3-5 真実は語られず

「……だから公爵は、あくまでお前キャロルの皇妃としての立場を底上げしたいが為の『設定』であって、実際のそれは『真実』ではないと、少なくともお前やカレルには思わせておきたいんだろう。お前やカレルがそうやって動揺するのが分かっていただろうし、今更お前に皇妃となる事を辞退されても困るからだ」


「デューイ様、ですが……」


「分かっている、ロータス。今にして思えば、ローレンス夫妻が私に、家を出たカレルの行き先や近況を一切告げなかったのも、その遺言があったからだろう。そしてキャロルを、よりによって皇妃にするなどとは、遺言に反する事この上ないとも、一見いっけん取れる。だが私が言うのも何なんだが……いや、私だからこそ、か。陛下のキャロルへの度は、こちらが引く程に凄まじい。手に入れる事で満足してしまうような、一時的な欲求ではありえない程、本気だ。キャロルがを拒否しないと言うのなら、貴族と言うしがらみがあったとしても、女性としての幸せは、保証されたも同然――も、そう考えているんだろうよ。決して遺言に反する事ではないし、むしろ今更キャロルを引き離せば、今度は大甥の方が壊れてしまいかねない、とな」


 思わず涙も引っこむような恥ずかしい事を、真顔でデューイは口にしている。


「キャロル。仮にこの話が『真実』だったとしたら、祖母ナタリーを死に追いやった皇家おうけを恨むか。陛下との婚約は、なかった事にしたいと思うか」


「私は……っ!」


 キャロルは思わず、音を立てて立ち上がっていた。

 デューイは軽く片手を上げて、それを制する。


「ああ、いい、分かった。がお前の答えなんだろう。なら私は何も言わん。私はカレルにどこまで伝えるかだけを考える」


「お父様……」


 日記の内容と経緯は分かったが、そもそも、他の5人の大臣は、その話に納得したのか。


 そんな内心も表情に表れていたのか、デューイは、再度腰を下ろしたキャロルが、口を開く前に、言葉を続けた。


「5人には、ナタリー妃の血を引く娘が生まれた事を隠し通す為に、侍女からの相談を受けたレアール前侯爵夫人が、自らの使用人であり、子供のいなかったローレンス夫妻に、実子として迎えるよう声をかけた――と、説明していたな。そんな殊勝な為人ひととなりではなかったと記憶している者もいない上に、そもそも日頃、積極的に宰相と対立しているような、気骨のある大臣などいないからな。むしろ衝撃の方が大きすぎて、言葉も出ないヤツがほとんどだった。さすがに司法大臣は、日記一冊では、証拠として弱いと、嫌味でなく、当然の事を言っていたが……それも、もう一つの根拠を公爵が口にする事で、納得させた。私も嘘をついたところで、ほとんど時間稼ぎにもならんと分かっていたから、公爵の発言を認めた。カレルなりデュシェルなりを見れば、遅かれ早かれ分かる事でもあるからな」


「……何か、ナタリー妃の血筋を示すような身体的特徴が?」


 キャロルがデューイ似、弟・デュシェルがカレル似である事は、10人中10人が、指摘しうるくらいに、歴然としている。


 デューイは頷いて、己の目を指差した。


「ナタリー妃の生家であるスフェノス家は、代々、深いオリーブグリーンの中に、角度によっては、炎のような閃光が見える〝幻の宝石クロムスフェーン〟と呼ばれる瞳の色を受け継いでいるそうだ。もちろん全員がそうと言う訳ではないが、持つ者が、持たざる者よりも権威を持つ事は確かだ」


 あ……と、キャロルとロータスが、ほぼ同時に声をあげる。


 カレルもデュシェルも――同じ瞳の色を、持っている。


「もはや、誰も、何も言えんと言う訳だ。事がおおやけになれば、今不満をくすぶらせている連中とてもう、ぐうの音も出ないだろう」


「……陛下……は」


「公爵がカレルを正式に自分の娘としたい旨奏上する事は、予め聞かされていたにせよ、日記の内容自体はその場で初めて知ったんだろう――絶句していた」


 思わず「エーレ……」と呟いたキャロルには、愕然と立ち竦む、当代皇帝の姿が見えるようだった。


「謁見が終わって、私以外の5人の大臣が会場を後にしたタイミングで、陛下は公爵に聞いた。――『自分のこの血筋は、方が良いのか』と。陛下は、公爵がアズワン帝に連なる全ての血筋を潰したいと思って

いても仕方がないと考えたんだろうな」


「それは……はい。恐らく先代オルガノ陛下は、その意図を察した時点で、二人の王子以外に子をす事をめ、陛下エーレのお妃問題も意図的に放置されたんじゃないかと言ってましたから」


 前後の皇帝の個性が強く、一見すると、凡庸と評されがちだったオルガノだが、実際は、とても思慮深く、皇帝の責務を充分に理解していた皇帝だった。


 ミュールディヒ家の台頭は、倒れさえしなければ、もう少し押さえられていただろう。


 エイダルはもしかすると、オルガノに余計な気苦労を負わせたのは自分だと思っていたのかも知れなかった。


「負の遺産だな……全く」


 エイダルを憎み抜いた、アズワン帝の負の遺産だ。


「お父様……公爵は、陛下の問いかけに、何と?」


 何気なく問いかけた、キャロルに――初めて、デューイの表情が和らいだ。


 むしろ、何とも言えない表情……と言った方が良かったかも知れない。


「……〝そう言う台詞セリフは、先月の雪の夜に、わた爵邸しのやしきからあの娘を前に言って貰いたかったな。今となっては手遅れかも知れんだろうが〟――ほとんど捨てゼリフだったな。あの調子だと、陛下が赤面したのは見ていなかっただろう。勿体ない」


「……っ⁉」


 もちろん、赤面したのはエーレだけではなく――もう一方の当事者キャロルも、同様だった。

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