2-7 お詫びの昼食会(4)

「キャロル。実はこの昼食、半分は公務でもあるんだ。メニューのほとんどが、ワイアード辺境伯領やその周辺の特産物主体で作られてる。それぞれ味を覚えて、会話が出来るようにしておいて欲しくてね。だから少量でも構わないから、種類だけは全種類口にして欲しいんだ」


「あ、そう……なんだ? 分かった。じゃあ作法マナーには反するけど、メモをとっても良い?」


「ああ、もちろん。それに基本の味を覚えていれば、もしの料理が出されたとしても、一口目で気が付く。出来ればその事も意識しながら」


「……っ! そっか、味を知っていれば……これが地元の味だとか、押し切られて、食べさせられる事もないんだ……」


 そのメモと筆記用具は、今、どこから……と思ったが、エーレはそこには触れなかった。


 よく考えると、ルスランの日常茶飯事の技にもあった筈だからだ。


「まぁ、そう言う事になるかな。料理長から先にひと通りの事は聞いてきたから、一応今、俺でも説明は出来るよ。普通に左から説明していこうか?」


「あ……ハイ、オネガイシマス」


「いや、そんなに肩に力を入れなくても」


「だって私、お祖母ちゃんの食堂継いであげられなかったくらいだから、下手をすると、上と極上の区別がつかない味オンチの可能性あるし。毒薬なら近衛隊長として、多少は馴らしたり味を覚えたりしてるから、それなりに自信があるんだけど」


「……真顔で物騒な事を言わないでくれるかな」


「ホント、ホント。多分、そんじょそこらの毒見役より優秀だよ、私?」


「……それは俺の不安が増えるだけだ、キャロル。君が俺を案じてくれるのと同じくらい、あるいはそれ以上に、俺が君を案じている事も、そろそろ理解してくれないか。俺は皇帝である前に、君の夫になる男だよ。お互いに、背中を預けられるような関係で、俺はいたい」


「――――」


 目をみはったキャロルの表情が、やがて、ゆるゆると赤くなる。


 本当は、キャロルの母・カレルから、彼女の語る「祖父母」が、カーヴィアル在住中にお世話になった老夫婦の事であり、実際には血の繋がりがないのだと言う事をつい最近聞いて、今の会話をきっかけに、少しその事も尋ねてみたかったのだが、実際のエーレは、キャロルを今すぐに押し倒したくなった衝動を堪えるのに精一杯で、明後日の方向に、視線を投げるしかなかった。


「理解……えっと、努力、します」

「……そうしてくれるかな」


 カレルに言わせれば、それは実の父親であるデューイも知らない事で、その事を口にした事自体が、エーレが、キャロルにとっての『特別』なんだろうと言う事なのだが。


『多分……私がルフトヴェークを飛び出して、侯爵家出入りの商人夫婦に助けられながらカーヴィアルまで逃げてしまって、しばらく苦労したのを分かっているから……敢えてその頃の事には触れないでいてくれるのだと思います。間違いなく、今のあの子を形作って下さったのは、そのお二人なんですけれど。ですから、あの子にとっては、実の祖父母同然。陛下も、そう思って下さいますと幸いですわ』


 かつて祖父母の話をした時は、その場限りの事と思っていたために、この世界に存在しない「八剣やつるぎ深青みお」の話をしていたキャロルは、エーレとの関わりが深くなるにつれ、話の矛盾が生じて来る事に思い至り、母と話のすり合わせをしたのである。


 深青キャロルが日本で同居していた、実祖父に憧れて、剣道をしていた事は事実であるため、キャロルもカレルも、嘘はついていないと言う訳である。


「あ、じゃあコレから食べていくね? ……えっと……美味しいじゃ意味ないから……」


「美味しい――は、料理長も喜ぶし、それぞれの地方でも喜ばれるとは思うけどね。まぁ、他と区別するのに、何か身近な例えがあると良いのかも知れないけど」


「うわぁ、私、そう言うの一番苦手……よくグルメ系の娯楽小説とかで『夏のお日様の匂いが――』とか書いてあるの、意味不明だと思ってたしな……」


「ああ、そう言うのは俺もちょっと理解に苦しむな……とは思っていたけど、多分料理長が泣くから、ここだけの話にしておこうか。まぁでも、そう言うのを聞くと確かに、キャロルには向いていないのかな? 食堂の女将おかみ


「……改めて人に言われると、落ち込むなぁ」


 軽く頬を膨らませたキャロルに、クスリとエーレも微笑わらう。


「いや、今から食堂の女将を目指されても俺が困るよ。……本当に尊敬しているんだね、お二人の事」


「うん。あんな風に――歳を重ねたいなぁ。もちろん、立ち位置は全然違うんだけど、こう……『行ってくる』と『おかえりなさい』にこもる、信頼と尊敬と愛情の絶妙なブレンドって言うか……ね。私なんかすぐ不安になっちゃうから、まだまだだなぁ……」


「……そうか。やっぱり昨日から、君を不安にはさせてしまっていたんだな。本人の言う『大丈夫』程、アテにならないものもない」


「……あ」


 しまった、とキャロルが口元に手をあてたが、後の祭りだ。

 恐る恐るエーレを見ると、物凄く不穏当な微笑を返された。


「うん、もう、君の祖父母の件も含めて、細かい事は気にしない事にするよ。とりあえず今夜、覚悟しておいて貰おうかな。もう、不安とか言えないように――手加減はしないよ」


「えっ、で手加減してたの⁉︎ お祖父ちゃん、お祖母ちゃんの件って⁉︎ いや待って、ちょっとくらいは気を遣ってくれても、とか……」


「食べようか、キャロル。これ、執務室でやると、余計な警戒心を持つ連中が出ないとも限らないからね。明日は他の地方の料理をまたここで食べて、カムフラージュしておこうと思っているんだ。君の向上心もアピール出来るし、俺と君の仲の良さもアピール出来るし、地方貴族達が自領の特産品の発展に力を入れてくれれば、公国くにの将来にだって寄与出来る」


「ス、スルーされた……え、夜はもう〝さいうん別邸〟確定なの……?あ、うん、真冬のピクニックにそう言う理由があったのは分かったんだけど……あれ、何言おうとしたんだっけ、私……」


 グルグルと混乱しながら頭を抱えるキャロルの頭を、軽くエーレは叩いた。


「……すまない。ピクニック一つとっても、裏があるって言うのは……俺としても不本意と言うか、なるべく君が喜びそうな何か――とは、思っているんだ」


「えっ、ううん⁉︎ それはいいの! 私は、エーレと一緒に何か出来るんだったら、内容は何でもオッケーだから!」


 反射的に答えてしまってから、エーレの沈黙に気付いたキャロルは、ふと、顔を上げた。


「……エーレ? どうしたの、顔がちょっと赤い――」

「……今すぐ別邸に行きたい……」

「えっ⁉︎」

「……いや、今は忘れてくれて良い……」

「……今は?」


 それ以上を聞き返すのが怖くなったキャロルは、いったん目の前の食事に集中する事にしたのだが、結局、夜には外政室から直接、皇帝居住区〝綵雲別邸〟に拉致ドナドナされる羽目になった。


 傍迷惑なヤツらだ! とエイダルが毒付き、侯爵領に帰っても良かったんだが……と、デューイが本気で残念そうな表情を見せていた事は、エーレもキャロルも、ついぞ知らされないままだったと言う――。

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