3-6 弟が重要人物になりそうです

「ともかくも、設定だろうと真実だろうと、この話は近々、大臣達以外にもおおやけになる。そうなれば公都こうとの高位貴族達から、あっという間に地方に知れ渡って行くだろう。結果的に今、カレルとデュシェルが公都ザーフィアにいなくて良かったのかも知れないな」


 そう息をつくデューイに、ようやく心理的動揺から立ち直ったキャロルが、小首を傾げた。


「お父様……逆じゃないですか?」

「逆?」


「今、ディレクトアのスフェノス公爵家が、どんな立場にあるのか分かりませんけど……もし〝幻の宝石クロムスフェーン〟の瞳を持つ後継者が本家に生まれていないとなれば、間違いなく噂の真偽を確かめに来ますよ? 公式だったらまだ対処のしようもあるでしょうけど、問答無用で刺客を送られない保証もないですよ?

公都ザーフィアに来たら来たで、てのひら返しで貴族達が押しかけてくるとは思いますけど、そっちの方がまだ、対処ラクじゃないですか?」


「――――」


 ルフトヴェーク公国内の事にばかり目を向けていたデューイは、思いがけない事を言われ、目をみはった。


「あと、真実を知らせるかを知らせるかは別にしても、周りから余計な事、間違った事を吹きこまれない為に、ハヤブサ飛ばすなり何なり、お父様の直筆で今の状況を知らせた方が良いです。その後、途中の街まで迎えに行って、合流して戻って来るのが最善だと思います」


 恐らくその頃には、公都こうとレアール邸も完成している筈だ。


 何も知らせないイコールその身を守る事ではない。

 何も知らないが故に、誤った情報を真実と思い込んでしまう危険がある。

 この期に及んで、それは致命的だ。


 立ち上がったキャロルは、目をみはったままのデューイに深々と頭を下げた。


「私は、一両日中にはワイアード辺境伯領に発たなければならないので、この件に関して、後はお父様に一任せざるを得ません。最後どのような決断を下されようと、私はお父様を支持します。どうか2人の事、宜しくお願いします」


「キャロル……」

「キャロル様……」


「ふふっ……私の帰国が遅れたら、全てを投げ打って、家族で侯爵領に戻るって言う選択肢が取りにくくなりましたね」


 やや茶化すようにキャロルが微笑わらえば、深刻さを軽減したいキャロルの意を汲んだデューイも、口の端に笑みを浮かべた。


「ああ、まったくだ。に外堀を埋められたな」


「そこは義父上ちちうえじゃないんですか、お父様」


「呼びたくもないし、公爵むこうとて呼ばれたくもないだろう。だいいち、今更私がそんな風に擦り寄ってみろ。デュシェルを皇帝にしたいのかと、周囲に誤解されかねん。息子に〝エイダル〟の家名など継がせてたまるか。実際にそんな話が出た日には、カレルの方が卒倒するだろうよ」


「……ですねぇ」


「確かにそう言う意味では、カレルにあらぬ事を吹き込むやからがいないか目を配る必要はあるな。息子デュシェルを皇帝に、などと言う世迷言に惑わされる事はあり得ないにしろ、何を言われるか分かったものではない」


「お父様。真実にしろ設定にしろ、情報のシャットアウトだけはダメですよ?この前私の所クーディアまで逃がされたのと同じ様な事をしたら、間違いなくですよ?」


「⁉︎」


 ギョッとなったのはデューイ一人で、隣に立つ執事長ロータスも、大きく、何度も頷いていた。


「……気を付けよう」


 デューイは若干不本意そうだが、自業自得なのは自覚がある為か、それ以上は抗弁をしなかった。


「キャロル。どうせ〝綵雲さいうん別邸〟に戻るんだろう。陛下に『我が息子デュシェルはあくまでレアール家を継ぐ者であり、反皇帝派の御輿みこしの上に乗せるつもりは微塵もない』とお伝えしてくれ。私見だが『エイダル公爵にもそのつもりは全くないだろう』とも」


「御輿?……あ⁉︎」


 志帆カレルへの不安と心配が先に立ち、すっぽり頭から抜け落ちていたが、先々アズワン帝の弟であるリヒャルト・ブルーノ・エイダル公爵と、現ディレクトア国王の従姉妹いとこであったナタリー・スフェノス元公女の血を引く男子――皇位継承権問題。


「デュシェル、一夜にしてになるんだ……」


 遠くには、ディレクトアの王位継承権や、スフェノス公爵家の継承権、更に現在、極端に皇族が少ない、ルフトヴェーク公国の皇位継承権まで、デュシェルは一気に背負う事になる。


 もちろん実父であるデューイは、余程の問題がなければ元々の予定のままにレアール侯爵家を継がせるつもりでいるのだろうし、実際にそれを明言してはいるが。


 では、エイダルは……?


