(22)調合再び!

 ニーナは調合していた。ミルクではなく調合で特殊なインクを作っているのである。


 ジルパパの案であるヤギ革の白手袋に焼き印では無くインクで印を押すには、日本にいた頃と同じ様な布や革に合うインクが必要だ。ジルパパが買って来たインクも悪くは無いが擦れに少し弱かったのだ。


『ゴーリー、ゴーリー』

 鉱物を粉々にし、油を加えて魔力の通りを良くする為のローズマリーの絞り汁を入れる。

『ゴーリー、ゴーリー、ギュッギュッ』

 小さな体にはなかなか難しい。思えば、ミルク調合を始めた時からだいぶ経った気がする。調合もぎこちなかった昔とは違う。

 発色を良くすれば、色々な商品に使えるインクになるかもしれない。


 実は【アイテムバック】の開発報奨を陛下にインクの材料や鉱物類、調合に使われる材料でとオネダリしたのである。元手無しで実験し放題の状態でニーナが大人しくしている理由が無いのだ!


(もちの良いインクを作るわ! そして、ウサギマークを自分の物に付けまくるの!)


 それに、このインクが出来たら陛下が【家】をくれると約束してくれたのだ。隠れ家として【次元の狭間】に置く【家】を。


 両親並びにエイダとエブラフ老師には猛反対されているが、欲しい物のひとつなのだ。


「パパとママはわかるけど、エイダ様とエブラフ老師が入室許可を付けろと言うのよねー。私と同時にしか出入り出来ないって言ってるのに……。これは『要、開発』という事かしら?」


 うーんと唸りながらも手を動かすニーナ。


「ニーナ! どうじゃ? 順調かの?」

 実はここは【塔】にあるエブラフ老師に与えられた調合室である。何でこんな所に居るかといえば材料が使いたい放題だからだ。

 

 勿論、陛下は王都の館にも材料を送ってくれたのだか。『無いものを取り寄せるのが面倒になるだろう?』と、エブラフ老師に材料をチラつかせられてジルパパとやって来たのだ。ジルパパは陛下に捕まりお仕事中である。


「エブラフ老師、ここの材料使っても良いですか?」


「ニーナが使うんなら、世界樹の葉であろうとも構わんよ! ここのは特に急ぎで必要になる物でもないしのぉ」


「エブラフ老師は随分と材料コレクションをしてるんですね?」


「長生きしておるからな! ふぉっふぉっゴホゴホ」


「エブラフ老師、調子に乗るから咳き込むのですよ! まったく、あちこちホコリだらけじゃないですか。ニーナが真っ白になってしまいますよ」


 材料を抱えたて入ってきたエイダは『何時も掃除ばかりさせられる』と言いながらも楽しそうにマイエプロンをして掃除を始めていた。


(エイダ様、掃除する気満々じゃないですか! エプロン持参してるし……)


 エイダとエブラフ老師を観察しながらニーナは乳鉢ですり潰す。


「ニーナ、今は何色を作っとるんじゃ?」


「今は緑ですよエブラフ老師。翡翠を砕いて、ニカワとローズマリーの絞り汁を加え、油脂を加えたあと練っています。発色を良くするために何か加えようと思うのですが……どうしよう?」


「『精霊の羽』でも入れてみたらどうじゃ? あれは色は良くなるぞ?」


「「何をサラッと高い物言ってるんですか!」」


 ニーナとエイダの心臓は飛び出しそうだった! インクにそんな馬鹿高い物を入れたら売ったりなど簡単には出来なくなる。


「師匠、ニーナに助言するならもっと現実的な物を言ってあげてくださいよ! あなたはいい大人でしょう?」


「儂はワガママな大人だからな、値段など知らん。自分で取ってきておったのだから良いじゃろ?」


「ニーナ、エブラフ老師には話しかけなくて良いですよ! まともな物を言いそうにありません」


「エイダは意地悪じゃの!! 昔はもう少し可愛らしい物言いだったのにのぅ。『月食』の夜になっても一緒に寝てやらんぞ!」


「「?!」」


「な! 今それを言いますか! だ、! フン!」


「エブラフ老師、何で『月食』の日なんですか?」


「ニーナ、エイダはな子供の時『月食』の夜に大きなカミナリが家の近くの木へ落ちてから『月食』が苦手なんじゃよ!ふぉっふぉっふぉっゴホ」


「エブラフ老師酷いです! それを言わない約束ではありませんか! 今は1人で寝られます」


「儂はその秘密、知っておるぞ? お主、仕事と称して『月食』の日は人を呼び付け仕事しているそうじゃな?」


「!! だから何で知ってるんですか! 『月食』の日は〖念話〗も切っていたのに……」


 エイダは頬を赤らめウルウルと泣きそうだ。


「エブラフ老師、本当はなんで分かったのですか?」


「簡単じゃよ、エイダはな昔から怖くなると勝手に念話を送ってくる癖があるんじゃ!」

 

