(21)鍛冶屋とエブラフ老師

 ここは王都のカート公爵家。普段は居ない人々がニーナを囲み帯剣ベルトに魔法を掛け続けていた。


「ニーナ! コレを見ろ。儂だって範囲魔法が使えたぞ。〖守護〗の魔法の均一な魔力のまとい方が素晴らしいだろう?」


「エブラフ老師! 何を言ってるんです。素晴らしいのはこの私が指定した〖範囲〗です! 急所部分を厚く魔力で守るのですよ!」


「エイダ、お主本気で言っとるのか? 頭上が〖守護〗されておらぬぞ。魔法修行やり直すか?」


 先程から2人は『ギャーギャー』とやり合ってはニーナに主張するのだ。

 2人はエイダが成人する前からの長い間師弟関係らしいのだが、ニーナは本当にこの師弟の仲が良いのか疑問であった。


 そこへ2人のベルトを持った執事のドリアスが戻ってきた。

「エブラフ老師、エイダ様。御二人のベルトに焼き印を付け終わりましたよ」


「おお、すまぬな。これでニーナとお揃いのベルトじゃな!」


「え? 私ベルトなんてしてませんよ?」


「「え?」」


 よく考えて欲しい。3歳女児に革ベルトなんてするだろうか? したとしても毎日では無いのだ。


「2人とも、私が革ベルトを使うと思っていたのですか? 私がよく使うのはリボンベルトですよ?」


 ……。どうしよう2人とも泣き出してる(汗)


「師匠、何で気が付かないんですか!」


「儂はお主しか育てたことがないのじゃ! 仕方なかろう。女児とは縁など無かったのじゃ!」


 うん、どうやら女性との縁も無さそうな2人である。だが、エブラフ老師にはミルドレッドという助手が居たはずなのだが。


「エブラフ老師、ミルドレッドさんは育てた訳では無いのですか? 助手だって言ってましたけど」


「ミルドレッドか! あの娘はハーフエルフでの。あれの親が亡くなり、エルフの里はつまらぬと儂に言うので『手伝いに来るか?』と聞いたら着いてきて居着いただけじゃ。育てた訳では無い。もう成人しておったしのぉ」


 ニーナはエルフの年齢感覚は分からない。『それはエブラフ老師に好意を持っていたのでは?』と気になるニーナであった。


「ニーナと何か〖守護〗のお揃いが欲しいのぉ」


「エブラフ老師が彫金でブローチを作ったら良いのでは無いですか? 昔はよく作っていたでしょう? そして私にも下さい」


「エイダ、お主本当に遠慮がなくなったの! まあ、〖念話〗もニーナ専用を持たせたかったしな。〖守護〗を重ね掛けすれば良いからブローチを作るかの! 仕方ないからエイダにもやろう」


 何だかんだと、3人お揃いにするらしい。


ワタクシも欲しいですわ!」

 

 イリスママも参戦して来た……。


 大きさや素材を相談していた時、執務室からジルパパが戻ってきた。


「何を話してるんだ? イリスまで混ざってるなんて。帯剣ベルトを作っていると聞いたんだが……」


「ジル! エブラフ老師がニーナとお揃いのブローチを作るのよ。私も作ってもらう事にしたのよー」


「何だって?! エブラフ老師、私にも作ってくれ! エブラフ老師が言っていたアレを見せよう!」


「手を打とう!!」


「何ですか? それは! エブラフ老師が一言で了承するなど怪しいです!」


「エイダには良さのわからんものだ!」


「では先に見せてくれんか?」


「行きましょうエブラフ老師。エイダはついてくるなよ!」


 ジルパパは意地悪そうな顔をして去っていく。


 イリスママは何となく分かっていた。ジルパパの趣味の1つとなりつつある物があるのだ。


「エブラフ老師、こちらの部屋です! さあ!」


 そう言われて入った部屋にはニーナがもっと幼い時に使っていた物が詰め込まれていた。


「コレですよ、これ!! ニーナの産着! で、こちらが生後半年に絵を描いてもらった時のドレスです。1人でやっと座れるようになり絵を描いてもらったのです!」


「ほー!! 可愛らしいのぅ。やはり小さくて幼子の服はよいものだ! 女児の物は縁が無かったからの。是非ともニーナの物は見てみたかったのじゃ。フリルもレースも可愛らしいのぅ」


