第2話 夜伽
……そうだ。ねえ。覚えてる?中二の時、あんた、香澄に告ったことあったじゃん。馬鹿みたいな罰ゲームかなんかで。
あの時も散々言ったけど、ああいうのってマジでないからね。ありえないから。罰ゲームか何か知らないけど、人としてやっちゃいけないことだから。絶対。
あんたはいいよ。最終的に罰ゲームでしたーでギャグにして終われるから。冗談にできるから。でも告られる方は違うじゃん。どっちにしてもマジで答えなくちゃいけないわけじゃん。あんたらが馬鹿みたいな内輪ノリで告ってきてることなんて知らないわけだからさ。まあ香澄はそのへん上手な子だから、うまいこと流してちゃんと冗談にしてくれたみたいだけど。ホント感謝しなきゃ駄目だよ。
あたしがあんたのこと殴ったのってあの時が最後だったよね。確か。子供の頃はしょっちゅう取っ組み合いやってたけど、ある程度大きくなってからは……うん。あれが最後だね。あんたのこと思っきり殴ったのって。
痛かった?だろうね。我ながら相当いいのが入った決まった感じがしたからね。すごい音したよね。腰も相当入ってたし。奥田とかメッチャ引いてたし。
あの時のあんたの顔……あははは。どんなだったか知ってる?馬鹿みたいだったよ。まあ馬鹿みたいっていえばそれから二週間ぐらいずっと馬鹿みたいだったけどね。顔の左半分ボコって腫らしてさあ。青黒くなってて。あはは。
あ。思い出した。あのせいで私先生に呼び出されたんだった。知ってた?あの痣作ったのお前って聞いたけどホントか?って聞かれて、そうですって答えたら、放課後に職員室で反省文書かされたんだよ。三枚くらい。まあ罰ゲームの話はちゃんと伏せといてあげたから、感謝しなよ。うん。適当に嘘でっち上げて書いといた。あんたに無理矢理乱暴されそうになったので必死で抵抗しましたーって。……あはは。冗談だよ。ちょっとした喧嘩ですって書いただけだよ。
そうそう。それで、前からちょっと聞きたかったんだけど。あんたさ、左の前歯ちょっと欠けてんじゃん。あんたからしたら右か。端っこの方。ほんのちょっとだけだけど。
……あれってさあ、もしかしてあんときのあたしのパンチが原因だったりすんの?ちょうどあれくらいじゃなかった?あんたの歯が欠けたのって。
ちょっと見てもいい?
……。
そうそう。これこれ。
うーん。やっぱ欠けてるよね。
ねえ。これって私のせいだったりすんの?じゃなくて普通に固いもん食ったとか?あんた歯ぎしりとかする方?
いや、別に責任感じてるとかじゃないんだけどね?殴られて当然のことをしたわけだし。何なら全部折ってやってもよかったくらいだけど、……もしね。あたしがやっちゃったんだとしら……なんていうか……悪い……のは百パーあんたなんだけど……ちょっとだけ……みたいなね。あるじゃん。なんかそういうのって。
……。
……何かまた腹立ってきたなあ。
ちょっと一発殴っていい?
いいよね。大丈夫大丈夫。グーじゃないから。パーだから。ちょっと叩くだけ。軽くビンタするだけだから。跡とかもちゃんと残らないようにするって。軽く軽く。
いくよ。
……。
……あはは。
なんか変な音したね。
痛かった?
痛かないでしょ。あの時に比べたら全然でしょ。
ほらほら。撫でてあげるから。痛くなーい痛くなーい。
……あんた、ちょっとヒゲ生えてるよ。ザリザリする。昨日の朝ちゃんと剃ったの?
ふふ。ヒゲは生えてるけど、あれだね。あんた結構肌綺麗だよね。
すべすべしてる。
……。
……あ。ここにもホクロ。
ねえ。来年……ってもうちょい先だけど、もしあんたが消防に受かったとしてさ。あたしがうまいこと東京の大学に入れたとしてさ。そんであんたが働き始めて、あたしが一人暮らしを始めたとすんじゃん。
そしたら少なくとも四年くらいは会えなくなるわけじゃん?全然会えないわけじゃないけど、今みたいに気軽には会えないよね。夏休みとかに帰ってきたとしても、あんたはあんたで忙しくやってんだろうし。あたしもあたしでたぶん忙しいしさ。……サークルとかで。
ほら、あたしらって幼稚園からずっと一緒でしょ。小中高って、ずーっと。まあそれぞれ別々に友達もいるけど、やっぱ家が近いからしょっちゅう顔会わせるし。てか帰り道は大体一緒だったし。
だからさあ。あんたがいない生活ってのが、ちょっと想像つかなかったわけよ。まあ今でも日によっては全然会わないってこともあるけど。
……なんていうのかな。別にいつもいつも会いたいってわけじゃないけど、会おうと思ってもぱっと会えない状況ってのがね。ちょっとうまくイメージできないんだよね。電話とかすりゃいいってのもわかるけどさ。やっぱりね、電話だし。そんなしょっちゅうはかけてらんないし。あんたの仕事がどんな感じになるかもわかんないしね。
……そのうち慣れていけるもんなのかな?