 笑いを堪えてエブラフ老師はニーナに秘密を教えてくれた。


「だから、何かあれば儂が来るようにしとるんじゃよ(パチンッ)」


 エブラフ老師はウインクをして教えてくれたが似合っていない。美男だとは思うのだが何故だろう?


 それにしても、エブラフ老師の調合室は品揃えが素晴らしい。インクを数色作った後、エブラフ老師に作ってもらった印にインクを付けて革や布に押してみる。


「この翡翠とラピスラズリが良さそうですね」

 隣からエイダが覗き込み乾き加減を見ている。

「そうですね。この2色を使い分けましょう。あら外が……」


『ゴロゴロ、ドシャーン!!』


「ウギャーー!! 神様許して下さい! ニーナには何もしません! 撫で回しませんからー!」


「ウハハ! なぁ? ニーナ。エイダがカミナリ嫌いなのがわかったろう?」


 長身のエイダが頭を抱えてうずくまっている。……可哀想に。

 ニーナは背伸びをして、エイダの頭を撫でてやる。

「エイダ様、大丈夫ですよー! ここは城の仲ですから」


「怖いものは怖いのです! ヒィ!」


 ニーナは少し考えて、提案する。

「エイダ様、エブラフ老師。【次元の狭間】に避難しますか? 連れて行けと言っていたでしょう? 良ければお連れしますよ」


 2人に手を差し出し捕まるように指示をする。


「さあ、行きましょう!〘次元の狭間を自在に扱い、里を隠し自在に出入りする者〖隠者いんじゃ〗〙」


 到着地はいつもの如く薄明かりにソファが浮かんでいた。


「ここが【次元の狭間】か。ふむニーナここの時間の進みはどうなっとるのじゃ? 【アイテムバック】同じで時間が進まないなどと言わぬよな?」


「大丈夫ですよエブラフ老師。いつもここから出ていけば時間が経っていますし。ここが汚れたり物が腐ってることは見たことがないですけど」


「フムフム。ニーナ何時もここで何してるんだい?」


「魔法の実験やお昼寝とかですよー!〖守護〗の魔法使用量削減もここでしていました」


「ニーナ、早くここの鍵のような物を作ってくれぬか? 儂は気に入ったぞ! ニーナと仲良く茶でも飲みながら実験出来るなんで素晴らしい! ここに【家】を置く気なんじゃろ? 王に貰えなければ儂が建ててやる! だからホレ鍵を作れ」


「何を1人で言ってるんですか、エブラフ老師! 私も色々運び込んであげますから鍵を下さい!」


「2人とも忘れてそうなので言いますけど、ここ【次元】が違うので簡単に作ったり出来ませんよ。私が中にいる時しか出入り出来ないように作らないと駄目なんですから」


「儂は老い先短いのじゃ! ニーナともっと居たいのじゃ! ヨヨヨ〜」


「何を二千歳以上も生きてて言ってるんですか! しかも師匠は長生きで有名な家系で、まだ両親も元気じゃありませんか!」


「え? そうだったんですか?? ご両親は何歳なんだろう……」


「ニーナ、騙されてはいけませんよ! エブラフ老師のご両親は四千歳を超えまだ元気ですからね! 独り者のエブラフ老師を心配してますけど」


 ニーナは驚きつつ、ウサギちゃんの【アイテムバック】から茶を入れるための茶器類とクッキーを出した。


「茶を入れるのか? 儂がやってやろう。火傷でもしたら大変じゃ!」


「エブラフ老師ありがとうございます。エイダ様、もう怖くないですか? 今灯火ランプを付けますから」


「ああ、ありがとう。ニーナは随分と用意がいいな」


「のぅニーナ。ここの空間に畑か花壇でも作ってみんかの?」


「畑ですか? 何を植えるんです?」


「ここで植物が育つのか気になってのぅ。儂が今使っている隠れ家は霧で囲い人を寄せ付けぬ魔法を掛けてあるのだが。【次元の狭間】が便利そうでのぅ。〖隠者〗を教えてくれんか?」


