第8話 憂鬱な即売会②
「由喜ちゃん、ココ?」
「ここの筈」
辿り着いた同人誌即売会の会場。
念のため机のシールを確認。
サークル名、配置番号、問題無し。
「テーブルに敷く布は?」
「トランクケースの中」
早速、設営作業を開始。
到着が早めだったせいか会場の内の人は
「新刊はどれ?」
「これ」
用意した封筒から中身を取り出す。
「コレなの?」
「これ」
頷きながら、カラー印刷された手の平サイズの厚紙を、テーブルの上に並べた。
「去年くらいから、紙を止めて電子ファイルにした」
娘に電子コード画像と、データのアップ先アドレスを指差した。
「ファイルなら、スマホとかパソコンで手軽に読めるから」
印刷の手間が省けるという、身も蓋もない理由もあったりする。
「サンプル用に一冊だけ製本したけどね」
漫画に比べ小説はどうしてもページ数が増える。以前に文庫分サイズで印刷した事もあるが、かなり高くついた。かといってコピー本では見栄えが悪い。試行錯誤の末、今のやり方に落ち着いた。
これを創意工夫とするか、成れの果てと見るか、難しいところではあるが。
「あれ? 栗田氏は?」
背後から聞き慣れた声。振り向くと西村さんが真後ろに。
声を掛けようとして、寸でのところで思い留まる。この姿では初対面だった。
「お父さんは今回お休みです」
「そっかぁ、春佳ちゃんも大変だねぇ」
長い付き合いなので、娘の事は幼少の頃から知っていた。
「おじさんが良い物をあげよう」
ショルダーバックを開け、取り出されたのは包装済みの小箱。
「はい、差し入れ」
「ありがとうございます」
うやうやしく娘は両手で頂戴した。
「栗田氏に『この間の飲み会、参加出来なくてスマン』と伝えておいて」
「はい。判りました」
すぐ横に、本人いるんですけどね。
もどかしい気持ちでサークルの設置作業を黙々と進めた。
「ちなみに、この子は親戚か何か?」
「えっと……」
西村さんの問い掛けに固まる娘。
こういう状態での応答、打ち合わせするのを忘れていた。
「はい、親戚です。由喜と言います」
「ん? その名前、どっかで聞いたような気がするな」
しまった。
西村さんも俺の小説を読んでいたっけ。あまり名乗らない方が良いかも。
今後の対応を悩みながら机に手を伸ばした。
「これ、新刊だそうです。知り合いが訪ねて来たら、渡すようにと言われました」
「お、助かるよ。楽しみにしていたから」
身内とはいえ評価されるのは素直に嬉しい。出来れば前作の感想も聞きたいところだが、口に出すのは流石にはばかった。
「やぁ、やぁ。春ちゃん元気?」
先客万来。
本日二人目の朋、遠方より来たる。
「志摩さん、お久しぶりです。これ新刊です」
先ほどの俺を真似るように、娘は作品を手渡した。
「お父さんは?」
「本日は欠席です」
「そうなんだ。これ渡しといて」
手提げ袋より、和菓子らしき箱と、新刊と思われるコピー本。
「ありがとうございます」
何だろう、この既視感。次の展開は考えるまでもない。
「この子は?」
「春佳さんの親戚です。今日は手伝いに来ました」
初対面を
「志摩さん元気にしてた?」
俺もいるよと、横から声を上げる西村さん。
「お久しぶり。これ新刊」
「有り難く戴く。志摩さん悪かったね、この間の飲み会に参加出来なくて」
「俺もダメだったんですよ。残業が長引いて」
「聞いておくれよ。あの日のトラブル、深夜まで終わんなくてさぁ。もう大変だったから」
楽しげに会話する二人。口を挟みたくてウズウズしながら、展示用ポスターの部品を組み立てる。疎外感が半端ない。
今日ずっとこんな感じなのか? 予想はしていたけど。
「ほんじゃ、栗田氏によろしく」
