第1話 ②
次の日、私は久々に家をでた。
喪服など持っていなかったから就職の為に用意していたスーツに身を包み会場へと向かった。
電車を乗り継ぐこと数駅、重苦しい雰囲気を纏った其処には疎らながらも人が集まっていた。
一体、彼ら彼女らは雅臣の何なのだろうか?
なんで泣くのか?
貴方たちは雅臣が辛い時、一度も顔をだしていないではないか。
きっと彼らはただ泣きたいだけだ、それも自分の為に。
でもやっぱり両親だけは……
私よりずっとずっと雅臣を知ってる人たちだ。
葬式は幼い頃、お爺ちゃんが死んだ時以来だ。
そう言えばあの時もずっと泣いてたな、私……。
やっぱり弱虫なんだよ、昔からさ。
坊主が経を詠んでる。
こんな事で雅臣が喜ぶのかな?
香の匂いが鼻をさす。あんまり好きじゃない匂いだ。なんというか死の匂いと云うか、
わざわざ嗅覚でまで彼の死を感じたくない。
いよいよ別れの時、最後に彼の棺に花を手向ける。
私はとても彼の亡骸を直視する自信がなかった。
それはまさしく「死」そのものであり、永遠の別れである。
それでも……、彼がそうしたようにやっぱり最後だけは笑顔で、現実と向き合いたかった。
「雅臣ありがとう」
やっぱり無理だよ。涙なしになんて。
感謝の言葉と紫苑の花を手向けると私は席に戻った。
雅臣はとっても冷たかった。
私の身体はまだ少し暖かいからそう感じたのだろう。
私の後に数人の親族らしき人が別れの挨拶を済ませていた。
その後、棺は持ち上げられ雅臣は霊柩車に乗った。
両親は此処まで一度も見せなかった涙をこの時初めてみせていた。
歯を食い縛りながら俯く父親と静かに嗚咽をあげる母親の姿は忘れられない。
出棺後に収骨が行われる為、参列者は遺体が焼けるのを一時間から二時間程待つことになる。
その間、会場では食事の席が設けられるのだが当然、私は気乗りしなかった。
霊柩車の永い永いクラクションが聞こえなくなってもなお私は葬儀所の外で立ち尽くしていた。
そんな時、声をかけてくれたのが彼の両親であった。
「ユキさん、今日は来てくれてありがとう。
息子はいつも貴方の話をしていましたから、きっと喜んでます」
優しく言う父親の目元は少し雅臣に似ていた。
「ユキさんも、こっちで食事して待ちましょう。それに会ってほしい人もいますから」
品があって落ち着いた風貌でとても印象の良い母親であった。
彼らはきっと私と悲しみを共有したかったんだ。
私と話している間は自分の知らない雅臣を少しでも感じられる。
彼を感じていたい、それは私も一緒だ。
「ならご一緒させてもらいます。ところで会わせたい人というのは誰でしょうか?」
「あぁ、あいつには姉弟がいるんですよ。姉と弟が来ているので是非、会って雅臣の話をしてあげてください」
彼に兄弟がいたなんて知らなかった。
「そうなんですか、なら私も雅臣の小さい頃の話聞かせてほしいです」
えぇ是非是非、言いながら両親は膳が並んだ座敷に私を案内した。
宇佐美家の姉弟と初めて出会い私たちはそのあと一時間程、会話を楽しんだ。
束の間ではあったが気持ちは晴れやかであった。
彼の幼い頃の話をたくさん教えてくれたし私も大学での彼を余すことなく語った。
そんな時間が過ぎて日が落ちてきた頃、いよいよ、骨上げが開始された。
私は彼の弟とペアになり一片の骨を拾いあげ骨壺に納めた。
これはもう彼ではなくて只の骨であった。
収骨が終わると僧侶に清められ再び彼らが経を詠むのを聞いて式は一旦、終了である。
親族はこの後も色々と在るそうだがあくまで招かれているだけの私は此処で終わりであった。
彼の親族たちに挨拶を済ませて私は帰路についた。
すっかり暗くなった夜空には月が出ていた。
綺麗な満月は私たちを見つめながら道を照らしている。
死者は月に逝くのだろうか?もしそうならばきっとそれは幸せなことだ。
「ねぇ雅臣、今夜の月はとても綺麗だよ」
返事なんてあるわけない。
さっき、お別れしたばかりなんだから。
それでもやっぱり私は彼の返事をずっと待ってばかり……
「なっ!やっぱり満月しか勝たんわ!」
えっ……!
紛れもない、雅臣の声が確かに聞こえた。
妄想なんかじゃない、はっきりと明確に
これは現実である。
「雅臣なのっ……?」
私は思わず振り返った。
彼の姿をもう一度、それだけが願いであった。
しかし其処にはあの人の姿はなかった。
夜道に虚空の闇が広がるばかりで愛しい人の笑顔はどこにも見当たらない。
「あー、違う違うお嬢さん、足元ですよっ!」
足元に一匹の兎がいて、そいつが私に話かけている。それも彼の声で
「宇佐美雅臣ただいま帰還しましたw」
そう、宇佐美雅臣はウサギになったのだ。
どういうこと?
第一話 終
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