「良いですけど、図陣は自分で描いてくださいねー」


 紙とガラスペン、定規のコンパス等をエブラフ老師に渡し、ニーナは説明を始める。


「六芒星の周りに今までと同じ3重六角形そして周りには魔法文字の羅列があり『次元の狭間を自在に扱い、里を隠し自在に出入りする者〖隠者いんじゃ〗』と書くのです」


「ふむふむ。こうか?」

 描きなれた様子で書き上げ最後にニーナが【隠者】と漢字で書き込む。


「ふむ。〘次元の狭間を自在に扱い、里を隠し自在に出入りする者〖隠者いんじゃ〗〙」


『……シーン……』


「ありゃ? どういう事じゃ?」


「あれ? 何でだろう? 1度エブラフ老師の部屋へ戻ってやり直して見ましょう! カミナリがまた鳴っていたら戻ってくることにして」


「ニーナ!! カミナリが鳴ってたら直ぐにここに戻らせて下さいよ! 約束ですからね!」


「〘次元の狭間を自在に扱い、里を隠し自在に出入りする者〖隠者いんじゃ〗〙〘〖結〗エブラフ老師の調合室〙」


 戻ってくるとカミナリは鳴っていなかった。こっそりエイダの顔を見ると息を吹き出し安心したようだ。


「よし!儂はもう一度してみるぞ!〘次元の狭間を自在に扱い、里を隠し自在に出入りする者〖隠者いんじゃ〗〙」


「「……」」


「何で出来ぬのじゃ!」


「「聞かれても分かりませんよ!」」


 どういう事か、エブラフ老師は1歩も動いていない。図陣は合っている。なぜだろう?


「エブラフ老師、キチンと【想像】しましたか?【アイテムバック】の中のように見える場所を考えるのです!」


「分かっておる!〘次元の狭間を自在に扱い、里を隠し自在に出入りする者〖隠者いんじゃ〗〙」


「「エブラフ老師、脚だけ移動してますよ……戻って下さい」」


「なんでじゃーーー! 〘次元の狭間を自在に扱い、里を隠し自在に出入りする者〖隠者いんじゃ〗〙〘〖結〗脚よ戻れ〙」


「「脚は戻ってくる(のね)のか……」」


「何をしてるんだ、3人共。人が仕事させられてる時に!」

 ジルパパが仕事を終え陛下から解放されやって来たようだ。


「お父様、〖隠者〗の魔法をエブラフ老師に教えたのですが『発動しない、又は発動が不完全燃焼』なのです」


「どれどれ。これが〖隠者〗でこれが〖結〗か。〘次元の狭間を自在に扱い、里を隠し自在に出入りする者〖隠者いんじゃ〗〙」


『シュンッ』


「お父様、消えましたね……」


「ええ、綺麗に消えました」


「何でじゃーーー!」


 ジルパパは直ぐに戻ってきた。


「ニーナ、これは凄いな! ニーナが気に入るはずだ!」


「ジルフォード! どうやったのじゃ! 教えんか!」


「私は特に何もしてませんよ(ニヤニヤ)やっぱり編み出したニーナとの血縁がなせる技なのでしょう! 親子ですからハッハッハ!」


「悔しい!! まっとれ! 絶対に習得してやるのじゃ!」


「エブラフ老師、それよりニーナに連れていってもらった方がニーナと居る時間が増えますよ?」

 エイダがボソッと言ったのを聞きエブラフ老師は笑顔になる。


「そうだの!! ニーナ、儂は〖隠者〗が使えんからニーナが行く時には連れてってくれ」


「それで良ければ、お連れしますが……」


「ニーナ、私もお願いしますね! ジルフォードは1人で行けますから大丈夫ですねー」


「「ワハハ」」


「何でだーー! ニーナ私もまだ不安だ連れてってくれるよな?」


「お父様、今思いっきり行き帰りしたじゃないですか。気が向いたら連れてってあげますけど」


「ニーナ、お願いだ。【家】はプレゼントするから!」


「……考えておきますね」


「何で間があるんだーー! ニーナ(涙)」


 何となく、大人達が面倒になってきたのでまたインクを『ゴーリーゴーリー』と始めたニーナだった」

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