3-7 一途な父

「そうじゃない! いや、それも確かにやりかねないんだが……! 実際にをやられると、お前とデュシェルとの不仲や、デュシェルを皇帝にしたいがために公爵に後見をさせるつもりだ、などと言ったいらぬ噂に拍車をかける訳でだな……っ」


 慌てるデューイを、まぁまぁと、キャロルが宥める。


「お父様、とりあえずストライド侯爵に、奥様やご母堂――先代侯爵夫人との顔つなぎを依頼されては如何ですか。お二人とも元は他国の方ですから、社交界のアレコレは色々経験してきていらっしゃるでしょうし。特に先代夫人はカーヴィアルご出身みたいですし、母も多少は安心出来て、エイダル公爵邸に移るとか言った話は有耶無耶になるかも」


「それは……しかし顔つなぎが必要なのは、おまえもだろう」


「ええ。ですからお父様経由での侯爵の許可を頂けるなら、お二人には私から直接お願いをします。ドレスの話と情報収集を兼ねて、出発前に一度お会いする事にはなっていますから。ストライド侯爵からも、ともかく一度会って欲しいと言われていましたので」


 ストライド侯爵の名が出たところで、デューイがやや、冷静さを取り戻したようだった。


「……ヤリス・ストライド、か」

「お父様?」


「カレルの事は、そうしてやってくれれば私も助かる。同性の知り合いとて、少しでもいた方が良い。ただ分かっているとは思うが、当主ヤリスに無条件で信は置くな。利がある内は良いが、あれでも先代を、コトが大きくなる前にミュールディヒの派閥から引き剥がして、隠居させた程の手腕は持つ男だからな」


 ストライドむこうも、デューイに言われたくはないだろうと思うが、そこはキャロルは、懸命にも口を閉ざした。


「承知しているつもりです」


「ならばそこはお前に委ねる。本当なら、カレルにはそう言った事とは一切無縁に過ごさせてやりたかったんだがな……」


さらなければ、そのお気持ちはちゃんと母に伝わると思います」


 軽く皮肉るキャロルに、ハハッ……とデューイは笑って、その皮肉を綺麗に打ち返した。


「そうか。良く分かった。私もせっかくなら、軍の連中が言っていたところの『娘の結婚にゴネる物分かりの悪い父親』役とやらをやってみたかったんだが……そう言う事なら、カレルを迎えに行かねばならん。その役は少し難しそうだな。面白そうだったのに残念だ」


「あの……お父様? ヒュー達から、何を言われて――」


「気にするな、ただの雑談だ。そう言った好意的なはなしから、そうでない噂も含めて、お前も周りからアレコレ言われるかも知れんが、冗談にしろ讒言ざんげんにしろ、それらは全て聞き流してしまえ。あまり言いたくはないが、陛下のを誰よりも理解出来るのは、恐らく私だ。その私が、陛下に限っては目移りも飽きも、この先一生来ないと断言してやる。胸を張って隣に立っていれば良い」


「お父様……」


「恐らくは外交的に側室を入れた方が良いと、10人中10人が、お前までもがそう進言する日が来たとしても、首を縦には振らないぞ。それくらいで揺らぐ公国くになら潰れてしまえと言い放つのがオチだ。それも断言出来る」


 キャロルをカレルに、公国を侯爵領に置き換えれば、それはかつてデューイが言い放った台詞セリフそのままになる。


 だからこそ、エイダルが本気で公国くにを潰しにかかってくるなら、エーレからキャロルを引き剥がすだけで、事は済んだとデューイは言うのだ。


 ジワジワと皇統をせばめては来たが、先代オルガノ当代エーレも、先々アズワン帝の資質を受け継がなかった――むしろ上に立つ者として及第点以上である為に、を刺せずにいる、と見るのが最もしっくりくる。


 兄・アズワン帝に恨みがあろうとも、無辜むこの民まで巻き込もうとは、エイダルも思っていまい。


 まして、自分とナタリー妃の血を継ぐ子がいたとなれば――恐らくエイダルは今、大変な葛藤の中にいる。


「いいか、キャロル。自分の立ち位置を、絶対に軽視するな。同じナタリー妃の血を引くと言っても、カレルやデュシェルへの責任は、私に帰す。仮に何かあっても、レアール家が潰される程度で済む。私もその時は、自業自得と腹もくくれる。だがお前は違う。お前はアズワン帝の血を引く皇族の配偶者になる。お前に何かあれば、エイダル公爵はナタリー妃を事になる

