1-3 採点結果
「名前を書いてなくても、
室内の空気が、音を立てて冷えてゆく。
「えー……なになに? 〝宰相閣下がなぜあのような小娘を外政室の長に据えるのか、理解に苦しむ。政務は女が口を出せる程、軽い話ではない。今すぐ陛下の寝所へ戻らせて、後継を作らせる。それが田舎侯爵の一族も、妾腹に与えられる唯一の名誉と思って、送りこんで来ている筈だろうに。陛下も宰相閣下も、田舎侯爵の一族を偏重されるのにも、程がある〟――」
やがてキャロルは最後の一枚を、わざとそう音読すると、一番左側の箱に、ひらりとそれを落として見せた。
「私は、カーヴィアル帝国で今、広く読まれている心理学書籍の1ページを外して渡した筈なのに、なんだろうね、これ?」
言いながら、キャロルはゆっくりと立ち上がる。
「しかも5ヶ所は単語のスペル間違ってるし。あぁ、一番致命的なのは、辞書で引いた単語を繋ぎ合わせてあるだけで、公式文章としては全く使えないところかな。訳としても、宰相閣下に直訴するための、カーヴィアル語にして、内容をカムフラージュしようとした書類としても、0点。今のは、繋いだ単語を私の想像で補ってみただけ。だけど、
ゆっくりと、一つのテーブルがある一角に歩を進めていく。
「私を任じた陛下や、推挙された宰相閣下の意向をも
そこまで一気に言い切ったキャロルは、手にしていた、カーヴィアル語の書類が入る箱を、わざと音を立てて、該当者の前に置いた。
「その辺りは、どう思ってこの書類を書いたのか、聞かせて欲しいな」
青い顔色で、膝に置いた
「アナタ、さっきも、周りに聞こえるように、似たような事、言ってたよね。どちら様かは知らないけど、今までどうもお疲れ様でした。今日も、もう帰っても良いし、明日からも、来なくて良いよ」
「……っ」
「なっ――⁉︎」
何かのついでのように、あっさりと言ってのけるキャロルに、周りで、椅子を鳴らして何人かが、立ち上がっている。
「お待ち頂きたい、レアール侯爵令嬢! その方は、この室内では最も地位の高い、ストライド侯爵家の――」
「確かに私は『レアール侯爵令嬢』だけれども、この室内において今現在、誰が責任者なのか、まさか分かってない? 家名と過去の栄光で、今日の食事が
「……まさか全部……読める、と……」
「エイダル公爵が、私をここに最初に連れて来た日に言ってたと思うんだけど? 『今後はいちいち
キャロルが「合格」として分類した方の書類は全て、補佐として働いている平民文官達の書類だ。
恐らく彼らの存在と、二極化されたもう一方を切る、明確な理由が存在していなかったからこその、伏魔殿――ほぼ一人で、国を支えていたと思われるエイダルの手が、恐らくは回っていなかったのだ。
公国の内側ですら、フェアラート公爵やミュールディヒ侯爵家によって、専横されないよう対策を練らなくてはならなかったのだから、外政室における、他国の最新情報など、尚更優先して扱えよう筈もなかったのだろう。
(この
「……ラーソン
敢えて公的な呼び方を強調したキャロルに、イオの表情が思わず引き締まる。
「いかがいたしましたか、
「この箱、丸ごと宰相室に届けて下さい。一緒に、署名入りの解雇通知も付けますので、各家への周知も併せて依頼して下さい。当面、減らした人手分は私が回しますから、と」
「……それは……」
色々と爆弾発言を投げている事にイオは怯んだが、ドラ息子ならぬ
「仕事をしていない、5人6人が減ったところで、私が1時間程度残業すれば済むだけの話でしょう? だいいちそれで、優秀な一般人なんて
えっ、と、目を輝かせる者が出て来ている事に、焦ったイオが間に入る。
「室長、少々お待ちを!
「え、この程度じゃ深夜にはならないって――」
「いいえ! 宰相閣下には言い
ダンっ! と机を叩いたイオに、全員がギョッとした表情を見せたものの、同時に大半が、イオの台詞に「さもありなん」といった表情を垣間見せた。
文句があるなら、宰相室へ――と、最初にキャロルは言ったが、実際にそれが出来る程の度胸と根性がある人材は、そうはいないだろう。
何しろ相手は
うかつに誰もが話しかけられるような人物ではない。
それに比べれば、いかに侯爵令嬢、新皇帝の婚約者と言えど、キャロルの年齢は、エイダルのほぼ三分の一。
国政に関係のない相談さえも、持ちかけられかねない雰囲気が、ダダ漏れだ。
「とりあえず、解雇通知含めたこれらの書類は私が責任を持って宰相閣下にはお届けしますが、お一人で仕事を肩代わりすること以外のフローチャートを早急に確立させて下さい。ただでさえ、夜しかお話しになれないところの、陛下の
これを許してしまっては、深夜にキャロルを居住区へ送り届ける事になる、皇族専用護衛組織
イオが現在所属する
そんな大袈裟な……と、もはや言えない空気が、
当代ルフトヴェーク公国皇帝は、唯一と定めた彼の皇妃を、生涯に渡って愛し続けた――。
やがてそんな風に語られる事になる物語の一端は、この光景の目撃者の誰かが担っていたのかも知れなかった。
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