2-13 エイダル公爵家の孫

「リューゲまで最短距離で行く行程も鑑み、その大部分をストライドの所領と、あと私の所領を通る形にもなった。その行程を作るのに朝から3人で、別に見たくもない顔を突き合わせていた訳だが、まあそれは置いておくとして」


 キャロルは、デューイの不機嫌はともかく、ストライドが疲労困憊になっている理由の一端を垣間見た気がした。


 これまで中立的立場で距離を置いていた筈が、いきなり宰相室に放り込まれるのは、もはや精神の拷問だろう。


 多分心の中で、問題を引き起こした一族連中を複数回刺し殺しているのではないだろうか。


「実際のところは、もはやあと3ヶ月で〝ルフトヴェーク〟を名乗るお前に、何をしたって意味はないんだが……一応お前には、リューゲまで行って戻って来るまでの期間限定で、として〝エイダル〟を名乗って貰う事になった」


 キャロルは一瞬、エイダルが何を言っているのか分からなかった。


「…………はい?」


「国外的には箔付、国内的にはお前の実母の身分が低い事に難癖を付ける連中を黙らせる為に、に鞍替えだ。ただし私も独身だ。娘だと言えば、結局どうしたって、実母の身分が低い設定にしか出来ん。そ

れ以前に、ここまでレアールと激似ソックリでは、どうしようもないしな」


「……あの、お父――えっと、侯爵閣下?」

「とりあえず最後まで聞け」

「……はい」


 こんな時に猛抗議しそうなデューイが、ものすごく複雑そうな表情で「最後まで聞け」と言うからには、キャロルも頷く事しか出来ない。


 エイダルは、そんな父娘おやこの葛藤を無視する様に話を進めている。


「そこでレアールの奥方に、まずは私の娘になって貰うところから、話を始める」


「……はい⁉︎」


「亡くなった私の兄嫁で、ディレクトア王国王室から嫁ぎながらも、子を為す前に亡くなった、ナタリーと言う名の姫がいる。まずはレアールの奥方に、私とナタリーとの娘と言う設定を受け入れて貰う。そもそもナタリー妃は私との縁組だったところが、兄が即位するにあたって、婚約者交代があったと言うのは、一定の年代以上の城勤めや貴族達が知っている事だ。病死と言われてはいたが、実は私との子を産んで、産後の肥立ちが悪く、亡くなったのだと言ったところで、今更誰も辿れんし、不義を騒ぎ立てる事も出来ん」


「……っ」


 キャロルは大きく目を見開いて、絶句した。


 ファヴィルが僅かに顔をしかめたところを見ると、エイダルの兄――つまりはエーレの祖父が、エイダルの婚約者を略奪したと言うのが、ある程度知られた真実なのだろう。


 婚約者交代とエイダルは言うが、ファヴィルの表情を見る限り、そんな生易しいものではない気がするのだ。


 国政に背を向け、領地に引きこもっていたところを、エーレの父、先代皇帝に頼み込まれて、中央復帰したとは聞いていたが――。


「ナタリー妃の侍女は、誰にも知らせず、当時行儀見習いで宮殿に来ていたレアール前侯爵夫人に生まれた娘を託し、娘は皇室の争いから遠ざける為に、侯爵家のお抱え庭師夫婦の子とされた。最近その侍女が亡くなり、日記が残された事によって、全てが明るみに出た――そう言うだ。前レアール侯爵夫妻がレアールの結婚に反対をしていたのは、結婚によってレアール侯爵家が中央の皇位争いに巻き込まれる事を避けたかったからだ、と」


「あの、それって……」


 あまりに物語ストーリーとして完全に成立してしまっている事に、恐る恐るキャロルが父親に視線を投げたが、デューイはそんな娘を一喝した。


「そんな訳があるか! お前が真面目に信じてどうする! 自慢にもならんが私の両親は、他人の、それも皇室に嫁いだ妃の子を黙って預かれるようなお人好しではなかった! そんな善人なら、そもそも追放などするか! それが真実なら、むしろ骨の髄まで皇家にたかり尽くしただろうよ!」


 確かに深青キャロルが読んだ〝エールデ・クロニクル〟でも、デューイの母親は典型的なシンデレラの継母、昼ドラの姑、一番可愛いのは自分――と言うタイプだった。


 父親もかなりの権威主義者だった筈だ。


「直接知り合いの庭師夫婦に預けた――でも良いんだが、それでは納得しない連中もいるだろうからな。どうせどちらも亡くなっているなら、より身分の高い方にその役割を担って貰う方が無難だ」


 エイダルも、デューイの実の両親に対する評価をとがめる事はなかった。


 実際の為人ひととなりは、良く分かっていると言う事なのだろう。


(でも本当に、庭師ローレンス夫妻に子供を預けていたとしたら――?)


 華森志帆カレルの物語は、彼女が庭師ローレンス夫妻の娘として生まれたところから、確かに始まっていた。


 だがそれは、出産シーンが描かれていた訳ではないし、妻のお腹が大きかった事を示すような記載もなかった。


 年代記クロニクルの前日譚として、それは充分に成立してしまう――。


「……面白いな。レアールどころか、お前ですらその表情と言う事は、世間一般には相当な信憑性を持たせられそうだな。夫人は私の娘ではあるが、既にレアール侯爵家に嫁いだ身。ならばせめてその娘を、私の実孫としてエイダル家に入れる――そう言う筋書きの予定だ」


 決して本心を悟らせようとしないエイダルの表情からは、何も読み取れない。


「陛下は……」


「お前、ガゼボでエーレと、各地方料理の試食と称した昼食を取るんだろう。アレは、昼も共に過ごしたいと言うエーレの不純な動機が主たる要因にしろ、試みとしては有意義だと、私も思うぞ。その時にでも、お前が話しておけば良いだろう」


「いえ、そうではなくて……」


先代陛下オルガノは、父親とさほど仲が良くなかったからな。もしかしたらナタリー妃の件も、さわり程度には聞いているかも知れんが、私も面と向かってエーレに確認した事はない。わざわざ話題にするような事でもなかったからな」


「…………」


「レアールの奥方とて、この話を聞いたからと言って、侯爵領から改めて出てくる必要はないし、お前も今まで通り〝迎賓館〟にいて、レアール侯爵家の公都邸宅が完成すれば、レアール共々、そこに行けば良いし、結婚した後は〝綵雲さいうん別邸〟に入れば良い。要は今までと、何も変わらん。ただ肩書きが、少しの間変わるだけだ。キャロル・レアール・エイダルとして、嫁に行けと言うだけだ。エーレとは、再従兄弟はとこになってくるが、そこまで離れれば、それも問題あるまい」


「…………」


 八剣深青やつるぎみおから、キャロル・ローレンスとして生を受けた時以来の衝撃が、来そうだった。


 ほぼ、情報処理の許容量を超えた――そんな感覚だ。


ほうけている場合か。辺境伯領とリューゲ自治領に行くからには、そのくらい整えておかないと、どこから足元をすくわれるか分からんぞ」


「あ……そう……ですね」


「エーレには午後、この件を奏上しに行くと伝えろ。それまでにメイフェスを始めとする、当時を知りうる使用人達への根回しは、今からおこなっておく――とな」


「……はい」


 発覚しにくい嘘とは、一部でも真実を混ぜる事だとは良く言われるが、もはやどこに嘘があるのかすら、分からない。


 エイダルは、今でもナタリー妃を愛しているのかも知れない。


 部屋にいる誰一人として、怖くてその事を口にする事が出来なかった。

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