「エルフの幼児服は、どの様な物が多いのですか?」


「どちらかと言うと華美ではなく実用的な物が多いな。だが儀式の物は凝るので薄物を重ねたりするのぅ」


「興味深いですね。ニーナにも着せてやりたい……」


 2人は暫くそんなやり取りをした後、生後半年のニーナの絵を見て堪能してから戻ってくるまで3時間掛かったのだった。


 そんな2人が戻ってくるまで、ニルスを含め魔法を使用人が数人加わり帯剣ベルトに〖守護〗を掛けエイダが教わったばかりの〖範囲〗を掛けていく。


 ニーナは一度に出来るので1人作業だ。次々とベルトはやって来るのだが【焼き印】は1つである。


「お母様、この焼き印は数を増やした方が良いのでは? これからも使いますよね……」


「そうねぇ。1つだと思ったより作れないわねー」


〖守護〗を掛けるのに休み休み使用人達が魔法を掛けているのだが、人数も居るので回復の方が意外と早かったのである。


「〖範囲〗の魔法指定は複数まとめて出来ますしね。確かに印を増やした方が良いでしょう。あの2人が居なくともこの状態ですから!」

 除け者にされたエイダも同じ考えであった。


「ジルが戻ってきたら、追加注文してきてもらしましょう! それとも王城の指定鍛冶屋に頼みますか?」

 イリスママはエイダに聞いてみる。


「いや、作風が同じ方が良いでしょう。魔法の無い贋作が出回っても分かりやすいですから。王城指定の鍛冶屋は少し先に致しましょう」

 エイダは目線を斜め上にしながら話していた。何か気になる事でもあるのだろうか?


「イリス様、ここの部屋の斜め上って何があるんです?」


「そうねぇ。ニーナが昔使ってた物がしまってある部屋じゃなかったかしら?」


「何ですって! そんな貴重な物をあの二人は楽しんでたのか!」

 ぐぬぬとエイダの顔が悔しそうだ。

 ……そんなに見たいの? エイダ様。


「ただいま、ニーナとイリス!」


「戻ったぞニーナ。進んだかの?」


 2人は呑気に戻ってきた。3歳児が働いているのに、この2人は幼児の思い出に浸って楽しんできたようである。どうしようもない2人である。


「ジル、焼き印の事なのだけれど。追加注文して欲しいのよ。やっぱり1つでは足りないのよね」


「あー……。それは思っていたが急ぎだったのでな。とりあえず1つしか頼まなかったのだ。今すぐ行ってこよう仕上がりには時間が掛かるからな。エイダ、エブラフ老師送って行こう」


「「待って(お)るよ」」


「留守中、ニーナが心配だから送っていくのだ! この2人は!!」


 エブラフ老師とエイダはジルパパのお怒りの顔を見て観念したらしく寂しそうにジルパパと玄関へ向かって行った。


「お父様、あの2人を害虫か何かと間違えていませんか?」

 ニーナが言うと、ニルスが吹き出し大笑いしていた……。


「ジルはニーナに強い独占欲を持ってるようねぇ。ライバルが出来て調度良いかもしれないわよ?」


「お母様、それはちょっと……」

 ニーナは少し面倒だなと思ったのだった。


 ジルパパはまたギルに頼みこんでいた。

「悪いとは思っている! だが意匠が変わると困ると言われてしまったんだよ! ギルの親父は上手に細工するじゃないか。そこまで出来る者は少ないんだよ! とりあえず1つ急ぎで作ってくれないか? 試作の【アイテムバック】を1つやるから!」


「本当にくれるんだな? まだ騎士装備優先として出回ってないんだろ? 大丈夫なのか?」


「焼き印の注文なら、許可は降りるだろう。ギルの親父のを作るのは私だしな!」


「まあ、それなら……。直ぐは無理でも絶対にくれよ?」


「分かったよ! この鍛冶屋は私の秘密なんだ。他の奴に知らせたくないんだよ。腕が良いからな!」


「まあ、そう言うなら仕方ないな!」


 ギルの親父さんは嬉しそうに言い、また明日来いと言って奥へと入っていく。


 帰宅したジルは目の前の状況が分からなかった。


「「ジルフォード、帰ってきたか!」」


「先にいただいておるぞ」


 帰ったはずのエイダとエブラフ老師が自宅の食堂で昼食を食べていた……。


「何でお二人が居るのか? 送っただろう?


「ニーナに作ってやると言ったブローチが出来たのでな! 持ってきたのだ。儂らお揃いだぞ?」


「私の分は!」


「まだ出来ておらん。明日渡すから待っとれ!」


「ジルー、ワタクシはもう貰ったのよ! どうかしら?」


「ジルフォード、聞いて下さい! エブラフ老師は酷いのです。イリスさんと自分の分はニーナとお揃いで今日作っておきながら私達の分は明日なのですよ?!」


「最初から、焼き印の彫金をエブラフ老師に頼んだ方が良かったのでは? エブラフ老師何で早く作れると教えてくれなかったんです?」


「知らん。ニーナに聞かれたら言ったがな。お主も聞かなかったぞ?」


「ニーナ、次は儂に言えば直ぐに作ってやるから言うのだぞ?」


 ニーナは頷いたが、ジルパパが少し可哀想だと思った……。

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