4-5 ストライド侯爵邸別邸(3)
カティアの言葉自体を完全に理解しているのは、ジーンにも見てとれた。
『まあ……ふふ、そうね。私が本家でお目にかかっていた頃も、お庭でよく側仕えの方と手合わせをされていらっしゃったから、成長されてもさぞや活発でいらっしゃるのでしょうね』
だが時系列的に、会話が噛み合っていないと思われる部分があるにせよ、ジーンが知る限り、昨今ここまでカティアとの会話が成立した事はなかった。
自分達が知らない単語が複数ある点を差し引いても、だ。
本当に、キャロルにはカティアの「症状」に心当たりがあるのだろうと、この時ジーンは確信した。
『貴女が、お若いうちからカーヴィアルにいらっしゃったと言うのは……やはり、エイダル公爵様のお血筋でいらっしゃるところに、ご関係が?』
『……っ』
こてん、と少女のように可愛らしく首を傾げたカティアの口から放たれる爆弾発言に、キャロルが弾かれたように顔を上げた。
『ご……存じで……』
『本来、
『なるほど……』
カティアの言う「旦那様」様は、既に追放されている先代当主、そして「お義父様」は、既に亡くなっている先々代当主の事だろう。
――間違いなく、先代侯爵夫人カティアの記憶は、現在に近付けば近付く程欠落している。
病気と言うよりは、加齢からくる
それは、そんな概念はまだないだろうし、原因不明とされてしまうのも当たり前だ。
そして秘された〝皇帝の箱庭〟を管理するストライド家先々代当主なら、当時の皇帝はアズワン帝であっただろうし、エイダルとナタリー
先代当主が頼りないと判断した先々代が、その妻にも知識を授けたようだが、
思わぬ事を聞かされたキャロルは、動揺を静めようと、軽く深呼吸した。
『お察しの通りです、カティア様。私は、
ストライド家先々代当主から頼られる程だ、元は頭の回転の早い女性だった筈――。
探るように、キャロルがカティアを伺えば、カティアは分かっていると言うように、口元に微笑を浮かべた。
『
『ありがとうございます、カティア様。心からの感謝を』
カティアの中では、30年以上前の飢饉はつい最近の事であり、カティアの言う「陛下」は、先帝オルガノだ。
それさえ理解していれば、会話を成り立たせる事は可能だと、キャロルは気が付いた。
『私は近いうちに、
『まあ、そうですの! 道理で〝皇帝の箱庭〟の事もご存知なのね……ええ、もちろん、喜んで! カーヴィアルにいらっしゃった頃は、ご苦労をされておいでのところもあったやも知れませんが、陛下は、
せになって下さいませ。私も、こうしてカーヴィアルの言葉で忌憚なく話せるのは、とても嬉しく思っておりますの。本当に、ぜひまた、いらして下さいね』
本来、カティアの時系列ではエーレはまだ生まれてもいないのだが、恐らくその辺りの整合性は、もうとれていないだろう。
キャロルは、ジーンに僅かに目配せをすると、屈託のない笑みを浮かべるカティアの元を、自らは騎士礼と共に辞した。
『気を付けて
それが決して、先月即位したばかりの「アルバート陛下」の事ではないと――ジーンもさすがに理解をしたのだった。
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