3-4 侍女の日記
「宰相としての側面しか知らなければ、今回の事は到底
「お父様、それは……」
デューイはやや苦い表情で、キャロルやロータスの視線を避けるように、窓の外を見やった。
「即位式典の直前、エイダル公爵宛に一冊の日記が送られてきたそうだ。日記の
……やはり即位式典前の、公爵邸滞在中、途中からエイダルの態度が微妙に変わっていたのは気のせいではなかったのだろう。
真実、エイダルの手元には侍女の日記が届いたのだ。
「輿入れ直後の謁見で、ナタリー妃に一目惚れしたのか、自分よりも優秀とされる弟に
「…………」
「この直後から、公爵は一度
明らかにデューイは、自分が引きこもり呼ばわりされた事に、含みがある話し方をしているが、今はそれを気にしている場合ではない。
もはや
先代オルガノ帝が先々代アズワン帝に似なかった事は、不幸中の幸いと言うより他なかった。
「だがナタリー妃も、大人しく頷いた訳ではなかったらしい。最初の一週間は『月のモノ』を楯に皇帝の
「なっ……⁉︎」
「ひと月もすれば、皇帝は自分に見向きもしなくなる。それ以上は、皇妃や側室からの、皇帝への風当たりもキツくなってくるだろうから、と言うのがナタリー妃の読みだったらしい。それで『役立たずの側室』と
一週間近い絶食の後は、亡くなった侍女が、エイダル家伝承のスープを、こっそりと作って差し入れる事で、しのいでいたらしい。
「ナタリー妃も……エイダル公爵を、政略じゃなく愛してらしたんですね……」
「そうだろうな。だが、ナタリー妃の思いとは裏腹に、皇帝の御渡りもないが、後宮からも出されないと言う、言わば、見放された時期が、ここから続く事になった。元々、才ある弟への嫉妬から妃を奪い取ったアズワン帝にしてみれば、エイダル公爵邸に差し戻すと言う選択肢だけは、死んでも取るつもりはなかったからだ」
あくまで侍女の日記から読み取れる想像だとデューイは言うが、一つ一つがあまりにも克明過ぎると、キャロルは息を呑んだ。
「そして4か月が経ち、ナタリー妃は、自身の体調不良が、決して食事を拒否したせいだけではない事に気が付いた。だがそれまでの経緯を考えれば、どんな手を使ってでも流産させられるだろうとも、さすがに想像がついた。だから手持ちのドレスや宝石を売り、医者を買収して、周りの侍女はディレクトアから付き従って来た者と、エイダル公爵邸から付き従ってきた信頼のおける者のみとして、妊娠を隠し通した。同時に、生まれた子を受け入れてくれる夫婦を、侍女を介して探し始め――白羽の矢が立ったのがローレンス夫妻だった」
侍女と同郷で、宮殿内でも親しくしていたメリル・ローレンスは、結婚後も子宝に恵まれずに悩んでいたとの事で、あくまで実子として押し通す事も含めて、一も二もなく承知したと言う。
「ナタリー妃自身には、もはや出産を乗り切れるだけの体力もなかった。男の子ならリカード、女の子ならカレル――公爵の名や、自身の祖母の名にかけた、子供の名前だけを決めて、女の子と知った我が子に僅かに触れた後……そのまま息を引き取ったそうだ。貴族の
そして夜の内に、子供は密かに後宮の外へと運び出され、侍女宅で待機していたローレンス夫妻が、実子として連れ帰った。
当時3歳だったデューイの記憶にはなかったが、実際にメリル・ローレンスはその前後に、里帰り出産と称しレアール侯爵領を離れていたため、メリルのお腹が
ロータスは、メリルが一時期侯爵領を離れていた事を覚えていたため、その事をエイダルに告げたのだと言う。
少なくともロータスが、43歳のデューイよりも、もう少し年上だと言う事はハッキリした訳だが、キャロルの方はそんな事に気付く余裕はすっかりなくなっていた。
無言のまま、ひとすじの涙を
その日記が真実であるならば、ナタリー妃は死ぬまでエイダルを想い続けた事になり、生まれた子供は――
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