第4章 二つの箱庭
4-1 ドレスは奥深い
結局、リーアムが衣装部屋から運んできたのは絹織物の一種で、タフタ生地と言う、丈夫なのに薄い、リーアム曰く「軽くて動きやすい、まさにキャロル様向け」の素材で出来た、Aラインのロングドレスだった。
ハイウエストぎみの上半身は、首回りと五分袖の先を
「本日はストライド侯爵夫人と、先代侯爵夫人にのみ、お会いになるとの事ですので、ややカジュアルに、ストールをご用意致しました。前回の夜会ほどエーレ様のお色も強調してございませんし、パニエも細身の物をご用意しております」
いや、ドレスの
せめてと、もう一つの疑問を口にしてみる。
「私としては、シンプルな方が有難いんだけど、ストライド侯爵家に対して、失礼だったりは、しないかな?
凝り過ぎると、それはそれで下品と言う事もあるのだが、その辺りの匙加減は、キャロルもまだ、よく分からない。
「ええ。分かる方がご覧になれば、
「……なるほど」
興味がなくとも知識は持てと、
ドレス1枚でも、貴族間での付き合い方が左右されるのか、と。
「未婚のお嬢様は通常、広めのパニエとコルセットで、細身を強調なさったり、ドレス自体のデザインや素材を競ったりと、殿方のご興味を引く為に、色々と自己主張をなさいますし、それが、お相手がいらっしゃらない事を示してもいますが、キャロル様は既に婚姻の儀の日取りまで決まっておりますから、むしろシンプルで宜しいのですよ。外遊先で、陛下にアピールされようとするご令嬢などいらっしゃっても、かえって良い牽制になります」
「…………」
――ドレス、奥深すぎる。
「社交界も、ある意味戦場でございますから」
ニッコリ微笑むリーアムを、キャロルはちょっと拝みたくなった。
「キャロル様、そろそろ……」
扉がノックされ、中が見えない程度に開いた扉から、元専属護衛、現在は国軍所属のべオーク・レクタードの声が聞こえる。
「どうぞ、お入り下さい。レクタード
ドレスにポニーテールは流石に似合わないと、髪もあっと言う間にハーフアップに仕上げるリーアムは、
「え、レックが送ってくれるの?国軍大丈夫?」
入ってきたべオークを、キャロルが振り返れば、銀髪のイオとは対照的な、短めの金髪が、視界を彩る。
彼をただ一人「エル」と呼ぶ、イオに理由を聞いたところ、最初に名前を聞いた時に、白樺が特産の村出身と聞き、ルーン文字〝BEORC〟が頭に浮かんだから、スペルからとった――と言う事らしかった。
ただ、ベオーク本人的にはどうもピンと来ないらしく、叙爵の際にキャロルには違う呼び方を――とのリクエストがあり、こちらはレックとなった経緯があった。
エオとイオは、紛らわしい。だが、流石に〝オーク〟は、ラノベを一冊でも読んだ事がある、元日本人には無理だ――と、キャロルが悩んでいたら、
「最近、イオばかりキャロル様のお側にいる気がすると、将軍にちょっとゴネさせて頂きました――と言うのはまぁ冗談で、明日からの外遊、俺とルスラン様が同行、将軍とイオが残る事に決まったので、その報告と、準備の手伝いも兼ねて来ました。国軍の方は、もう今日から離れても良いとも言われているので、問題ないですよ」
キャロルのエスコート嫌いを知っているべオークは、ドアを大きく開けて、キャロルを通しはするものの、さっと、キャロルの前を先導するように、歩き始める。
リーアムがやや不満げな表情を見せたものの、そこはキャロルもべオークも、全力で見なかった事にした。
「……何で今朝、イオがいつにも増して毒舌全開だったのか、ちょっと納得した。多分絶対、八つ当たりされた」
「……アイツ、本当に〝
べオークがヒューバートから聞いたのは今朝方早々だが、ルスランは恐らく、夜中の警護中にイオに話している筈だ。
「ルスランが買ってるとか……手放しで喜んで良いのかな……」
違う方向に成長しそうな気がする。
飲み込んだキャロルの言葉は、しっかりべオークにも届いていた。
「……いざとなったら、俺がちゃんと常識的なところで止めておきます」
「……うん、お願いね」
べオークはべオークで、随分と身体が引き締まって筋肉がついてきている。
こちらは良い形でヒューバートに鍛えられているのだろう。
二人がそんな会話を交わしながら〝迎賓館〟の玄関前、車寄せに留めてあったレアール侯爵家の馬車に近付く。
「行き先はストライド侯爵家の別邸――で、お間違えなかったですか?」
ここはさすがに周りの目もあり、馬車の前で差し出された、べオークの手に、キャロルもそっと、手を乗せる。
「ええ、宜しく」
馬車に乗り込むキャロルを見届けたべオークは、そのまま前に回ると、馭者席にまたがり、二頭立ての馬車の手綱を取って、ストライド侯爵邸別邸に向けて出発した。
誰も次期皇妃が乗っているとは思わない程の、それは身軽さで、二人共に腕っぷし
に自信があったからこその所業とも言えたが、後から「誘拐だの、駆け落ちだの思われたら、どうするつもりだったんだ」と、多方面からの叱責を受ける羽目になるとは、この時は、思ってもいなかったのだった。
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