あんたに会えなくても、何にも思わないようになっていくのかな。
うーん。まあそれはそれでどうなのかって感じだけど。
いやいや。だって、言っても四年は長いよ?その上あたしが留年とかしたら、それが五年六年になるわけだし。そしたらわけわかんない都会のイケメンが、よお姉ちゃーんっつって近寄ってきて、あたしがそいつにコロッといかれないとも限んないからね。あんたも……いや、それはないか。あはははは。
……はあ。あーあ。何言ってんだろうね。
まあ慣れるしかないんだろうけどさ。どっちみち。
そう。だからってことじゃないけど、いろいろ考えてたんだよ。来年は。ちょっとね。思い出作り……ってのも変な話だけど、なんかそんなようなのをね。あんたの試験が終わって、……あたしの受験も、まあそれなりにうまく行ったら。
旅行とかはあんたが嫌がりそうだから、ちょこちょこそのへん遊びに行くとか。別に大したことじゃなくていいから、もうちょい頻繁に会ったりしてね。四年分の貯金みたいな感じで。あんたの部屋にも来たり、あんたにも来てもらったりしてさ。
……それで。
へへ。
ってね。まあそんなことを考えてたわけさ。来年はね。あはは。鬼が笑うっつってね。んなもん笑わしときゃいいのよ。
……。
……ねえ。あんた、なんでそもそも消防士になんかなりたいって思ったわけ?
どうせあれでしょ?昔やってた……あれ。なんとかレンジャー。あれの影響でしょ?違うの?てっきりそうだとばっかり思ってたんだけど。いや、さすがにないか。いい年こいてそれはさすがにね。
だってさ、世の中にはこんだけいろんな仕事があるのにさ。何でまたそんな危なそうなのをわざわざ選ぶかなあ?ってね、ずっと思ってたわけよ。少なくともあたしは、これまで生きてきて一回も思ったことないから。誰かを助けたいとか、誰かの役に立ちたいとかって。いや、多少はあるよ?でもそこまで積極的じゃないよね。できれば役に立てるといいなあ、くらい。まあそれはそれで気持ちいいもんなのかもしれないけどさ。……いや、違うのかな。違わなくないのかな?うーん。わかんないけど。
でも少なくとも、自分があえて危ない目に遭ってまでそんなことしたいとは思わないかな。あたしはね。やっぱり自分がかわいいからね。よっぽど身近な人なら別だけど。お父さんとかお母さんとか……あんたとか。
……。
あはは。
まあ人それぞれだからね。仕事も生き方も。わかんなくて当たり前だよね。
……。
冷たいね。
ふふ。
……。
ねえ。あの時。あの、アホみたいな罰ゲームの時さあ。あんた、なんで香澄に告ったわけ?香澄に告るってまでが罰ゲームだったの?でも香澄ってそんな感じの子じゃないじゃん。普通にかわいいし。罰ゲームかなんか知んないけど、もしそれでうまく行ったら全然罰にならないじゃん。
じゃなくて、誰でもいいから告れってことになってて、それで香澄を選んだわけ?あわよくばって感じで?あんたが自分で香澄を選んだの?
……。
ねえ。
あたしじゃだめだったの?
……。
……ねえ。
どうなのよ。正直。
あたしのこと。
好きだった?
……え?
あたしはね……うん。
好きだよ。ずっと前から。あんたのこと。
好き。
……ふ。
ねえ。あんたも本当はわかってたんでしょ?あはは。そりゃねえ。好きじゃないやつの布団になんか入ってくるわけないからね。
それもこんな。ね。
……。
……ねえ。
……。
……キスしてもいい?
……。
へへ。
いいじゃんね。別に。減るもんじゃないし。誰も見てないし。
思い出思い出。
ちょっと失敬……。
……。
……。
……うえ。
ふーん。なるほどね。こんなもんか。……いや、普通は違うか。
うん。
まあいいや。
そうそう。ひとついいことを教えてあげよう。へへ。今のがあたしの初だかんね。少なくとも記憶にあるうちでは初キスだよ。へっへ。よかったね。餞別にね。あんたはどうだったのか知んないけど。
あんたも初めて……だったのかな?
だったら……。
もしそうなんだったら……。
……。
……ふう。
……なんか暑くなってきちゃったなあ。暑い暑い。
こういうのってあんまりよくないのかな。わかんないけど。
まあいっか。いまさらだし。
あーあ。なーんか喉まで渇いてきちゃった。
なんせずーっと喋りっぱなしだもんなあ。
あーあー。なーんも言わないんだもんなあ、誰かさんが。
私にばっかり喋らせてさ。
ねえ。あんたもちょっとぐらい何か言ったらどうなのよ。
ねえ。何とか言ってよ。
ねえ。聞いてんの?
