート公爵。先代皇帝オルガノ陛下の実弟で、先月、亡くなった――キャロル達にとっては、諸悪の根源「皇弟おうてい殿下。


 彼と仲が悪かったのなら、確かに以前からエーレを支持していてもおかしくはない

のだが、夫であるサージェント侯爵が司法をつかさどる地位にいるのであれば、むしろ中立的立場にいなくてはならないと、サージェント家側も皇帝も考えたのだろう。


 叔母と甥であると言う事は、脇に置かれたに違いない。


「ですが〝隠れた交流〟でしたら問題ございませんでしょうし、ちょっと今、ご家族間でギクシャクしていらっしゃるようなので……他所様よそさまのご家庭の事とは言え、このまま放っておくとおおやけの場でも影響が出てきそうな気がして仕方がないものですから……ぜひその辺りのご意見を伺いたいですわ」


 陰に日向にストライド家を支えるジーンから見て、見過ごせない「何か」が今のサージェント侯爵家にはあると言う事だろう。


「それは……困りました」

「キャロル嬢?」


「お話からしますと早めにお会いした方が良いようには思いますが、明日にはワイアード辺境伯領とリューゲ自治領に向けて出発しないといけなくて……」


「……まあ」


 ジーンは、もしかするとリューゲだけでなくワイアードの方まで回るとは思っていなかったのかも知れない。


 通常、貴族が貴族の家を訪ねるのであれば、訪ねたい、あるいは招待したい意向を書いた手紙→可否の返信→正式な招待状の配布、と言った手順を経るのが作法であり、緊急性がなければ1週間後以降の日時が設定されるのが基本だ。


 門番は、招待状を持たない、あるいは食材や服飾関係者用の通行証持たない者は、家族や使用人以外、中に入れない事が普通。


 ちなみに今回は、ヤリス・ストライドがカーヴィアルのバレット家から予め指示を受けていた為に、キャロルさえ可と言えば、いつでも招待可能な流れが、事前に出来上がっていたと言う、特殊な機会レアケースだ。


 先触れのない、夜討ち朝駆けなどもってのほかだ。


「それは残念ですわ……さすがに今から帰りにお寄り頂く訳にもまいりませんし……」


「ええ……」


 心底残念そうな表情を浮かべたジーンだが、そこでふと何かを思い出したようだった。


「そう言えば明日の朝、夫が宰相室に呼ばれているようでしたけれど……キャロル嬢は、ご存じでいらっしゃいます?」


「え?……あ、そう言えば……出発から帰国までの予定と、不在中の公務その他に関しての最終確認をしてから出発――と言う事で、私も呼ばれていますね。母とカティア様の件も、そこでもう一度お願い出来そうですね」


 ほう、とジーンが息を吐き出す。

 いくら次期皇妃と言えど、先代夫人のセレナ妃や側室フレーテ妃は、ここまで国政の中枢に関わる事はなかった筈だ。


 いや、フレーテ妃は別の意味で国政を混乱の渦の中に陥れていたが、そうではなく、正面から皇帝を手助けするために動いている時点で、いかに彼女が規格外であるかを改めて突きつけられる。――それも、随所に彼女の優秀さを散りばめようとする皇帝エーレの無言の主張がそこに重なって、反論さえも困難な形で。


 だがジーンも、感心ばかりしている訳にはいかなかった。

 改めて顔を上げて――キャロルを見やった。

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