2-6 お詫びの昼食会(3)
「……なるほど。
「ごめんなさい……」
「いや、君が謝る事じゃないよ、キャロル。表向き堂々とリューゲに入国出来るようになった事を単純に喜べ――る状況じゃないな。確実に、そこまでを誘導された」
「と、思う……」
「あの……ツェルト織の、婚姻の儀と夜会の為のドレスを、ストライド家からの
「確かに、君がこの時期にリューゲを訪問する理由としては全く不自然じゃない。それにストライド家の血筋を考えたなら、カーヴィアル、リューゲ双方からの祝いとして、君個人の価値を
「父は……母の為のドレスを作らせようとして、以前に揉めた事があるみたいだから……ただ、興味がない事と知識がない事とは別だって、私も怒られて。ちょっと反省した。少し前までは腫れ物に触るみたいな感じだったけど、少しずつ
「キャロル……」
「でもね、こっちの服の方が割合が高くなるのは見逃して? これでもルスラン
「……何か、そもそも服を着る目的が間違っている気がするけど。俺のためと言われると何とも……」
即位式典において、フレーテ・ミュールディヒの凶刃の前に立ち塞がったのがキャロル一人だったと言う事実もあって、現状、上位貴族の誰一人として、公式の場以外にドレスを着用しようとしないキャロルに、表立って何かを言える状況にない。
それを知らない下位貴族や当主以外が、昨日の様な騒動を起こす訳だが、それもあっと言う間に淘汰されると思われた。
実はそれほどに、ストライド家の影響力が大きいのだ。
西の侯爵領に長年引きこもっていたデューイと異なり、公都そのものに本邸を持ち、一族と地方の領地を管理監督していたヤリス・ストライドは、一時期ミュールディヒ家失脚の後、侯爵家の筆頭に立つと思われていた。
一族内で、ミュールディヒ=第二皇子派と、皇帝にのみ忠節を尽くす中庸派とが常に争っていたのも有名な話で、ミュールディヒ家が失脚し、第一皇子エーレ・アルバート・ルーファスが
それを飛び越してのデューイ・レアールの中央進出だった為に、貴族達の間に激震が走ったのだが、昨日の一件で、まだヤリスが一族を掌握しきれていなかったが為のレアール家登用だった事が露呈してしまった。
その上で、ヤリス自らがレアール家に頭を下げに行った事と、ドレスの仕立ての話が併せて出回れば、もう誰もレアール家が侯爵家最上位に立つ事に、異議を唱えられない。
反レアールを掲げて、ストライド家に近付こうとしていた貴族達からすれば、自分達でその首を絞める事態に陥ってしまったのだ。
ヤリスに元々、レアール家と事を構えるつもりもなかった為、尚更だった。
ヤリスは代々の当主同様に、皇帝にのみ仕えると言う筋を通しているに過ぎないが、
そのストライド家を、先代当主夫人の血筋、現当主夫人の血筋を使って、間接的ながらも駒として動かせるカーヴィアル帝国皇太子も異常だが、駒と認識して、その策を受け取ったキャロルも尋常ではなかった。
長年の関係がそうさせるのだと思うと、やはりエーレはモヤモヤしてしまうのだ。
「……器が小さいな、俺も」
「えっ⁉︎」
「確かにツェルト織のドレスの話は渡りに船だし、君のドレス姿も楽しみで仕方がないんだけど……それ以上に、君が本当に婚姻の儀に間に合うように、リューゲから戻って来てくれるかが、実は不安で仕方がない」
「エーレ……」
「多分、アデリシア殿下はリューゲでも色々な選択肢を張り巡らせていそうだ。君の選択次第でカーヴィアルに戻ってしまうような、そんな選択肢も含めて」
「……うん。でもね、媚薬の件と、リューゲ次期筆頭領主争いが本当に不穏なんだったら、私がリューゲに行くところまでは、道筋としてそれしか正解はないと思ってる。ここを見過ごしたら、ルフトヴェークとカーヴィアル、リューゲとの間に亀裂が入りかねない。でしょ?」
「そうだろうね……」
エーレが僅かに顔を歪めているのは、やはりまだ、理解は出来ても、完全には割り切れていないのだろう。
そんなエーレの左手に、キャロルは自分の右手をそっと乗せた。
「だけどエーレ、その先は……多分、どれを選んでも正しいんじゃないかと思う」
「え?」
「三国間の政情が安定して、おかしな薬が出回るのを防げたなら、後に残るのって――私がどうしたいか、だけだよ? だから多分殿下は、ルフトヴェークに帰る事も、カーヴィアルに行く事も、リューゲに
「――――」
「私の覚悟を問おうとしているのが半分、後は――」
「……後は?」
一瞬言い淀んだキャロルは、何故だか決まりが悪そうに、エーレから視線を逸らした。
「ちょっとした仕返し……だと思う……」
「私がどうしたいか……殿下はよく分かっていて……でも多分、エーレは動揺するだろうなって想像して、仕掛けてそうな……」
「……っ」
恐らくは、それで気まずくなったら、それまでと言う事。そのままカーヴィアルに来れば良い――程度にしか、アデリシアは思っていない。逆に、より絆が深くなったとしても、困る事は何一つない。
必要な〝種〟は撒いた。後は――エーレの稚気にも、無視は礼儀に反すると、ちょっとした
確実にアデリシアは、分かりやすいエーレの「嫉妬」を楽しんでいる。
宮廷内での自身の評判など、ついぞ気にかけてもいない。
「……ちょっと、いやかなり、性格悪くないか⁉︎ 俺も自分が聖人君子だなんて、そこまでの事は言わないけど、それにしても!」
「殿下は……そう言う人……と言うか……」
はは、と乾いた笑い声のキャロルに、エーレは、キャロルがそっと自分の手の甲を触れていたのを、上から再度握り返した。
「君が、どうしたいのか――その答え、今は
「……うん」
決して大きな声ではなく、多分に照れを含んではいるが、キャロルの声は確かにエーレの耳にも届いた。
険しくなっていた
握りしめていた手を、そっと離して、エーレはその手を料理の方へと向けた。
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