ウサウサとユキ

鳴海京玄

第1話 死別 ①

昨夜、雅臣(まさおみ)が死んだ。


優しい人だから最期は一緒に笑ってくれた。


本当は痛くて、苦しくて、辛かったのにね。

 

彼の事を考える度に胸が締め付けられて涙がとまらない。 

この気持ちを一体どうしたら良いのか?

いっその事、彼の後を追って死んでしまったほうが楽かもしれない。

やっぱりダメ、きっとそれだけは彼が許さない。

 

だから今日も当たり前の様に彼がいない日々を暮らしていく。


大学……行かなくちゃ……


もしも今日、ずるけて休んでしまえばその先もずっとずっと、もう二度、学校に行けない気がした。

だからなんとか困憊した体に鞭打って授業には出席しよう。

そう思っていた矢先、インターホンが鳴らされた。

誰だろ……?


色々な期待を込めて、玄関を開けた。

「やぁ、心配になってね」

なんだ巴瑞季(はずき)か……今は彼の顔を見たくなかったのに。

「何しにきたの?」

「どうせろくに食べてないだろ。ほらこれ、作ってきたんだ」

彼が手渡そうとした袋には幾つかの料理が入っていた。

里芋の煮っ転がしとかだし巻きとか私の好きなものばっかり……

何でそんなに優しくするの、貴方も彼もそんな一方的な優しさばっかり向けてどういうつもりなの?

「帰ってよ……」

みんな嫌いだ。こうやっていざ誰かと顔をあわせると普段の私ではいられなかった。

「えっ……」

「いいから、私に構わないで」

感情的になって声を荒げてしまった。

「わかったよ、ごめん。今は一人の時間が必要だよな」

こんなダメな私でも許してくれる巴瑞季が堪らなく憎かった。

「これ置いていくからさ、ちゃんと食べるんだぞ」

結局、私は彼を追い返してその後、学校にも行かなかった。

彼、やっぱり料理上手だ。

全部私の好きな味、少しだけ気持ちが楽になった。

でもそのあとまた悲しくなって泣いた。

ずっとずっと長い間、目が充血して腫れ上がるまで涙を流し続けた。

気が付いた時には外は既に闇に包まれていた。

昨日からお風呂入ってないや

ふと思いだしてシャワーを浴びた。

浴槽のぬるま湯は冷たくなった体を温めてはくれなかった。 

何もしてないのに一日はあっという間に終わりそうだ。

何もしたくない私はベッドの中で彼との思い出を辿るばかりであった。

初めて出会ったのは一回生の時だったな。

サークルで雅臣の方から声掛けてきたんだ。

よく喋る人だなっと思ったけど、なんだか居心地がよくてずっと彼の話を聞いてたな。

そして皆で海に行った夜、告白された。

何てことない平凡な愛の言葉、でもそれで良かった、とても嬉しかった。

彼とずっと一緒に居たいと思った、だから私は彼と付き合った。

その後も一杯楽しい思い出を創った。

一緒にいろんな所に行ったよね。

いろんな映画も観たし、美味しいものも沢山食べた。

付き合い初めて1年と半年が立った頃、彼の癌が判明した。

医者は苦々しい顔をして私たちに病状を説明していた。

でもきっと彼となら乗り越えられる、私はそう信じて疑わなかった。

一年以上の間、彼は病気と戦った。

しかしお見舞いに行くたびに彼が痩せ細っていくのは病状が芳しくないことを何よりも雄弁に物語っていた。

掴んだ手が震えていた。それでも彼は私に微笑みかける。

早く治してユキとディズニー行くんだ。

そう意気込んでいたのを未だに覚えている。

ポジティブな彼のお陰だろうか、私も前向きに雅臣との未来を信じていた。

でもさ、やっぱり現実はそんなに甘くないんだよ。

本当に急だった。

あの日、長い闘病の末に彼は力なく眠りについた。

 

「何で……何で死んじゃうかなっ……!」

またたくさんの涙が溢れだした。

好きなだけ泣いた後、いつの間にか夢をみていた。


夢の中で漸く彼と再開できた。

「ユキっ!好きだよ!」

彼の時たまみせる、こういう無邪気な所も好きだった。

「ねえ、雅臣。来週、花火大会あるんだってさ」

「みたい?」

うん、と頷いて彼の肩に身を寄せぎゅっと手を握っていた。

「一緒に行こうよ」

「うん、そうだね。花火大会なんて小学生以来だ。浴衣で行ったら楽しそうだぞ」

「そうだね……」

「でもさ、ユキには前だけ向いて生きて欲しいんだ。君が掴む手は僕のじゃない」

「そんな事、言わないで。私を置いていかないでよ!」


最悪の朝。

私は置いてきぼりにされた。

夢というのは本当に厄介なものだと思う。

潜在意識が見せるそれはまるで麻薬の様、

ずっと続けばいいのにあっという間に終わっちゃう。

そんな事を思ってベッドの上で茫然としていた。

突然、電話がなった。

彼とお揃いだった着信音、こんな所にまで雅臣との爪痕がある。

私は反射的に応答していた。

雅臣の母からの電話、なんでも葬式の日程が決まったという。

是非参列して欲しいとのこであった。

私に断る理由はなかった。

快く承諾すると手早く電話を切った。

これ以上喋ってしまったらお互いまた泣いてしまう。

悲壮感を隠しながら会話するのには限界があった。

 

きっと私は明日、彼と永遠のお別れをする。


明日なんてずっと来なければいいのにな


残酷な世界を恨みながら無力な私は今日も泣いた。

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