「春ちゃん、またねぇ~」
去って行く客人達を笑顔でお見送り。
「由喜ちゃん、あんな感じで良いの?」
「あんな感じで頼む」
良くやったと娘の頭を撫でた。
今は俺の方が背が低いので、端から見たら奇異に映るだろう。
「あと、何人くらい来るの?」
「そんなに来ないよ。大手じゃないし」
配置場所が文章系ジャンルという理由もある。
いつもはコチラから挨拶に伺っていた。今日その必要はないので楽ではある。残念ながら。
「どもどもどもぉ~っ! 春ちゃん元気っ!」
本日、三人目のお客様。小澤さんが手を振りながら接近中。
娘に目配せし、対応よろしくと小さく頷いた。
「お父さんが失踪したってマジ? オレ信じられないんだけど」
友人の発言に親子揃って笑顔が固まった。
「この子が由喜ちゃん?」
まさかのご指名。
「はい。初めまして」
不意打ちのあまり、一拍遅れて頭を下げた。
「いやぁ、井上さんが言ってた通り美人だねぇ。栗田さんがマジで羨ましいよっ!」
早速の情報提供、ありがとうございます。
義弟と仲が良いの知ってたけどさぁ。
「これ、父の新刊です。原稿が残っていたので勝手に作りました」
茫然とする娘を尻目に、どうぞと差し出した。
「新刊あるんだ。じゃぁ、これ渡しとく」
お返しにとカラーのオフセット本が二冊。
「お父さんの事、何か判ったら教えるよ」
「はい、お手数お掛けします」
それではと颯爽と立ち去る小澤さんへ、娘と二人で手を振った。
「おとん…じゃなくて、由喜ちゃん、今の何だと思う?」
「俺に…いや、私に聞かれても困る」
口止めしなかったとはいえ、義弟は誰にどこまで話したのだろう。
「小澤さんが知ってるという事は、山本さんもか?」
飲み仲間、全員という事もあり得るなぁ。
「由喜ちゃん、本人に直接聞いてみたら?」
「本人?」
娘が指差す先、重要参考人が数メートル先にいた。
「おはようございますっ! 先週はお世話になりました。今日も一日がんばりましょうっ!」
挨拶は大事ですとばかりに、朝から元気ハツラツな第一声。
「おはようございます。いきなりですが、つかぬ事をお伺いしても、よろしいでしょうか?」
心の中で苦虫を噛み潰しながら、表面上は愛想笑いを浮かべた。
「先ほど訪ねて来た方が、私の名前を知っていたのですが」
「小澤さんですね。はい。彼には先日お話ししました。義兄と仲の良い方なので、きっと力になってくれると思います」
まぁ、順当ではある。飲みに行く回数、彼が一番多いだろうし。
「他の方にも話しています?」
「とりあえず今夜の事があるので、ベネットさんにもお伝えしています」
打ち上げの件があるから、そこは致し方なしか。
すると今日、義弟がいるのは………。
「実は私、ベネットさんの漫画を良く読んでいます」
「おっ! そうでしたか。本日、彼のサークルの売り子をしていまして。よろしければ、ご紹介しましょうか?」
ビンゴ。まさに渡り舟。
「是非っ! お会い出来るのなら嬉しいです。コチラも準備が終わったところなので、今なら大丈夫です」
「了解。では早速参りましょうっ!」
そう言うやいなや、義弟は胸を張って歩き出した。
後はお願いと娘に頭を下げながら、急ぎ後を追い掛ける。
「配置場所はどこですか?」
「東のホールです」
やはり、そっちか。
往復に約三十分。この小さな体では、もっと掛かるかも。一般入場の前に戻れるのか少し不安。
「あの、井上さんっ! もっとゆっくりお願い出来ますかっ!?」
豆戦車の如く、豪快に人波を掻き分け前進する義弟を、後ろから必至に追い掛けた。
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