2-4 お詫びの昼食会(1)

「……えーっと」


 お昼休み。


 敷地内ではあるが、実際には宮殿の外、川沿いのガゼボに用意された〝ザ・ピクニック〟な状況に、キャロルは戸惑いを隠せずにいた。


 そもそも時間の節約をしようと〝迎賓館〟の厨房でサンドイッチを作って貰っていたキャロルは、外政室の机の上にそれを置いた時点で周囲にドン引きされていた。


 お昼でも、コース料理に準じた食事を摂る貴族諸氏は、昼食に出て約2時間戻らないのが標準デフォルトだからだ。


「あの……我々にもし出来る事があるのでしたら……」


 遠慮がちに声をかけてくる平民文官達にも、キャロルは笑って手を振った。


「大丈夫、大丈夫。頼んじゃうと貴方達も残業確定になっちゃうから。私の事は空気か何かだと思って、お昼休憩して? そもそも自分の都合で忙しくて、食事時間を短縮ショートカットしたいだけって言うのもあるから」


「…………」


「……真面マトモな感覚を持つ社会人であれば、上司にそう言われても素直になんて受け止められませんよ、キャロル様。むしろ重圧プレッシャーしか感じません」


 自分の残業は良いのか、とはイオでなくとも思うだろう。


「ええ? だって今まで貴族うえの無茶振りに耐えて働いてきたんでしょう? この辺りで本来あるべき労働体系に戻れば良いんじゃないのー?」


 本人は何気なく言ったつもりだったが、周囲はざわついている。


「お昼休みに同僚達で机を並べてランチして、互いの上司の愚痴を言い合って、午後からも頑張ろう! って……ステキな社会人ライフじゃない」


「テ…ゴホン、の読み過ぎです、キャロル様。実際にそれをやったら、身分差で不敬罪を問われて終わりですから」


 テレビの見過ぎって言いかけたんだろうなー……と、キャロルがイオに視線を投げれば、無言で睨み返された。


「ま、まぁとにかく、今からお昼休み! 私の事は気にしない! 以上ではい、散って散って」


 パンパンと手を叩いて、平民文官達を部屋から出て行かせようとしたそこへ、キャロルは不意に部屋に入って来た人影と、正面衝突した。


「わっ⁉︎」


 よろめいた身体を支えるように両腕を掴まれ、お礼を言おうと見上げたキャロルは、そこでピシリと、表情も身体も固まった。


「エ……陛……下……」

「⁉︎」


 固まったのは、キャロルだけではない。


 宰相エイダル公爵でさえ、外政室の方に自ら来た事はない。常に誰かが書類を届けに行っている。


 本来なら、おいそれと目通りも叶わない皇帝陛下が自ら足を運ぶだなどと、誰が思うだろうか。


「……昼食に誘いに来たんだけど、先触れもせず、余計な事をしたみたいだ」


 机の上のサンドイッチが見えたのだろう。ほろ苦く微笑うエーレに、最初に反応したのはイオだった。


「いえ、陛下! あれは私の昼食です!」

「イオ?」


 怪訝げに振り返るキャロルを、ぐいっとエーレの方に押しやる。


「誰が何と言おうと、あれは私の昼食です。室長はどうぞ陛下と、使の昼食をおとり下さい。外政室ここの事は、私がキチンと采配しますので」


 今、この外政室には平民文官以外にも数名、キャロルが優秀と認めた貴族文官達もいて、イオよりも爵位が高い者も数名いるのだが、元より身分より仕事優先の者ばかりが残った為、誰もその事に異議は唱えなかった。


 むしろ、この仕事中毒室長を机から引き剥がしてくれと言わんばかりの視線が、突き刺さっている。


「イオ⁉︎ ちょっ――」


「はいはい、もう四の五の言わずにさっさと話し合って来て下さい! これ以上のとばっちりは、ご勘弁願います!」


「とばっちりって何⁉︎ え、やっ、待って仕事――」


「……良いのかな、ラーソン」


 エーレも流石に再確認せずにはいられなかったようだが、イオは遠慮斟酌しんしゃくなく、2人共を部屋の外に押し出した。


「お言葉より、キャロル様の両肩を掴んだまま、離さないその手の方が正直だと思いますよ、陛下。こちらは何とかします。ただ、危急の際は強制終了させて頂きますので、その際は寛大にご対応お願いします。好きで馬に蹴られたい人間なんていませんから」


「……承知した」


 キャロル個人に付いていた部下である、イオルグ・ランセットが、叙爵されてラーソン男爵となり、近々幼なじみの平民女性を妻としてめとる事も聞いているせいか、エーレにとってはむしろ、最も信頼出来る護衛が彼だった。


 キャロルどころかエーレにもおもねらないところも、好ましいと言える。


「ではすまないが、少し彼女を借り受ける。大叔父上おおおじうえに怒られる前には、キチンと返すよ」


 返事の代わりにイオは、無言で頭を下げた。


「……つ、強い……」


 キャロルとは別の意味で、イオを敵に回しては、いけないのかも知れない。


 外政室のなかで、そんな人物評が共有された瞬間だった。




.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜




 外政室を出て、あっと言う間に右手を絡め取られたキャロルが連れられて行ったのが、建物の外を流れる川沿いの、少し開けた土地だった。


 至るところに六角形のこじんまりとしたガゼボが点在しており、簡易暖炉(キャロルには、囲炉裏に見える)もそれぞれに備わっているため、天気の良い日には、冬でもこの辺りで昼食をとる使用人や官吏が少なからずいる。


 この日も視界の端にチラホラそう言った人達を見かけてはいたが、キャロルが連れられて行った辺りは、流石に人払いがされているようだった。


「えーっと……頭は冷えた……のかな……」


 状況が掴めないまま、おずおずとキャロルが声をかけると、キャロルの手を握るエーレの手に、僅かに力が入った。


「……ごめん」

「エーレ」


「……とりあえず、座って食べようか。せっかく料理長が気合いを入れて用意してくれたし、リーアム達もこの場所を探して、寒くないようセッティングもしてくれたしね」


「そう……なんだ?」


 エーレに手を引かれるように、ガゼボの中のベンチ、エーレの隣にストンとキャロルは腰を下ろした。


「うわぁ……」


 テーブルには、既に多種多様なフィンガーフードが並んでいて、温かいスープや紅茶だけが、2人の到着を待って、用意される。


「昨日独りで私室に帰ったら、皆に驚かれてね。と言うか、リーアムにはこっぴどく叱られた。ある意味、大叔父上より怖かったな」


「……え」


 キャロルが、思わずスープを置いてくれる元第一皇子付侍女頭――現侍女長の表情を窺えば、彼女はにこやかに言い切った。


「何の事でございましょう? わたくしなどは、政治の話は良く分かりません。私はただ、にお尋ねしたのみでございますよ? 『それで、いわれのない暴言と悪意を、あちらこちらからぶつけられたキャロル様のフォローは、どうされたんですか?』と。『それは今、私の目の前で悩まれている事と、どちらが重要なんでしょう?』とも、申したかも知れませんが」


「…………」


 無言で目を見開いてエーレを見やれば、エーレは、バツが悪そうに微笑わらった。

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