4-8 ストライド侯爵邸別邸(6)

「……それでしたら、今回の『誠意』の一環として、私と陛下の不在中、外政室業務の代行と言う名目で研究に手を貸して頂くのは如何でしょうか。はたから見ると、小娘が自分の不在分の穴埋めを、家の当主にやらせてる風にしか見えないでしょうから、中立性は保たれると思いますよ?」


「確かにそうでしょうけれど……それでは貴女が何を言われるか……」


「今更一つや二つ、聞こえる陰口が増えたところで……と言う感じなので、そこはご心配なく、と言うところですね」


「…………」


 真実を語れない自分達がやや後ろめたい事を除けば、キャロルの提案は、そう理

不尽なものではない。


 むしろ公国くにと陛下の為と判断すれば、悪役にでも回れる彼女の覚悟さえ、垣間かいま見える。


「……後ほど、夫に伝えますわね」


 ジーンの沈思黙考は、一瞬だった。

 伝えるイコール承知したと言う事で、間違いないだろう。

 ただ念の為、キャロルは保険をかけておく。


「外政室のラーソン男爵に、話は引き継いでおきますので、私の不在中は彼と話していただけますか。認知機能障害の、症状に関してだけなら彼も分かる筈ですので」


「まぁ……」


「私と、ラーソン男爵と、母だけがカティア様の症状を今は理解出来る筈です。母は今回の騒動が静まるまで、公都ザーフィアの父の所でかくまう事にはなったのですが――そうだ、よければあの温室で、母とカティア様で、何か作品を作ってみませんか。両手を使って、細かい作業を繰り返す事は、きっと良いリハビリになりますよ。母もカーヴィアル語は問題なく話せますし」


 デューイにはねられるだろうが、公都〝迎賓館〟に滞在するより、馬車で1時間の、この別邸でカティアとひっそり過ごさせて貰う方が、確実に、カレルの精神安定上、良い筈だ。


 人差し指で軽く頬を掻きながら、キャロルは正直に告げておく。


「……と、言いますか、エイダル公爵の話を聞いて間違いなくパニックになっているだろう母には、公都で達から逃げ回るよりも、こちらでカティア様と、他の貴族達に知られず、ひっそり、まったり、作品製作に携っていて貰いたい――と、言うのが本音です。私も安心して旅立てます。如何でしょう、ジーン夫人。難しいでしょうか」


「……レアール侯夫人は、あまり、社交界がお好きではない、と?」


 思わず、声と表情に出たのかも知れない。

 キャロルが、苦笑未満の表情を、僅かに閃かせた。


「そうですね…サロンでお花の教室を開くくらいなら、喜んでやると思いますが、そこに政治経済の話や、夫人同士の駆け引きを、差しこんだりは、出来ないでしょうね。他国から嫁いで来られたジーン夫人からすると、もしかしたら、甘えだと、思われるのかも知れませんが……」


「それは……」


「母は単に、花に携る仕事を続けながら私を育てていければ、それで充分幸せだと、本気で思っていたみたいですから……父からの求婚さえ、何度も、何年も、断っていたんですよ。私と弟に15歳の年齢差があるのは、そう言う事です。一夜ひとよの情け、思い出として生きていく筈が、10年以上、側室どころか愛妾すら置かずに、ひたすらに求められて、母の方が根負けしたんです」


 正確には、デューイとキャロルとロータスで根負けさせたのだが、そこは言わなくても良いだろう。


「だから父も私も、今以上の事は母には求めません。母のフラワーアレンジメントの腕は、充分に領地に還元が出来る筈ですし、当主夫人としての責務が云々と言っていた領地内の反対派貴族は、それで私が黙らせました。それよりも度を越した貴族達は、父が領地から追放しました。この先に関しても『皇妃の母』が求められる場など、まずないでしょうし……それで問題が生じたとしても、父と私で、また、何とかするつもりですよ」


「……貴女の方が……母親みたいに見えますわね……」

「ふふ。過保護ですか?」


 どこまでの場数を踏めば、こうなるのかと思う微笑み方だと、ジーンは思う。


「逆ですよ。母がカーヴィアルで独り、私を生んで育てようと決めた事までは、母の覚悟であり、明確なですから、私もどうこう言いません。ただ、ずっと隣にいて欲しいと望んだのは父で、そんな父の下へ、戻って欲しいと望んだのは私ですから、父や私のを押し付けた分、フォローくらいはしま

すよ」


 決してカレルの我儘ではない事は、強調しておきたいところだ。


 ジーンは、何とも言えない表情を浮かべている。


「それが……カティア様と、花飾作品フラワーアレンジ作りメントをな

さる話に繋がりますのね」


「相互利益のある話だと思ったのですが」

「そうですわね……」


 ジーン自身は、ヤリスの側にいる為に、社交界外交も含めた、全てを受け入れた。自分でそう決めて、その為の努力もした。恐らく目の前のこの少女も、皇帝陛下の為に、そうあらんとしている。


 ただカレル・レアールは、自分が職人肌であり、他の事は出来ないと判断したが為に、いったんは身を引こうとしていたのだろうが、夫と娘、双方がカレル自身に作品作りだけで充分に周囲を納得させられるだけの付加価値を付けて、侯爵夫人の座に乗せた。


 唯一無二の技術の結晶である、花飾フラワー作品アレンジメントは、それだけで領地を支える事が出来るからだ。


 リューゲで、トルソー家の領主と話をしても良いとキャロルが言うのも、恐らくは更なる箔付はくづけを目論んでの事だろう。


「私も、元は商業都市リューゲの人間ですから、社交界でドレスや宝石、食事の流行を競ったり語ったりするだけが、全てではないと理解は出来ますわ。同時に全ての貴族女性に、その論法が通じる訳ではない事も」


「そうですね。母自身の技術うでと、父の強すぎるがあって、初めて成り立つ事です。多分、私や弟の結婚観、夫婦観は、おかげで少し――いえ、だいぶ、歪んでいると思います」


「……かも、知れませんわね」


 ジーンが夫から聞くだけでも、皇帝陛下エーレ次期皇妃キャロルへの執着ぶりは、尋常ではない。並の神経では、精神的にまいってしまうのではないかと思う程に、重い。


 それを、あれこれ言いながらも正面から受け止めているあたり、愛情表現の基準が、10何年、カレルを諦めなかったデューイ・レアールにあるからに他ならない。


 姉がであるなら、まだ5歳とは言え、デュシェル・レアールの行く末も、少々心配だ。


 そう思った事が、表情にも出たのだろう。キャロルも、ふふ……と、微笑わらった。

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