ねえ。何か言ってよ。
ねえ。
……。
……。
……う。
うぐ。うっ……。
うう……ぐ、はっ、はあ、ふっ。
……っぐ、く、こ、この馬鹿……。
なんで死んじゃったのよ。
馬鹿。アホ。早いよ。せめて消防入ってからにしてよ。まだ消防士でもないのに。一般人が何やってんのよ。
……あの子ね。助かったんだよ。知ってた?水は結構飲んじゃってたみたいだけど、命に別状はなかったんだって。
よかったね。
よくないよ。
あんたが死んでどうすんのよ。
今日ね。あの子のお母さんが来てね。お礼言ってたよ。あんたのお母さんに。どっちのお母さんも泣いてたけど。ったく。あの子も大変だよ。あんたに死なれちゃってりしてさ。
知ってる?ああいうときはね、助けた方も助かんなきゃ意味ないんだよ。交換は救助じゃないんだよ。
ねえ。あんたはあの子を助けたかもしんないけど、あんたが死んだせいでおばちゃんがどんだけ悲しむことになったかわかってんの?そっちは誰が助けてくれるの?ねえ。あたしのことは誰が助けてくれるのよ?
ねえ。
助けてよ。
……。
……ふっ……。
……。
……まあね。正直、あんたらしいなーとは思わないでもないよ。やりそうなことだなーって。
でもね。実際やられるとやっぱきついよ。死なれるとさあ。きついよ。相当。おばちゃんも。香澄も。奥田も。私も。あいつらしいなーってみんな言ってたけど。みんなさあ。きついんだよ。
ねえ。何人悲しませたと思ってるの?そっちの方は無視なわけ?見ず知らずの小学生のことは助けるのに?
……まあ、それも込みであんたなのかな……。
……。
……こんなこと言ったら、あたしが最低のひどいやつみたいだけど……でも、あたしはやっぱり、あんたが生きてればよかったのにって思うよ。……こんなことになるくらいだったら、あんたじゃなくて、あの子が死んでればよかったのに……って。面談がもうちょっと長引くか、あんたがどっかで雨宿りするかなんかして、あと一分でもいいから、あの橋を渡るのが遅ければよかったのにって。あんたがあの子の声に気付かなければよかったのにって。
……もしくは……、あ……あたしが……、さ、先に帰らなかったら、って。あたしが、ちゃんと傘持ってきてて、……あんたと一緒に、帰ってたら、って。
……。
……ご……。
……っ。
……。
……ふ。
……って、まあこんなの、いくら考えても仕方ないことだけどね。考えようと思えばどんだけでも考えられちゃうし。あの時雨が降らなかったら。あんたがあの道を通んなかったら。ダムが放水して川の水嵩が増えてなかったら。悠人君……あ、あの子悠人君っていうんだけどね、悠人君の蹴ってた石が、土手から落っこちてなかったら。悠人君が昨日だけ病欠してたら。
とかね。いくらでも思いつくし、いくら考えても無意味だよね。
……。
でも、やっぱり考えちゃうよね。
……。
……っう……ふ。ふ……。
……ふう。
……あーあ。泣いちゃった。泣いちゃった。あーあーあ。せっかく今まで我慢してたのに。あーあ。
まあいいや。最後最後。誰も見てないし。
あんたも人に言わないでよ?
って言いたくても言えないか。へへへ。
……。
やっべ。布団濡れちゃってる。装束も……。あ。鼻水。やべやべ。
……うん。でもまあ大丈夫か。うん。そのうち乾くよね。大丈夫大丈夫。わかんないわかんない。
よしよし。
……。
……ビンタしてごめんね。でも、これぐらい許してよね。まったく。
……明日……いや、もう今日か。お葬式。
ねえ。あたし、お葬式には来ないからね。火葬場にも。あんたの骨なんて見ても仕方ないし。見たくもないし。見たらまた泣いちゃうかもしんないし。
……骨に、なっちゃうんだねえ。やっぱり。
……。
仕方ないけど。
……。
雨、止んだみたいだね。
もうすぐ新聞屋さん来ちゃうね。明るくならないうちに帰んなきゃ。犬の散歩してる人に泥棒かって思われちゃうからね。
雨で濡れてたらちょっと危ないかもしんないけど。庇とか。まあ大丈夫大丈夫。死なないようには気を付けるからさ。あはは。
……。
よっこいしょ。
……。
ふう。
……これでよし。
じゃあ、そろそろ帰るね。
ごめんね。なんかいろいろ。
ありがとね。
おばさんのことなら心配しないでよ。ご近所さんなんだから。あんたの代わりはできないけど、できることならやるからさ。
あと……。
……。
……うん。
やっぱいいや。
もう行くね。
じゃあね。
おやすみ。
一緒の布団で寝てあげるのなんてこれで最後なんだからねっ! 戯男 @tawareo
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