2-14 天才の密やかな復讐計画(前)

「そんな訳……で……」


 前日からの宣言通りに、ガゼボで再び、別地方の料理を昼食として共にとっているエーレを前に、キャロルはエイダルが午後から面会を希望している事と、その奏上内容とを、ガゼボ内が二人になった頃を見計らって告げた。


「――――」


 そしてエーレから返って来たのは、完璧な「絶句」だった。


「やっぱりエーレも、もしかしたら……って、思うよね……」

「……むしろ否定する要素がない」

「エイダル公爵のお兄様って……エーレのお祖父様だよね? 先々代の皇帝陛下」

「……ああ」

「ナタリー妃の話は……」


「俺自身先々代の記憶はうっすらある程度で、ナタリー妃となると面識は全くない。先々代の何番目かの側室として後宮に入られたものの、1年も経たない内に亡くなられたと言う事だけ家庭教師からは聞いていた。ただ父が、大叔父上に宰相となっていただけるよう、土下座をせんばかりに頭を下げていたのは覚えてるよ。虫が良すぎると言われたら返す言葉がない。だから忠誠を預けるのは、私ではなく国で良い――と。当時は、父が何を言っているのか分からなかった。ただ、今の話を聞いてしまうと……」


 ナタリー妃が、本来エイダルの婚約者であったと言う事実を、エーレは知らなかった。


「うわぁ……」


「キャロルの方こそ……いや、庭師だったご夫妻と離れて、夫人がカーヴィアルに行ってしまった時点で、確認のしようがなくなったのか……」


「多分だけど……父方ちちかたの両親に関しては、父の言う通りに、とても子供を黙って預かれるような方々かたがたじゃなかった。じゃあ単に、ナタリー妃付の侍女と、庭師。この夫婦のどちらかが、宮殿で一緒に働いた事があったりし

たら……? 生まれたばかりの子供を騒動から遠ざけようと、庭師ローレンス夫妻に預けられた可能性は……当然、否定できないよね。母に当時の記憶なんて、もちろんある訳がない。何より全員、もう亡くなってしまった」


「……ああ。それに何故、大叔父上が皇家でも上位にくる程の濃い血筋を持ちながら、独身である事を許されてきたのか。何故俺が、いくらキャロル以外を皇妃にするつもりがないと言い張ったにしろ、約5年、婚約者候補すら擁立を拒んだ事を責めずにきたのか。もしかしたら大叔父上は……」


「……うん」


 キャロルにも、おぼろげながらエーレの言いたい事が察せられた。


 ナタリー妃が本当に病気で亡くなったのかどうかさえ、今となっては定かではない。


 だが、奪われた婚約者が、恐らくは幸せと思う間もなく亡くなってしまった事は事実だ。


 皇家おうけなど――少なくとも、直系など途絶えてしまえ! と、当時のエイダルが思わなかったと、どうして言えるだろうか。


 周りも、皇帝が皇弟おうていの婚約者を掠奪したと言う事実が横たわる以上、エイダルに「皇族としての義務を弁えて結婚しろ」などと、言えなかったに違いない。


 一方で、そこに暮らす民がいる以上、国ごとたおしてしまうのももっての他だ。


 だから先帝オルガノも「忠誠は国に向けてだけで良い」と、エイダルに言ったのだろう。


 隠し皇統の存在をオルガノが知っていたのかどうかは、定かではないが、直系が絶えても仕方がないだけの事はしたと、思ったに違いない。


 エイダルは直接、手を汚すような荒事あらごとは一切していない。


 ただ何代にも渡る、真綿で首を絞めていくような――直系の断絶と言う名の復讐計画を、ひそやかに進めただけだ。


 エーレの異母弟おとうとユリウス・ランカー・ルッセが、母フレーテ・ミュールディヒに多分に影響されたにしろ、国を混乱に陥れたとしてルッセ家ごと取り潰した。


 エーレがユリウスを手にかけたのは、恐らく副産物でしかない。


 そして、エーレが結婚に興味を示さない状態を黙認し、いざとなったなら政略結婚で、皇位継承者を作らないであろう状況を作り上げようとした。


 実際、キャロルが亡くなった場合、周囲の雑音を遮る意味で、一人迎えておけ。ねやまで共にする必要はないとでも、エイダルに言われば、間違いなくエーレはその通りにしただろう。


 大陸屈指の天才が仕掛けた、真骨頂。

 ――否定する要素はどこにもない。


「侍女の日記って本物な気がする……」

「キャロル」


「エイダル公爵って、当たり前のように主要5ヵ国語を話す人ではあるんだけど……実はディレクトア語を一番得意にされてるの。多分きっかけは、嫁いで来るナタリー妃の為だったんじゃないかなぁ……今更本人、認めないと思うけど」


「知らなかった……そうかディレクトア語……」


「ほら、私この前まで公爵邸にいたでしょ? その時に会話を聞いていて、気が付いたと言うか」


 ただ、その頃のエイダルはまだ、何も知らなかったと見た方が良い。

 でなければ、あれほど堂々と、キャロルを邸宅で囮扱いにはしない。


 確かに……と、当時を思い返したエーレも、を見せた。


「でも、途中からお父様に中央に出て来るように言って、自分が侯爵領に入る――みたいな話をしたでしょう? あれ多分、たまたま会話の中で思いついたんじゃないと思う。侍女の日記を目にしちゃったんじゃないかな? でなければ普通、筆頭貴族の公爵が、引退した後の話にしても、西のいち侯爵領に入るとか言わないよね」


「娘と娘婿のため――か。それに俺が、君を皇妃にすると以前から言い続けて、頑として折れなかったのも分かっていたから、自分が生きている内に直系を途絶えさせる事は、もう無理だと悟った。むしろナタリー妃の血筋を本流に戻すと言う、大叔父上にとっては、ナタリー妃の主権回復にも等しい機会が転がり込んで来た事に気が付いた」


「言い方は悪いけど、エーレのお祖父様のお墓に『ざまあみろ』って言える、これ以上はない機会な訳でしょ? 本人は、もう『設定』だとしか母には言わないんじゃないかと思うけど……荒唐無稽かな? エーレのお祖父様を悪く言いたい訳じゃないんだけど……」


 申し訳なさそうにうつむいたキャロルの頭を、ポンっと軽くエーレが叩いた。


「俺が知る限り、父は祖父を嫌っていた。倒れたあたりからは、ずっと『有事の際は大叔父上を頼れ』と仰ってた。今際いまわの際にも、息子オレに言葉を残す以前に、大叔父上に『貴方の息子であったなら、どれほど良かったか』――と、仰ったからね。思えば父も、俺には結婚を急かさなかった。もしかしなくても、大叔父上の復讐に、黙って手を貸すつもりだったのかも知れない。俺の代で直系が途絶えるなら、それも仕方がないだろう――とね。俺の立場では安易に誰の肩も持てないけど、少なくとも父がそう思っても仕方がないような事を、祖父が大叔父上に対してやってしまった事は確かだよ」


「エーレ……」

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