2-15 天才の密やかな復讐計画(後)

「本当はね……『祖父母に誇れる自分になる』――そう胸を張って言える君が、少し羨ましかった。ああ、実はカーヴィアルで、君と夫人がとてもお世話になったご夫婦で、血の繋がりはないんだって言うのは、夫人から聞いてるよ。それでも、君にとっての祖父母はそのお二人だけなんだ、ともね」


「あ……うん。ごめん、説明不足で」


「あの当時そこまで説明する義理はないからね。むしろ話をした事そのものに、夫人はビックリされてたよ。……喜んで良いのかな、そこは」


 クスリと微笑わらったエーレに、キャロルの表情が、一瞬、赤らんだ。

 そんなキャロルに、エーレが軽いキスを落とす。


「⁉︎」

再従姉妹はとこなら、何の問題もないんだろう?」

「エーレ……っ」


「午後から、大叔父上が話があると言っているのは分かったよ。正式な謁見申請をしようとしているなら、各省の大臣達も集まる。――夕方には、大混乱が起きるだろうね」


 謁見の間で、本物か偽物か遠目に判断しづらい日記帳を手にしながら、滔々とうとうと演説をぶつエイダルの姿が目に見えるようだった。


 まるで、関係者を集めて謎解きをする名探偵だ。


「エーレ……今日の夜は〝迎賓館〟で、お父様と話をしても良い? 何も言わなかったけど、だからこそ、相当動揺してたっぽくて――」


 恐る恐るエーレを見上げれば、僅かに落胆した表情のエーレと、視線が合った。


「……仕方がないね、さすがに」


 今は自分の我儘を通せないと、エーレも分かっているのだろう。


「ただ、俺も夜、リーアムに話を聞いてみようと思っているから、多少遅くなってもこちらに顔を出して欲しいけど、どうかな」


「あ……リーアム……」


 エーレが生まれる前から、宮殿にいると言うリーアム・メイフェスは、確かに、何かを知っていそうだった。


「こんなガゼボの中にリーアムを呼んで聞いたところで、多分のらりくらり躱されてしまう。リーアムもなかなか一筋縄ではいかないからね。聞くなら夜、聞いた方が良い」


「でもさっき……口裏合わせをする使用人の筆頭に、公爵もリーアムの名前を挙げてたから……聞き出せるかなぁ……ソユーズ書記官――は、もうニッコリ笑って墓場まで持って行きそうでアテにならない」


「確かに、彼はもうずっと大叔父上のそばにいる。なだめてもすかしても、どうにもならなそうだな」


 書記官以前に、皇族専属護衛〝黒の森〟シュヴァルツおさである事を、エーレとキャロルは知っている。


「そもそもこのが真実であろうとなかろうと、大叔父上の〝娘〟になる事自体で、夫人の足元を固めてくれる事は間違いがない。だからレアール侯もその場では反対をしなかった。午後大叔父上から話があったとしても、俺もそれを拒否する事まではしないよ、キャロル?」


「……うん。母はパニック起こしそうな気がするけど、それとこれとは別問題だものね。多分、そこに父が葛藤してるんだと思うの」


 恐らく真実であろう事を「設定だ」と言い切ってしまって、果たしてそれはカレルに限っては、良い事なのか――。


「それは……君や俺じゃなく、レアール侯が、やっぱり判断すべきだろうね。侯がこの先も、夫人と共に歩いていきたいと思っているのなら、尚更」


「それが夫婦、かぁ……」

「ただ、背中くらいは押してあげても良いと思うよ。家族なんだしね」

「……家族」


 15年の時間差があっても、デューイ・レアールは皇家おうけよりも遥かに、父親たらんと、あらゆる覚悟を決めてキャロル達に向き合っていると、エーレは思う。


「キャロル。俺にとっての『家族』は、今は単なる血の繋がりでしかない。正しい家族の在り方も分からなければ、理想とする家族の形も分からない。だから君が思う『家族』を、少しずつで良いから俺に教えてくれないか。皇家おうけらしいとか、らしくないとかは考えなくて良いよ。そもそも大叔父上も俺も、身近な『手本』を知らないからね。俺たちで俺たちの『家族』を作って、大叔父上にも見て貰う――って言うのは、どうかな」


「……っ」


 キャロル自身の葛藤をすくい上げたかのようなエーレの言葉に、キャロルが目を瞠る。


「例え大叔父上の中にまだ、皇統直系への復讐の気持ちが残っていたとしても、君がナタリー妃の血を引いている事が真実であるなら、君が不幸にさえならなければ、大叔父上にとってはそれがブレーキになる筈なんだ」


「……それ……は……」


 デューイと自分と、二代続けての過ぎる男に捕まっている事実には、一生気付かないで欲しいとは思うが。


「そもそも、大叔父上の言う『設定』だけの話なら、夫人を自分の娘と喧伝するのではなく養女にして、レアール家に嫁がせたことにすれば良いだけなんだ。そうすれば君をエイダル家に入れて不自然じゃないと言うのは、結果として同じことなんだから」


 過去に戻って養女にすると言うのは、あまり聞いたためしはないが、やってダメと言う法律はない。


 そう言ったエーレに、キャロルが微かに目を瞠る。


「だけど大叔父上は、夫人を『娘』だと言おうとしている。大叔父上とナタリー妃の事を当時の皆が知っていたなら、大叔父上の知らないところで娘が生まれていて、その娘が、長い間他国の市井で育ったとなれば、向くのは同情だけだ。そうと知らずに、中央での出世を投げうって自らの妻に迎えたレアール侯の評価とて、同様に天井知らずになる。ナタリー妃を送り出してくれたディレクトア王家に対しては、君が俺の皇妃になる事で、言い方は悪いけど、顔が立つ。これは――大叔父上から、俺への無言の圧力なんだ。君が、最後の砦だと。君が不幸になったら、多分ルフトヴェークと言う国は、大陸地図から消える」


「そこ……まで?」


「俺だって、もし君を異母弟ユリウスに奪われていたりしたら、何をしたか分からないよ」


 真面目な顔で断言されてしまえば、キャロル何も言い返せない。


「大叔父上は……君や夫人には、あくまでも設定だと、言い続けるだろうね。もし本当に、公国くにが滅ぶような事態に陥った時には、類が及ばないように。……ああ、やっぱり、そこまで考えると、この話、限りなく〝真実〟なのか……」


「……エーレ」

「うん?」

「この昼食、どこかでもう一回食べられないかな……?」

「え? 今日のこのメニュー? 気に入った?」

「違う……ごめん、味が頭に入って来ない……」


 エーレは、隣でキャロルが、完全に許容量オーバーで、頭を抱えている事に気が付いた。


 動揺しているのは、デューイ・レアールだけではないのだ。

 そっと肩を抱き寄せて、ゆっくりと、髪を撫でる。


「分かった。昼食は、また仕切り直そう」

「……うん」


 二人は昼食時間が終わるまで、そのままガゼボで時を過ごした――。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


すみません、予約設定を間違えました(-_-;)

夜の更新は、気を付けますm(_ _)m

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