んだ。その時はどうなるかなど、語るべくもないのは分かるな」


 答えられないキャロルの瞳には、理解と驚愕が、それぞれ渦巻いている。


「本当は、設定だなどとうそぶいていられない事くらいは、あの公爵オヤジも分かっているとは思うが……私が言っても聞きやしないだろうし、積極的にそれを改善しようとも思わん。互いに、知らなかったでは済まない程の事をやっているからな。だからただ全力で、カレルを守るだけだ。悪いがそれ以上を期待するな」


 エイダルがカレルを見下して暴言を吐いた事も、デューイがその私情から、自領の管理のみを徹底して、国政との折り合いを一切付けずにきた結果、叛逆や独立を噂される程、中央ザーフィアのエイダルを悩ませていた事も事実だ。


 そしてもはや、それらは覆らない。


 出来る事は、カレルを守る事であり、そこには口出しをしない事……それが、お互いへの贖罪なのだろう。


 流れた20年に、口出しをする権利はキャロルにはない。


 ――ナタリー妃を、亡くなって尚、ルフトヴェーク皇家おうけが踏みにじるような真似をしてはならない。


 ナタリー妃の血を引く継嗣が命を落とすとは、そう言う事だ。


 それは、キャロル自身の身の安全について念押しをされるよりも、余程納得のいく話だ。


 デューイが冷酷だなどとは思わない。

 それは、エーレと共にキャロルが留意していくべき事で間違いないのだから。


「私は……陛下の側を離れるつもりはありません。納得して、彼の手を取りました。欲を言えば、普通に街中を、手を繋いでデートするところから始めてみたかったとか、そう言うはありますけど……あ、お父様はした事あります? デートって、意外に世の女性達の憧れなんですよ?」


「……っ」


 廊下で、誰かが派手に何かを蹴飛ばすか、ぶつかるかした物音が聞こえたのは、気のせいだろうか。


 目の前で、デューイが紅茶を喉に詰まらせて、激しく咳きこんだため、確信が持てなかったのだが。


「……デューイ様は、共にどこかにお出かけになると言うよりは、ひたすらに、ご自身がセレクトされた物のプレゼント攻勢でしたよ」


 紅茶の替えを用意しながら、生温かい目でそんな事を言ったのはロータスだ。


「あ、じゃあ絶対、お迎えの帰り道でカフェデートや、ショッピングをお勧めします。ちょっとの間だけでいいから、2人きりで。いきなりエイダル公爵の娘扱いされる事への驚きとか重圧とかも、確実に軽減されます。手を繋いだりなんかすれば、もう完璧ですね」


「……それは単に、お前の憧れじゃないのか」


「否定はしませんけど。カーヴィアルにいた時は、帝都メレディスで新しいカフェが出来たって聞けば、私の休みの度に行きたがってましたから、母も普通に好きな筈ですよ?」


「……そうか」


 思いがけず真面目に考えこむデューイに、キャロルは小声で「ロータス、リサーチお願いね」と、囁いた。


「お父様。この後〝綵雲別邸〟の方で、陛下がリーアム・メイフェス侍女長にも、当時の事で知っている事があるのか確認するとの事だったんですが……いらっしゃいますか」


「侍女長? 侍女長と言えど、年齢的に当時の関係者とは思えないが……」

「はい。直接ではないかも知れません。ただ何かは知っているようだと――陛下が」


 ふむ……と、一瞬考える表情を見せたデューイだったが、やがて「いや、止めておこう」と、首を横に振った。


「後で内容だけロータスにでも言付けてくれれば良い。それまでカレル宛の手紙を書いていれば、ちょうどその話も差し込んで、送れるだろう」


「あぁ、なるほど。一緒に聞いているよりその方が効率的ですね」

「…………」


 どう考えても、を考えれば、邪魔者でしかないだろう――とは、デューイもロータスも、言わずにおいた。

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