第3章 永久不変と改革(クロムスフェーン)

3-1 外政室書庫

 ガゼボから戻ったキャロルは、外政室内の書庫にしばらく籠ると言い置いた後、まずディレクトア王家に関する記述のある本を、手当たり次第引っ張り出した。


 グラン・ユーベル青年に関しては、外政室勤務の平民文官チャス・フリードがユーベルの妹を連れて戻って来るまで、とりあえずカーヴィアルにあるルフトヴェーク大使館からの定例報告を取り纏めて貰っている。


 本人を安心させる為にも、薬の話は妹が来てからで良いと言ったのだ。


 エイダルの謁見申請に関しては、出されたところで公式となる場合の出席者は、各省の大臣のみと言うのが慣例であるため、宰相の管理下にある外政室の室長が、出席を要請される事はない。


 ただ、現在軍務大臣職にある父は、欠席を認められない上に、ただ一人、三度みたび同じ話を聞かされる事になる。


 夜、話をしたいと思っている事もあり、出来る限りキャロルの方で情報を集めておこうと書庫へやって来たのだった。


 自分の権限で閲覧が出来る事を幸運と思う反面、この為にエイダルが自分を外政室に放り込んだのだろうかと思うのは、穿うがち過ぎだろうか。


「探すとしたら、先々代辺り……ナタリー、ナタリー……っと、これかな……?」


 現国王グーデリアン・ハルト・ディレクトアの伯父、と言っても〝選帝の儀〟において指名されたのが別の王子だった為に、国王ではなかった、フィドレイ・ヴァン・ディレクトア王子が、その後地方の少数民族を束ねるスフェノス公爵家に婿入り。そのフィドレイと、女公爵ブリジット・スフェノスとの間に生まれたのが――ナタリー・スフェノス。


 時系列から言っても、これがくだんのナタリーである事は間違いないだろう。


 エイダルより2歳年上だったようだが、グーデリアンの従姉妹いとこであるなら、王家の姫として、ルフトヴェーク皇家に嫁ぐ資格は充分だ。


「あー……そっか、でも嫁いだ時点でディレクトア側の皇統図からは外れて当たり前か……あ、でも……」


 皇統図には「婚姻による王籍離脱。ルフトヴェーク公国〝皇弟妃おうていひ〟」と、確かな記載があった。


 ――当時の皇弟は、エイダルの筈だ。


 キャロルは念の為、他にも複数の王家にまつわる書物をあたってみたが、どれもナタリー妃に関する記述は、程度の差こそあれ全てが「フィドレイ元王子の娘で隣国の皇弟妃になった」で、その先の記載はどこにも書かれていない。


 輿入れた後の事は、むしろ輿入れ先の皇統図をあたるべきなのだろう。


 外政室の書庫と国内全体の書籍を集める宮殿書庫とは、コネクティングルームの要領で、扉を隔てて繋がっている。


 ただし鍵を持つのは、ごく一部の人間だけだ。


 もちろん、室長としてその鍵を持つキャロルは、宮殿書庫の方に回って、国内の皇家に関する資料を、虫干しが必要…等、司書に適当な理由を述べて複数引っ張りだした。


「……っ!」


 エーレの祖父にあたるアズワン帝は、どうやら相当な艶福家だったらしく、皇妃以外に3人の側室がいたらしい。


 そしてこちらには、アズワン帝3番目の側室、妃としては第四妃として、ナタリー妃の名が記載されている。


 キャロルは僅かに目をみはった後、こちらも確認するように、複数の書類に目を通した。


「………お見事、と言うべきなのかな」


 見事なエアポケットだ。


 ディレクトア、ルフトヴェーク双方の皇統図を、並べて付き合わせでもしない限りは、この矛盾に気付く事はない。


 もしかすると、皇弟おうていの婚約者を略奪すると言う、言わば皇帝の醜聞スキャンダルを表沙汰にしたくないルフトヴェークと、ナタリー妃の生家であるスフェノス家を怒らせて、少数民族の統率が取れなくなる事を避けたいディレクトアとの間で何かしらの密約が交わされたのかも知れないが、もはや40年近く前の出来事を詳細に記憶している者がいるのかどうかさえ、定かではない。


 この空白は、このまま気付かせない事も、違うを書き足す事も可能であり、エイダルは今回、後者たらんとしているに違いなかった。


 ――違う記憶ではなく、真実なのかも知れないが。


「これ以上は当時の関係者を探すしかない、か……」


 とは言えキャロルは、現時点では、ディレクトア国王グーデリアンには顔を合わせられない。


 十中八九、現第二王子アーロンの妻、カーヴィアルの皇太子アデリシアの異母妹いもうとであるレティシアから、キャロルは死んだと聞かされている筈だからだ。


 これは、エーレではないが、侍女長リーアム・メイフェスに話を聞くより他ない気がしてきた。


「後はダメ元で、ルスランからつついて貰うかぁ……」


 キャロルが動く範囲では、ファヴィル・ソユーズは常にエイダルの側にいる。


 ファヴィルがエイダルの側を離れるのは、恐らくソユーズ家の邸宅にいる時くらいの筈だ。


「ある程度は当時の状況を確認しておかないと、絶対、パンクするよね……」


 高等教育院、士官学校、宮廷近衛と、貴族階級のピンからキリまでを見てきた深青キャロルですら、エイダル公爵家に組み込まれる事への影響力に、まだ理解が全て及ばないのだ。


 侯爵夫人となる事すら、すぐには受け入れられなかった志帆カレルの反応など、推して知るべしだ。


「……お父様が判断すべき、か」


 とは言え、レアール領にこのまま、母と弟を残しておけない事だけは確かだ。


 今までは、レアール侯爵夫人の肩書はあれど、元は平民出身と言う部分でカレル自身が社交界の駆け引きに引っ張り出される事はなかったのだ。


 よくも悪くも選民思想の強い貴族達にとって、あくまでカレルはマウントの下にあった。


 だからこそ、デューイもキャロルも、離れて暮らす今の状況に目を瞑ってこられた。


 だけどどう考えても、事情の説明も兼ねて、デューイに迎えに行って貰う必要がある。

 手紙だけでらちがあく筈もない。



 ――キャロルは大きなため息をついた。

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