 キャロルの不安を見透かすように、デューイが微笑わらう。


「自分の目が黒いうちに本気で復讐したいと願うなら、まだ5歳で器量の分からんデュシェルをするより、陛下からお前を引きがす。少なくとも私ならそうする。公私どちらから見ても、陛下にとってのお前は、強みであり弱点であり……逆鱗だ。お前さえ引き剥がせば、陛下は一人で立っていられなくなり、恐らくあっという間に公国くには滅びる――引くな、聞け。あの公爵オヤジは、国政の運営に関しては誰よりも厳格だ。お前や陛下よりも、デュシェルの器量が上回ると確信しない限りは、絶対に、デュシェルと言う名の御輿はかつがない。以前に公爵邸でも言っていただろう。デュシェルに教育はするが、それは中央に出る為のものではない、と」


 中年太りとは無縁で、エーレが年齢を重ねたかのような、ロマンスグレーの瀟洒しょうしゃな公爵をオヤジ呼ばわりは、果てしない違和感を感じるのだが、日記の存在が明らかになって以降『偏屈独身公爵クソオヤジ』と、悪態をつきにくくなったデューイの、精一杯の妥協なのかも知れないと、キャロルは思った。


 誰よりも反発してきたが故に、恐らくデューイは、誰よりもエイダルの実力を理解している。


 そのデューイから見れば、レアール領の邸宅で、志帆カレルと共に、のびのび育ってきたデュシェルは、使用人、果ては領民にも愛される『良い当主』となる可能性は高いが、恐らくはそこまでだと、言う気がしてならなかった。


 当主以上の器にはなり得ないのではないか――そう思えて仕方がないのだが、むしろそれは、デューイには本望だとも言えた。


「そう……でしたね、お父様」


「キャロル。お前には、他国とは言え宮廷近衛の経験があり、いざとなってもこの先

はアルバート陛下がお前を守るだろう。まあ、そうでないと私も困る訳だが」


 後半、やや忌々しそうに聞こえたのは、気のせいではないだろう。


「デュシェルも、いずれ侯爵家を継ぐ者として、この先はある程度、自分であしらう事を覚えて貰わねばならん」


「ああ、はい、そうですね。そこは私も出来る限り手を貸します。姉弟不仲説が流れでもしたら、火に油ですし」


「ああ。それで……だな。私自身はカレルを守る事に、この先は注力したいと思っていて……いや決して、お前やデュシェルをないがしろにするとか、そう言う話ではないんだが……カレルは社交界の経験がほぼない訳だから……フォローを、だな……」


 突然歯切れが悪くなったデューイに、キャロルがふと飲みかけの紅茶から顔を上げると、デューイは珍しく、バツが悪そうに明後日の方向に顔を逸らしていた。


 ――本当に、この父親ひとはブレない。


「大丈夫ですお父様。むしろ安心して、この後出発出来ます」

「キャロル……」


「私も、15年会っていなかったからと言って、お父様に含むところがあるとか、そう言う事はありませんし……母を大切にして下さるほうが、むしろ嬉しいです。大分だいぶ、母も波乱万丈な人みたいですから――幸せになって貰えたら、それで」


「………そうか」


 もう一度何かを噛みしめるように「そうか」……と、デューイは呟いた。


「キャロル。私はカレルには『設定』として、お前の後ろ盾を強化する為の措置として、今回の事は話す。も、そう言い張っている事だしな。ただし、実は『真実』なのでは? と聞かれても、否定も肯定もしない。現状維持で良いと思うか、公爵を問い詰めたいと思うかはカレルに委ね、私はそれを支える。今更エイダル公爵家に入るなどと言われれば、流石にそこは全力で拒否するが、それは許せ」


「ああ……デュシェル連れて『せめてこの先少しの間だけでも、デュシェルのお祖父じい様として、一緒に』とか言い出して、新しい公都邸宅じゃなく、エイダル公爵の公都邸に居つくとか、でやりそうですよね」


「………っ」


 確かに……と真顔でロータスも呟き、デューイが思わず頭を抱えた。

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